PM2:00 玄関ホール
「じゃ、お大事にね、楓ちゃん」
「ありがとうございます、晴人さん、美月さん」
「楓さん、和也のワガママばっかり聞いてちゃ、だめよ?」
「え?」
目を丸くした私を見て、はあ、と美月さんがため息をついた。
「ちょっと、和也っ」
……和也さんを隅っこに連れて行って、何かお説教してる……みたい……?
「……楓ちゃん」
「晴人さん?」
晴人さんが、真剣な目をして言った。
「いつか……俺が店を持てたらさ……
……『楓』っていう、名前にしていい?」
「晴人……さん……」
晴人さんの気持ちが……うれしかった。
「ありがとうございます、晴人さん」
私はにっこり笑って言った。
「でも……」
晴人さんに、ひそひそと話しかける。
――あ、晴人さん、赤くなった。
「……ったく……」
ふんわりウェーブに、右手を突っ込んで、がしがし回してる。
「……和也が楓ちゃんに頭上がらないの、判る気がするよ」
「え?」
頭上がらない……って……。
ふふふっと晴人さんが笑った。
「ありがと、楓ちゃん。そうなるように、努力するよ、俺」
そう言った晴人さんが、ちらり、と横を見た。
「そろそろ帰るぞ~、伶子」
あれ? 和也さんと美月さんが、こっちを睨んでる……?
けらけらと晴人さんが笑う。
「……本当、楓ちゃんの事になると、余裕ないのな、お前」
和也さんの表情が……氷点下……!?
「……えっと……?」
ぽん、と晴人さんの右手が、私の頭に置かれた。
「じゃあ、また来るね。あ、そうそう、ケーキ冷蔵庫に入れてあるから、また食べておいて」
「はい」
じゃね、と手を振って、晴人さんは出ていった。美月さんも「じゃあ、また」と言って、晴人さんの後を追った。
***
……晴人のヤツ、すっきりした笑顔だったな。
(……楓と親しげに話してたのは、気に入らないが)
「……楓」
楓が俺を見上げた。まだちょっと頬が赤い。
「……晴人に何て言ったんだ?」
楓が目を丸くした。
……あいつ、自分の店の名前、『楓』にしたいとか、言いやがって……。
楓が俺の顔を見て、吹き出した。
「……和也さん、ちょっと拗ねてる」
「……悪いか」
ぼそっと呟く。
晴人の言う通り、楓に関して余裕なんて、これっぽっちも、ない。
ふふふっと楓が笑った。
「……内緒ですよ?」
楓は背伸びして、俺の耳元で囁いた。
「……『美月』にしたら、どうですか?って、言ったんです」
「え……?」
俺の思考が一瞬、止まった。
「美月……!?」
「……はい。晴人さん、美月さんが好きなんだ、と思います」
……顔を合わせたら、口喧嘩ばっかりしてるようなやつら、だぞ!?
「……晴人が伶子に優しくしてるところなんて、見た事ないぞ……」
楓がちょっと微妙な顔をした。
「……それは、和也さんがいつも美月さんの隣、にいたから」
「……俺!?」
秘書の伶子は、いつも俺の傍にいた。それが当たり前、だったから。
「晴人さん、和也さんに遠慮してた、というか……意識してた、というか……」
俺は目を見張った。
「……もしかして、あいつ、俺と伶子が……?」
こくん、と楓が頷く。だって、私もそう思ってたし、と楓が付け加えた。
……何とも言えない、複雑な心境……。
「……俺にとって伶子は、秘書で、大切な友人で……」
にっこりと楓が笑う。
「……今はもう、わかってると思いますよ、晴人さん。頑張るっておっしゃってましたから」
「……」
晴人と伶子が……ねえ。俺の口からため息が洩れた。
「和也さんこそ、美月さんに何をお説教されてたんです?」
うっ……一瞬、言葉に詰まった。
「その……、もう少しお前を大事にしろって」
「え?」
楓がびっくりしたような顔をする。
「和也さん、私の事、大事にしてくれてるじゃないですか」
「……」
『……和也。昨日まで元気だった楓さんに風邪ひかせたの、あなたでしょ? 汗拭いた時に気が付いたんだけど、楓さんの体中に印あるし、背中にこすれたような痕まであるし……可愛いのは判るけど、もうちょっと、考えなさいよ』
……返す言葉がなかったな……。
「和也さん?」
不思議そうに楓が言う。俺は頭を振って、楓の肩に手を回した。
「お前はまた、休んでおけ。片付けは俺がやるから」
「え……でも……」
元気になった、と抗議する楓の唇を塞いだ。
「……いいから、休め」
唇を離しながら、囁いた。
「……は……い……」
潤んだ瞳。上気した頬。熱のせいだ、と判ってても、あまり目の前をうろちょろして欲しくない……。
(また、理性が飛びそうだ……)
自分の制御が効くうちに、と俺は楓を抱きあげて、ニ階へと連れて行った。




