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『規格外の魔女ですが、好きな子に星空を見せたいだけなんです』  作者: カニかま太郎
第2章前編:氷面下の結界と、冬の足音編

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第17話:モミの木と、星に込めた小さな宣戦布告

12月に入り、藤ケ丘女子学園はクリスマスパーティーの準備で大忙しとなっていた。

猟犬の襲撃から紫苑と雫は対抗策を練っていて...

 猟犬の侵入を退けた翌日。

 藤ケ丘女子学園は、目前に迫ったクリスマスパーティーの準備で再び活気づいていた。

 星華祭のような外部からの来客はないものの、学園の生徒と教師だけで行うこのイベントは、冬の厳しい寒さを忘れさせるささやかなご褒美だ。中庭にはすでに身の丈の倍以上ある立派なモミの木が運び込まれ、有志の生徒たちが生活魔法を使って飾り付けを行っている。


「もう少し右! そう、そこで結んで!」


 結衣がオーナメントの入った箱を抱えながら、脚立に乗ったクラスメイトに指示を出していた。

 彼女の吐く息は真っ白だが、その横顔はクリスマスの約束を控えてか、いつも以上に華やいで見える。時折、自分の鞄――編みかけのグレーのマフラーが入っているはずの場所――を気にするように視線を落としては、小さく微笑んでいた。

 私は少し離れた場所で、イルミネーション用の魔力石を磨く作業を手伝いながら、中庭全体を覆う微細な魔力の流れに意識を向けていた。


(……異常なし)


 昨日私が猟犬を消滅させた後、紫苑が即座に結界の綻びを修復してくれたおかげで、今のところ学園内に御影の泥が侵入した気配はない。

 しかし、外側をうろつく黒い波長が消えたわけではなかった。むしろ、自分の分体が「何かに消された」という事実が、猟犬本体の執着をさらに刺激しているように感じる。


「......雫さん」


 背後から静かな声がかかり、私は手を止めた。

 紫苑だった。彼女は指定のコートを完璧に着こなし、まるで雪の精霊のような佇まいで立っていた。


「紫苑。結界の様子は?」


「……あまり、良くありません」


 紫苑は周囲に生徒がいないことを確認し、声を一段階落とした。


「昨夜、私が結界の修復と補強を行っていた時のことです。外側を這い回っていた猟犬の波長が、突然、アメーバのような『浸透』から、物理的な『打撃』へと性質を変えました」


「打撃……?」


「はい。結界の表面を、重いハンマーで何度も殴りつけるような、強引で暴力的な干渉です」


 紫苑の青い瞳が、険しく細められる。


「九重咲耶様をはじめとする四家は、学園の平穏を乱すような強行手段を禁じています。しかし、『御影』の当主は違います。彼は、索敵を諦め、結界そのものを物理的に破壊して、内側に潜む『特異点』を強制的に引きずり出そうとしている」


 私は磨いていた魔力石を、ギュッと握りしめた。

 結界を壊す。それはつまり、この学園の生徒全員を巻き込む暴挙だ。


「紫苑の結界でも、防ぎきれないの?」


「私の力をもってしても、あの常軌を逸した質量の連続攻撃を完全に無効化することはできません。……打撃のペースと結界の摩耗率から計算すると、限界が来るのは、おそらく数日以内」



 数日以内。


 それは奇しくも、結衣と約束をした、クリスマスの夜と重なる。


「……紫苑。もし結界が破られて、御影が来たら、私――」


「あなたが前に出る必要はありません」


 紫苑は私の言葉を遮るように、鋭く言い切った。


「私は防波堤です。御影の刃は、まず私が受け止めます。あなたは絶対に、白瀬結衣さんの傍を離れないでください。彼女の『鞘』が外れてあなたの力が暴走すれば、それこそ御影の思う壺ですから」


 その言葉には、五家の次期当主としての、そして魔女の遺志を守ろうとする確固たる覚悟が宿っていた。


「……雫ちゃーん! こっちの手伝い、お願いできる?」


 遠くから、結衣が私を呼んで手を振っている。

 紫苑はふっと表情を和らげ、一歩下がった。


「行きましょう。今はただの、冬の準備を楽しむ生徒として」


 中庭のモミの木の下。

 結衣の傍へ駆け寄ると、彼女は少しだけ凍えた両手をこすり合わせていた。


「雫ちゃん、宝生さんも、手伝ってくれてありがとう。これが最後のお星さまなんだけど……届かなくて」


 結衣が指差したのは、モミの木の一番上。


「私がやりましょうか」


 紫苑が指先を動かそうとした時、私はスッと前に出て、結衣の手から金色の星のオーナメントを受け取った。


「ううん。私がやるよ」


 私は脚立の最上段まで登り、冷たい空気に晒されたモミの木の頂に、星を掲げた。



(戦う。結衣の日常を、絶対に壊させない)



 私は前髪の星型ヘアピンに触れ、結衣の波長を『鞘』として引き出す。そして、私の内側にある星の魔力のごくごく一部を、その鞘で包み込み、手に持った金色のオーナメントの中へとそっと注ぎ込んだ。

 誰にも気づかれない、微細な魔力の譲渡。

 もし猟犬が結界を破って中庭に侵入してきた時、この星が『目印』となり、あるいは結衣を守るための『盾』となってくれるように。

 それは、御影への、そして五家の理不尽への、私なりの静かな宣戦布告だった。

 星をモミの木の頂に固定し、脚立を降りる。


「わあ……綺麗」


 結衣が嬉しそうに見上げていた。

 夕暮れの空の下、私たちが飾った星が、微かな魔力を帯びて黄金色に輝き始める。


「雫ちゃん、ありがとう。……クリスマス、楽しみだね」


 結衣のその言葉に、私は深く頷いた。

 彼女の笑顔を守るためなら、私は自分の魔法を、この命を懸けて研ぎ澄ますことができる。

 戦いの火蓋が切られようとしている冬の空。その下で、私たちの星だけが、静かに、けれど力強く輝いていた。

第18話へ続く

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