帝国会議三日目
会議三日目。最初からルイの席は除かれていた。部屋ではシャルルとアナスタシアを待つ間、誰も言葉を発しなかった。
ウジェーヌは昨日会議の後、ルイと接触を図ろうとしたが叶わなかった。前皇帝の側近がいなくなった皇宮で現皇帝であるシャルルの言葉に歯向かう者はいない。今後どうするか沙汰が出るまで誰も面会出来ないと言われれば、彼に打つ手はなかった。
扉が開き、シャルルとアナスタシアが部屋に入ってきた。一同は席を立つ。シャルルが席に着き座るように手を振ると、全員が一礼をして席に着いた。シャルルは手にしていた聖書を机の上に置く。
「神託を受けたが、皆が納得する内容ではないかもしれない」
シャルルの言葉にその場にいた者は複雑そうな表情をした。何をもって納得しないのか、思い当たる事が色々とあり過ぎて想像がつかないのだろう。
「女神マリーの御言葉を拒む事などあり得ません」
南西の領主がそう言うと全員が頷く。ここで女神マリーの言葉を信じなければ、ルジョン教徒ではないと責められてしまう。シャルルは全員を見回した後、アナスタシアを見る。彼女は決意が漲る瞳で見つめ返すと静かに頷いた。彼も小さく頷き前を向く。
「前治世より傾いた状況を立て直す為に、まず私の教えに背く者に反省を促して下さい。聞かぬ者には私から罰を下しましょう。正常な状況に戻った後、我が子が最も愛する娘には加護を与えましょう」
シャルルの言葉に全員が静まり返った。普段の彼の言葉遣いではないので、女神マリーの言葉そのままなのだろうと思うが、具体的な名前が出てこないので判断が出来なかったのだ。
「神託を読み解く為に遠慮なく意見を述べてほしい。まずルジョン教の教えに背く者からだが」
そこでシャルルは言葉を切ると一同を見回し、ウジェーヌに視線を向ける。地方の者達はウジェーヌをマリー聖堂の大司教としか知らないので、何故視線を向けられたのかがわからない。
「ウジェーヌ、私が何も知らないと思うか」
「私は大司教の務めを果たしておりました。恐れながら、陛下の事ではないのでしょうか」
「一夫一妻制という言葉は聖書に書かれていない事を忘れたのか」
シャルルは聖書の上に手を置く。その場にいた全員がはっとしたような表情を浮かべた。聖書にはあくまで家族仲良く暮らす事と書かれており、決して一夫一妻とは書かれていない。一般的に一夫多妻では家族全員が仲良く暮らす事が難しい為、時代が経つにつれ自然と一夫一妻制になっただけである。
「確かに家族全員仲が良かったかと言われると答えるのは難しい。父と意思疎通が取れていたとは思えないし、ルイとも話は噛み合わない。ナタリーの件も命を守る為には黙らざるを得なかった。父を正しい道に戻せなかった事は悔いているし、自分の無能さもわかっているつもりだ」
シャルルは視線を伏せた。しかしここで彼を責められる人などいない。誰もが前皇帝の行いがおかしいとわかっていても、誰も諫言する事は出来なかった。ただ、前皇帝のおかげで現地位を手に入れたウジェーヌだけが平然としている。それがアナスタシアには気に入らなかった。
「告解を受ける立場の貴方が、罪を犯していた事は残念でなりません」
アナスタシアの冷たい眼差しがウジェーヌに向けられる。彼はそれを不可解そうな表情で受け止めた。
「一体何のお話をされているのか、わからないのですけれども」
「私が農作業をする為だけに各地を回っていたとお思いでしょうか。道中では噂話も色々と耳に挟みました」
火のない所に煙は立たない。ウジェーヌに関する悪い噂は陰で囁かれていたし、アナスタシアに告げる者もいたのである。また、性的暴行にあった修道女も彼女に訴えていた。修道女が処女に限られるのは、実際の所宗教に一生を捧げる為だけではない。聖職者の妻として暮らしたいと望み、自ら修道女になる者もいる。ルジョン教では結婚するまで身体の関係を持ってはいけない。ウジェーヌは地位を利用して修道女達の心を踏み躙っていたのだ。
「噂話を信じられるのでしょうか」
「民や元修道女から色々と相談も受けております。その内容をここでお伝えした方が宜しいでしょうか」
アナスタシアは強い眼差しをウジェーヌに向ける。彼女はこの国における女性の地位の低さを何とかしたいと長らく思っていた。女性の地位が低いばかりに男性聖職者が修道女に手を出し、そして結婚もせずに捨てるのだ。処女でなくなった女性は修道女を続けられない。元々修道女になる女性は生まれに恵まれていないので、修道院に居られなくなるとまず生きられない。だが真面目な女性ほど騙されやすく、修道女を続けられずに去っていく。彼女は修道女が結婚以外の理由で消えていく事を不思議に思い調べた結果、男性聖職者達の実態が浮かび上がってきたのだ。勿論全員がそうなのではない。仲睦まじく暮らしている夫婦もいる。ルジョン教は聖職者達に結婚を推奨しているのだから、それが本来正しい。
ウジェーヌは狼狽えた様子を見せなかった。アナスタシアは感心しながらも呆れる。ここまでふてぶてしいからこそ大司教の地位を手に入れたのだろうが、彼女は大司教ならばルジョン教を心から信仰している者に任せたいのだ。
