PM5:20 楓のおばあちゃんの家
「……魔力は持っているけれど、あの子は『本当の魔女』ではないの」
目の前の彼女が、なぜか、遠い存在に感じられた。
「魔女はね、魔力を制御するために身体が丈夫、なの。だから、人よりもずっと長命だわ。そう……人と蝶々の生きる長さが違うように」
「……」
「……あの人が亡くなって、私がこの村に帰る、と言った時、あの子は『一緒に行きたい、魔女になる』って言ったの」
「……」
「もし、あの時、楓が魔女になる選択をしていたら……私と同じ時を生きるようになっていたでしょうね」
胸が……痛い。
俺の顔を見て、彼女は優しく微笑んだ。
「……でもね、楓にはあなたがいたから」
「え?」
「楓の未来に映ってましたよ。小さいあなたの姿が」
「……」
「だから、ここには連れて来ませんでした。楓には人として幸せになって欲しかった、から」
「……」
「楓はね、あなたと時を重ねる事を選びました。だから、いつか私のように、どこかに行ってしまうんじゃないかって、心配する必要はないのよ?」
彼女の右手が、俺の頭をなぜた。楓……と同じ感触……。
「俺は……ここに来て、生き生きしている楓を見て……」
言葉が勝手に口から出ていた。
「……また、俺の目の前から消えてしまうんじゃないかって……」
どこへも行かない、と楓は約束してくれた、けれど。あまりにこの村に馴染んでいる楓を……おばあちゃんに会えて、喜んでいる楓を見て……。
くすくすと彼女が笑った。
「楓もわかっていますよ。あなたの傍にいる事が、自分の幸せだって事をね」
「ありがとう……ございます」
俺は深く頭を下げた。彼女が俺の身体に両手を回して、ぎゅっと抱きしめてくれた。
……楓と同じ、薔薇の匂い……。
「自信持って下さいね、和也さん。楓が『おじいちゃん以上の男性』だなんて、今まで一度も言った事ないんですから」
「はい……」
俺は、やっと本当に笑う事ができた。
***
「いいお湯だったぁ……」
ふかふかのバスタオルで身体を拭きながら、ほうっとため息をついた。
身体のだるさが続いてたけど、それも取れたような気がする。
「後で、このバスソルトと石鹸の配合、教えてもらおうっと」
あ、おばあちゃんが着替え用意してくれてる。ハイウエストの、襟ぐりに民族衣装のような刺繍のある、アイボリーのワンピース。頭からかぶる。
「いいお湯でした~」
居間に入ると、おばあちゃんと和也さんが椅子に座って、何か、を話していた。
「……楓」
おばあちゃんがにっこり笑って振り返った。
「良く似合ってるわ」
「ありがとう、おばあちゃん」
和也さんが優しく微笑んだ。
「……可愛い」
「あ、りがとう……」
顔が赤くなってる、きっと。
和也さんが立ち上がって、こちらに来た。右手で私の頬に触れる。
「ずいぶん、顔色良くなったな」
「うん、すごく疲れがとれたの。おばあちゃん、あのバスソルトの作り方、教えて?」
「ええ、いいわよ?」
なんか、伶子がまた喜びそうだよな、と和也さんが呟く。
「……ねえ、楓?」
「なあに? おばあちゃん」
くすくすとおばあちゃんが笑う。
「……名前は二人分、考えておいた方がいいわよ?」
……え?
目が点、になる。
和也さんが……呆然、としてる。




