PM1:15 食堂
「お、いい匂いだな」
和也さんが食堂に入る。晴人さんと美月さんが、抱きかかえられてる私を見て、目を丸くした後、にやっと笑った。
ううう……恥ずかしい……
和也さんが、椅子にそっと下ろしてくれた。
「あ……りがとう、ございます……」
「……はい、楓ちゃん」
ことん、と目の前にお椀が置かれた。おかゆが入ってる……けど。
「この……匂い……」
爽やかな香り。これ……
「……柚子だよ。冷蔵庫にあったから、使わせてもらったよ」
晴人さんが、お椀におかゆを注いでいく。美月さんが、テーブルに運んでる。
「「「「いただきます」」」」
四人そろって、手を合わせた。スプーンで、一口すする。
「……美味しい……」
晴人さんが、ぱっと嬉しそうな顔をした。
「本当、楓ちゃん!?」
「はい……柚子が効いてて、さっぱりしてて、すごく食べやすい……です」
出汁の味もちゃんと調和してる。
「……美味いな、確かに」
ぼそっと和也さんが言った。
美月さんを見ると……黙ったまま、食べ続けてた。
あ、目があった。美月さんがちょっと目を逸らし、照れ隠しみたいにこう言った。
「ま、まあ、不味くは無いわよ?」
晴人さん、本当に嬉しそう……。
「……和也」
晴人さんが、真面目な顔で和也さんを見た。
「俺、今のプロジェクト一段落したら、会社辞めるわ」
「は!?」
「「え!?」」
和也さんも、美月さんも、私も目が点、になった。
「元々、興味なかったんだよ、会社経営」
晴人さんが、ふっきれたように明るく言った。
「親父がさー後継げって言うから、何となくやってただけなんだ。でも、親父たちに言う勇気もなくて、ふらふらしてたけど……」
晴人さんが真っ直ぐに私を見た。
「楓ちゃんに言われて気がついたんだ。これは『俺が好きな事』とは違うって」
「晴人さん……」
ははっと晴人さんが照れたように笑う。
「……俺さ、小さい頃、紗江子ばーちゃんが熱出した時に、今みたいにおかゆ作ったんだよ。味付けなんてしてなくてさ、ホントにご飯水で炊いただけ、みたいなの」
晴人さんが、懐かしそうな目をした。
「でも、ばーちゃん、すごい喜んで、おいしいって言ってくれて……それが、とても嬉しかったんだ」
晴人さん……。
「だから、将来コックになりたいって思ったんだよ。『美味しい』って笑顔になってもらいたいって」
「……晴人……」
和也さんも晴人さんをじっと見てる。
「専門学校行って、調理師の資格までとったけど……会社やれって言われて……中途半端に諦めてた」
晴人さんが笑った。
「ありがとう、楓ちゃん。俺の作ったおかゆ、美味しいって言ってくれて。俺の背中、押してくれて」
「え……」
戸惑った私の手を、晴人さんがぎゅっと両手で包み込んだ。
「俺、やってみるよ。九条の名前とは関係なく。どっかの店に弟子入りしてさ、一からやり直すよ」
「晴人さん……」
晴人さんの目……希望に溢れてる。
「はい……晴人さんなら、きっと大丈夫です」
私も笑って言った。
「……で? いつまで人の嫁の手、握ってるんだ、晴人?」
不機嫌そうな声。
くくくっと晴人さんが笑って、手を離した。
「別にいーだろ、これくらい。お前なんていっつも、べたべた楓ちゃんに甘えてるくせにさ」
「俺は夫だからな、当たり前だろ」
べ、べたべたに甘えてるってとこ、否定しないんですかっ!?
晴人さんが私に言った。
「ちゃんと働き場所決まったら、連絡するよ。料理出してもらえるようになったら、食べに来てくれる?」
「はい、喜んで」
晴人さんが、和也さんと美月さんを見る。
「まあ、お前らもついでに食わせてやってもいーぞ?」
「……ちゃんと、まともな物、出せるようになってから、にして下さいねっ」
美月さんの声も、なんだかいつもと違う。
晴人さんが笑った。とても嬉しそうに。
(……あ)
『……俺の欲しいモノの隣には、必ず和也、がいるんだよな……』
……あれって……
あーだこーだ言い合ってる晴人さんと美月さんを見ながら、私は美味しいおかゆを味わった。