「何もウジェーヌだけを責める気はない。すべからく同罪の者も処罰する。そしていずれ下るだろう女神マリーの罰を待つがいい」
シャルルの声は低く威厳に満ちていた。アナスタシアは内心このような声も出せるのかと感心しながら視線をウジェーヌに向ける。ウジェーヌは表情を強張らせていた。
「私の許可なく神聖なる森へ侵入したルイより重い罰になるだろう。連れていけ」
シャルルは扉の前に控えていた男性二人に声を掛けた。男達はウジェーヌの脇の下に腕を入れると強引に立たせた。
「お待ち下さい。反省を促しと仰せではありませんでしたか」
「反省しやすい場所へ案内するだけだ。遠慮する必要はない」
シャルルはそう言うと手を振って男達に合図をする。二人は頷くとウジェーヌを連れて部屋を出て行った。その場にいた地方の者達は困惑の表情を浮かべている。中央の聖職者達が腐敗している事を地方の者は知らない。
「あれは修道女の敵だから気にしなくていい。話を続けよう。正常な状態だが、これは連邦制なのではないかと思う。大きくなり過ぎた帝国を一度元の大きさに戻してみるべきだろう」
「先日から連邦制の話が出ておりますが、正直私は運用出来るのか自信がないのですけれども」
南東の領主が情けない声を出した。彼に対し、シャルルは優しい表情を向ける。
「難しく考える必要はない。基本は今までと同じで、寄付金を強制されなくなると思ってくれていい。レヴィ王国をはじめ各国との対応は今後も中央で対応する」
「寄付金なしで大丈夫なのでしょうか」
「アナスタシアが農業の底上げをしてくれている。それに贅沢をやめれば何とかなるだろう」
ジャンヌとデネブは既にこの世にいない。シルヴィも心を入れ替えている。アナスタシアはそもそも清貧を貫いており、あとは自分が清貧の気持ちを持てば皇宮の支出は押さえられるだろうとシャルルは判断していた。
「女神マリーは我々を見守って下さっているので困窮する事はないだろうが、細かい事は実際始めてみないとわからないというのが本音だ」
シャルルは平然と言ってのけた。今まで皇帝は絶対の立場であり、弱音や不明瞭な事は言わなかった。これは彼が皇帝という肩書を外す前提で話している為だ。シェッド中央も地方領主と大差はないと暗に言っているのである。
「連邦制でも困った時は助けて下さるのでしょうか」
「当たり前だ。シェッド家が教皇の地位にいる間はルジョン教徒を見放すような事はしない。皆が幸せに暮らせる環境作りにこれからは力を注いでいきたいと思っている」
「最愛の娘に加護というのは女性が教皇になられるという意味でしょうか」
「私はシルヴィに加護を与え、その息子が教皇になれるという意味だと思っている。シルヴィに教皇は荷が重すぎる」
シャルルの言葉に頷く者もいた。妾の娘が教皇というのは流石に受け入れられないのだろう。
「シルヴィ様の結婚相手はルジョン教徒以外認めないおつもりでしょうか」
「それは最低限の条件だと思っている」
「ひとつ、失礼な事をお伺いしても宜しいでしょうか」
南西の司祭が声を上げた。シャルルは微笑を浮かべて質問を促した。
「先日のお話では皇妃殿下が嫁がれる前にジャンヌ様は既に存在したというお話でしたが、婚前交渉は禁止されております。それは教義に背くのではないのでしょうか」
「元々私とジャンヌは結婚の約束をしていた。そして父がアナスタシアとの話を持ってきた時に、私は拒否する為にジャンヌと婚姻をしたのだ。だが父が無効だと言って取り消したのがアナスタシアとの婚配式の数週間前であり、数ヶ月の婚姻生活の間に授かったのがシルヴィだ」
アナスタシアを除く全員が何とも言えない表情になった。政略結婚とは言え、皇帝が決めた話を無視して結婚した事がそもそも正しくない。それでも婚前交渉はしていないし、アナスタシアもジャンヌを認めていた。シルヴィという微妙な立ち位置の女性の子供に将来の教皇を託していいのか全くわからない。
しかも本当のことを言うならば正式にはシャルルとジャンヌは婚姻をしていない。ジャンヌが妾でもいいと納得し、ひっそりと婚姻を結んだが正式な手続きは踏んでいないので無効も同然である。しかし彼の中では結婚した事になっている。それをアナスタシアは聞いていたが、あえて否定をしていなかった。
「シルヴィ様の件については答えを先延ばしにしてはいかがでしょうか。私達はシルヴィ様を存じ上げません。今後皇妃殿下と一緒に行動されるなど、ルジョン教徒として活動をされるようでしたら、私達も受け入れる余地が出てくると思います」
ゲールマンの言葉に周囲の者は同意するように頷く。アナスタシアもこの問題はすぐに受け入れられないとは思っていた。彼女は兄に感謝の気持ちを込めて視線を向ける。ゲールマンもそれを受け止めた。
三日間に渡る帝国会議は、ナタリーの名誉挽回及びレヴィ王国からの支援受け入れ、ルイの皇太子剥奪、帝国を連邦制へ移行だけを決め、連邦制へ移行するにあたっての詳細や、次期教皇についてなどの問題は来春以降に話し合う事で同意した。




