第4話:私の部屋の夜空と、甘い紅茶
こちらの回は、雫の部屋が初登場します!!
部屋の描写に力を入れたので、是非ご覧下さい!
私立藤ケ丘女子学園の敷地内には、遠方から通う生徒や、より勉学に集中したい生徒のための立派な学生寮が併設されている。
私が暮らしているのは、その第三寮の一室だ。玄関を入ってすぐのキッチンスペースを備えた1K。バス・トイレ別で、洋室の六・三帖。一人暮らしには十分すぎるほど綺麗で整った部屋には、小さなバルコニーまで付いている。
夜。バルコニーの窓を少しだけ開けると、初夏の夜風がカーテンを静かに揺らした。
『私、雫ちゃんの魔法の感じ、すごく好きだな』
昼間のグラウンドで結衣がくれた言葉が、夜になってもずっと頭の中でリフレインしている。彼女の手のひらの温もりが、今も右手に残っているような気がした。
私はベッドに腰掛け、小さく息を吐き出す。
今、ここには私以外誰もいない。周囲を警戒する必要も、落ちこぼれを演じる必要もない。私は身体の奥底に掛けた重い蓋を、ほんの少しだけずらした。
――瞬間、私の部屋の空間が一変した。
見慣れた白い天井と壁が透明に溶け落ち、圧倒的な深淵が顔を出す。壁紙も、安物の蛍光灯も消え失せ、私の周囲を360度、無数の星々が瞬く『本物の夜空』が包み込んだ。
それは幻影などではない。祖母から受け継いだ力で、局地的に空間そのものを夜空に書き換える『流星の魔女』の魔法の片鱗だった。
息を呑むほど美しい。けれど、私はすぐにその景色を拭い去り、元の見慣れた洋室へと戻した。
「……やっぱり、外に放出しちゃダメだ」
私が完成させたいのは、現実の空間を星空に書き換える魔法ではない。『自身の心象風景を、相手の五感に直接共有する魔法』だ。
理由は二つある。一つは、純粋に彼女の心の中に直接、私の一番大切な景色を届けたいという願い。
そしてもう一つの理由は――現実世界で強大な魔法を行使すれば、その魔力の波動を、五家の人間たちに感知されてしまう危険があるからだ。
彼らは今も、私のような規格外の存在を探し続けている。だが、他者の精神とリンクし、二人の内側だけで五感を共有する魔法ならば、外部に魔力が漏れることはない。世界中の誰にも気づかれず、五家の探知網にも引っかからない。私と結衣の、二人だけの秘密の宇宙を作ることができるのだ。
「……焦らず、少しずつだ」
私はゆっくりとベッドに横たわり、窓の外の小さな星を見つめながら目を閉じた。
翌日の土曜日。
休日特有ののんびりとした空気が漂う中、私の部屋のインターホンが軽快な音を鳴らした。
「雫ちゃん、お邪魔しまーす!」
ドアを開けると、私服姿の結衣が立っていた。手には可愛らしい紙袋が提げられている。
「いらっしゃい、結衣。散らかっててごめんね」
「ううん、すっごく綺麗にしてるね。あ、これ、駅前のケーキ屋さんで買ってきたの。一緒に食べようと思って」
結衣を部屋に招き入れると、私の無機質な空間が急に華やいだように感じた。彼女から漂うほのかな甘い香りが、私の部屋の空気に溶け込んでいく。
私たちは小さなローテーブルを挟んでラグの上に座り、買ってきたケーキと、私が淹れた紅茶を並べた。
「そういえば」と、ケーキを一口食べた結衣がふと思い出したように口を開いた。
「この間のニュースでやってた、九重咲耶様のこと覚えてる?」
「え? うん、次期当主の……」
「お母さんがね、昔、九重家の人を遠くから見たことがあるんだって。もう、住んでる世界が違うっていうか、歩くだけで周りの空気がピリッとするくらい、すごい魔力だったらしいよ」
結衣は「怖いよね」と小さく肩をすくめた。
「私たちみたいな、紅茶を温めたり、お花を咲かせたりするだけの魔法とは、きっと全然違うんだろうね」
「……結衣は、そういう強い魔法に憧れたりする?」
私はマグカップの縁を指でなぞりながら、慎重に尋ねてみた。
結衣は少しだけ考える素振りを見せた後、ふるふると首を横に振った。
「ううん。私は、今の生活魔法が好き。だって、お茶を温かくしたり、服を綺麗にしたり……誰かの日常を、ちょっとだけ幸せにするための優しい魔法でしょ? 私は、そういう魔法と一緒に生きていけたら、それで十分かな」
そう言って微笑む彼女の顔は、とても穏やかで、満ち足りていた。
「……そうだね。私も、そう思う」
私は少しだけ泣きそうになるのを誤魔化すように、紅茶を口に含んだ。
強大な力なんて、本当はいらない。結衣の言う通り、誰かをちょっとだけ幸せにする魔法が使えたら、それでよかった。
でも、私に与えられたのは世界を壊せるほどの力だけ。だからこそ、私はその力の一部を削り出し、磨き上げ、彼女を幸せにするための『贈り物』に変えたいのだ。
「雫ちゃんの淹れてくれた紅茶、すごく美味しい。ありがとう」
「……お粗末様でした」
バルコニーから差し込む午後の陽だまりの中で、結衣がくすくすと笑う。
この暖かくて優しい日常が、一日でも長く続けばいい。私は心の中で密かに祈りながら、彼女の笑顔をずっと見つめていた。
第5話に続く




