第2話:日常の魔法と、遠い星の瞬き
カフェで使えるちょっとした魔法や、五家の一人である<彼女>が少しだけ登場します!
是非ご覧下さい!
放課後。駅前に新しくオープンしたというカフェは、アンティーク調の木製家具とドライフラワーで彩られた、いかにも女子高生が好きそうな空間だった。
テーブルに運ばれてきたのは、厚みのあるパンケーキにたっぷりの生クリームと、鮮やかなベリーのソースがかかった一皿。向かいの席で、結衣が目をきらきらと輝かせている。
「すごい、メニューの写真よりずっと美味しそう!」
「本当だね。食べるのがもったいないくらい」
結衣の喜ぶ顔を見ているだけで、私の胸の奥に温かいものが広がっていく。この穏やかな時間が、私にとっては何よりも愛おしい。
「いただきます」と小さく両手を合わせた結衣は、フォークを取る前に自身のマグカップへ視線を落とした。彼女の指先が軽く宙を描く。すると、ソーサーに添えられていた角砂糖がふわりと浮き上がり、静かに紅茶の中へ落ちた。ミルクが小さな渦を巻き、スプーンを使わずに綺麗なミルクティーが完成する。
流れるような、美しい『生活魔法』。
「結衣の魔法は、いつも丁寧で綺麗だね」
私が素直に感嘆の息を漏らすと、結衣は少しだけ頬を染めて照れ笑いした。
「そうかな。でも、本当にちょっとしたことしかできないよ。おばあちゃんから教わった、お茶を美味しく淹れるおまじないみたいなものだから」
そう言って笑う結衣の魔法は、彼女の性格そのもののように優しく、繊細だ。
翻って、私はどうか。
テーブルの上に置かれた自分のブラックコーヒーを見つめる。少しだけ冷めてしまったそれを温め直そうと、私はテーブルの下で片手を握りしめ、極限まで神経を研ぎ澄ませた。
私の内側には、常に荒れ狂う海のような、あるいは爆発寸前の火山のような魔力が渦巻いている。それを「コーヒーを適温にする」という極小の出力に絞り込むのは、私にとって『轟々と燃え盛る活火山の熱を、マッチ一本の小さな灯りにまで押し殺す』ような、血の滲むような精神力を要求される作業だった。
ほんの少しでも気を抜けば、マグカップごとカフェを丸焦げにしてしまう。
(……慎重に、少しだけ。指先だけに集めて……)
息を詰め、じわっと熱をコーヒーに伝える。表面からふわりと湯気が立った瞬間、私は素早く魔力の供給を遮断し、安堵の息を吐いた。
「雫ちゃん、大丈夫? なんだか顔が怖いよ?」
「えっ!? ううん、なんでもない! ちょっとコーヒーが苦かっただけ」
慌ててカップに口をつけると、少しだけ温めすぎたコーヒーが舌を焼いた。私は内心で舌打ちをしながら、ごまかすようにパンケーキを口に運ぶ。
「ふふっ、雫ちゃんって時々、すごく不器用になるよね。魔法の実技の時も、いつも真剣な顔してちょっとだけ失敗しちゃうし」
結衣がくすくすと笑う。学園での私は『魔力操作が苦手で、生活魔法も満足に使えない落ちこぼれ』として通っている。だが、それは結衣のような繊細な魔法使いから見れば、どこか放っておけない隙として映っているらしかった。
「結衣が器用すぎるんだよ」
「困ったらいつでも手伝ってあげるからね」
優しく微笑む結衣の言葉に、嬉しさと同時にチクリとした痛みが胸を刺す。もし私が、本当は山一つを吹き飛ばせるほどの力を持っていると知ったら、彼女はこの笑顔を向けてくれるだろうか。
そんな時、壁掛けの大型モニターから流れていたニュース番組の音声が、ふと私の耳に飛び込んできた。
『――続いてのニュースです。魔法界を牽引する五家の一つ、九重家の次期当主である九重咲耶様が、来月の十八歳の誕生日に合わせ、正式に当主の座を継承することが発表されました。咲耶様は歴代でも類を見ないほどの魔力を持つとされ――』
画面には、煌びやかなドレスに身を包んだ、冷たい美貌の少女が映し出されている。同年代とは思えない威風堂々とした立ち振る舞いだ。
「咲耶様、綺麗だね……。私たちと同じ年とは思えない貫禄」
結衣が感心したようにモニターを見上げる。
「……そうだね」
私は気のない相槌を打ちながら、コーヒーに視線を落とした。
五家の者たちは、あの華やかなニュースの裏で今も血眼になって『流星の魔女の血筋』を探しているはずだ。彼女たちにとって、自らを凌駕する未知の力を持つ存在は、一族の威信を揺るがす脅威であり、同時に何としてでも手中に収めたい手駒でもあるのだろう。
もし私が見つかれば、間違いなくこの穏やかな日常は終わる。結衣とこうして放課後にカフェで笑い合うことも、二度とできなくなる。
(絶対に、バレるわけにはいかない)
私は改めて心に誓った。誰にも見つかることなく、ただひっそりと結衣の傍にいること。そして、あの『魔法』を完成させること。
「雫ちゃん?」
結衣が不思議そうに私を覗き込む。彼女の瞳の奥には、私への純粋な親愛だけが映っていた。
「パンケーキ、美味しいね。結衣」
「うんっ! 今度は駅の反対側にできたクレープ屋さんにも行ってみない?」
「もちろん。一緒に行こう」
結衣の提案に深く頷きながら、私は自らの内にある広大な星の海へ意識を沈めた。今はまだ、この熱くて大きすぎる力を完璧に制御することはできない。けれどいつか必ず、この手で彼女の五感に、最高の夜空を届けてみせる。
窓の外では、夕暮れの空が少しずつ一番星の輝きを迎え入れようとしていた。
三話へ続く




