12話 遊園地に潜む影
放課後、二人で喫茶店にやってきた。
窓際の席に座ると、夕方の光がテーブルに柔らかく落ちる。
「何か食べる?」
朔がメニューをめくりながら聞いてくる。
その声が、店内の静かなBGMに溶けて心地いい。
「うーん、ホットケーキ!」
「いいね。じゃあアイスと生クリームもトッピングして、半分こしない?」
「いいよ。」
注文を終えると、ふわっと甘い香りが漂ってきた。
焼きたてのホットケーキを二人で分け合い、アイスカフェラテを口に含む。
冷たさと苦味が、甘さを引き締めてくれる。
「さて、本題だけど…」
朔の声が少しだけ低くなる。
私はフォークを置き、自然と姿勢を正した。
「まず、羽瑠が殺されたとされるのは8月13日。夏祭りの日。」
「うん。」
「だけど、発見されたのは……その一週間後。8月20日。」
淡々と話す朔の顔は、いつもより大人びて見えた。
「場所は…花見公園の池のボートの上。
まるで眠るように、真っ赤な薔薇が敷き詰められていたらしい。」
「なにそれ! こわ!!」
思わず声が大きくなる。
店内の空気が一瞬だけ揺れた気がした。
「うん。だから怨恨っていうよりは……愛、か執着のような気がする。」
「そっか。」
胸の奥がざわつく。
知らない誰かの感情が、自分に向けられていたという事実が、じわりと重くのしかかる。
「死因は?」
「絞殺。
首には赤いリボンが巻かれていたって。」
「……」
言葉が出なかった。
喉の奥がきゅっと締めつけられる。
「ごめん。怖いよね。」
「うん。」
素直に頷くと、朔はそっと私の手に触れた。
その温度が、少しだけ現実に引き戻してくれる。
「それで……他に何か分かったことは?」
「“他”というと……。
当日、羽瑠は夏祭りに行っていたらしい。ただ、誰と行ったのかは最後まで分からなかった。
そして、そのまま姿を消した。」
「……そう。」
「でも、話はそこで終わらなかったんだ。」
「え?」
「“花舞う少女連続殺人事件”」
「なにそれ……?」
「羽瑠のあと、三人の少女が殺された。
全員17歳の女子高生で、どこか羽瑠と似た雰囲気を持っていた。」
「……嘘でしょ。」
「しかも、遺体のそばには必ず花が置かれていた。
赤いチューリップ、カーネーション、マーガレット。
どれも“愛”を象徴する花だ。」
「ねぇ……もし私が狙われなかったとしたら、他の子がまた……」
朔は静かに首を振った。
「それは、多分ない。」
「どうして。」
「どうしても……羽瑠だけが特別だったんだ。
その後の殺しは、喉の渇きを無理やり癒すみたいな……そんな、代わりの行為に過ぎなかったんだと思う。」
「はあ……なんか、一気に怖くなってきた。」
「ごめん。」
「いや、大丈夫。自分で聞いといてビビってるだけだし。」
そう言った瞬間、朔の手がそっと頭に触れた。
軽く、安心させるみたいにポンと撫でられる。
「羽瑠。」
「ん?」
「大丈夫だよ。俺がいる。」
「……うん。」
「もし怖かったら、調べるのは俺がやる。
羽瑠は家にいて。」
「それはない!」
「そうなの?」
「だって、これは私のことだよ。
私の未来を……誰かに奪わせたりなんて、絶対にしない。」
朔は少しだけ目を細めて、静かに頷いた。
「……うん。そうだね。」
◇
ゴールデンウィーク初日。
私は朔と一緒に、いつものパン屋へ向かった。
「こんにちは!」
「お、羽瑠ちゃん。いらっしゃい。
メロンパン好きだねぇ。はい、これおまけ。」
「わー、いつもありがとう。」
「ん?そっちの子は初めて見るね。」
「こんにちは、羽瑠の彼氏です。」
朔はしれっと、しかし完璧な微笑みで言い切った。
その自然さに、私も“今回はそれでいく”と腹をくくる。
もし相手が私に執着しているなら、
嫉妬で何かしら反応を見せるかもしれない――朔はそう言っていた。
……とはいえ、相手はおじさんで、しかも妻子持ち。
そんな都合よくいく?と半信半疑だったけれど。
その瞬間、及川さんの表情が、ほんのわずかに歪んだ気がした。
「あ、そ、そうなんだ。
わ、若いねぇ……。」
動揺を隠しきれない声で、パンを差し出してくる。
その手が、かすかに震えていた。
「そこのカフェスペースで食べてっていいですか?」
私が指さすと、及川さんは少しぎこちなく頷いた。
「あー、もちろん。」
「ありがとう!」
そう言って、私と朔はあえて及川さんの視界に入る席に座った。
「予想以上に動揺してる。」
朔が小さく、耳元で囁く。
「そうだね……。」
「じゃあ、もうちょい“恋人っぽい”ことする?」
「え?」
「はい、あーん。」
「えっ!?ここで!?」
「ほら、怪しまれるよ。」
「……あ、あーん。」
朔は満足そうに微笑み、私の口元をじっと見つめる。
「ほっぺにカスついてるよ。」
そう言って、指先でそっと触れ、
そのまま何気ない仕草で拭い取って――ぺろっと舐めた。
一瞬、息が止まった。
こ、こいつ……。
色気出すの反則でしょ。
見惚れちゃったじゃん……!
「そうだ、明日遊園地デート忘れないでね。」
「も、もちろん。楽しみだね!早くマリリンランド行きたいな。」
わざと店内に響くくらいの声で言って、
私たちはパン屋をあとにした。
外に出た瞬間、朔が小さく息を吐く。
「……これで、明日何か行動を起こしてきたら、ほぼクロだな。」
「そんなうまくいくかな?」
「どうだろうね。
でも、あの動揺は“ただの客”に向ける態度じゃなかった。
羽瑠に対して、何か特別な感情がある。」
「そうかな……。」
自分では半信半疑なのに、
胸の奥がざわっとする。
朔は歩きながら、横目で私を見た。
「俺、結構人の視線に敏感だからそういうの他の人よりわかるんだよね。」
「……すごいね。どうやって?」
「うーん、勘?」
朔の声は落ち着いているのに、
その言葉の裏にある“確信”みたいなものが、妙に引っかかった。




