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『規格外の魔女ですが、好きな子に星空を見せたいだけなんです』  作者: カニかま太郎
第2章前編:氷面下の結界と、冬の足音編

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第14話:温室の雪降花と、静寂のジェラシー

 雫と結衣の前に現れた転校生、紫苑。

 紫苑と雫はどこか親しげで、結衣はその関係性に不安を感じ...

 宝生紫苑が転校してきてから一週間が経った。

 彼女の存在は、あっという間に藤ケ丘女子学園の日常に溶け込んで……いや、正確には「君臨」していた。

 透き通るような銀髪と、非現実的なまでの美貌。そして何より、彼女が息をするように行使する生活魔法の洗練された美しさは、一般の生徒たちの羨望の的となっていた。

 消しゴムのカスをまとめる風の魔法も、プリントを配る際のちょっとした念動力も、紫苑が指を動かすだけで、まるで無音のオーケストラが奏でられているような優雅さがある。五家の次期当主として、幼い頃から徹底的に叩き込まれた魔法制御の賜物だろう。

 だが、そんな彼女の本当の目的を知っているのは、この学園で私だけだ。

 紫苑は休み時間になると、取り囲むクラスメイトたちに丁寧に応対しながらも、その視線の端で常に『私』の周囲の空間をモニタリングしていた。学園の外から探りを入れてくる五家の探知網や、微細な魔力の揺らぎを、彼女自身がフィルターとなって逸らしてくれているのだ。

 彼女は文字通り、私を守るための「銀色の防波堤」だった。

 


木曜日の三限目。

 私たちは旧校舎の裏手にある、ガラス張りの大きな温室にいた。『魔法植物学』の実技授業だ。

 冬の気配が色濃くなってきた十一月の末。温室の中は湿った土と緑の匂いが立ち込め、魔力式のヒーターが微かな稼働音を立てている。


「今日の課題は『雪降花《スノードロップ》』の開花調整です」


 白衣を着た教師が、教卓の上にある小さな鉢植えを指差した。


「この花は、外気温と土の温度、そして周囲の魔力濃度のバランスが完全に一致した瞬間にだけ花を開きます。ペアで協力して、指先から放出する熱と魔力を調整し、制限時間内に花を咲かせてください」


 生活魔法の基礎である「微細な温度調整」の訓練だった。



「雫ちゃん、一緒にやろ!」



 結衣が迷うことなく私の隣に鉢植えを持ってくる。私は前髪の星型ヘアピンにそっと触れ、魔力の圧縮状態――結衣の波長を錨《アンカー》にした静寂――を保ったまま頷いた。


「よろしくね、結衣。私、温度の調整はちょっと苦手だから……」


「ふふ、任せて。私が土の方を温めるから、雫ちゃんは葉っぱの周りの空気を少しだけ温めてみて」


 結衣が鉢植えの土に両手をかざす。彼女の指先から、あの陽だまりのような、ペパーミントとカモミールが混ざったような優しい魔力が流れ出し、土をじんわりと温め始めた。

 私もそれに合わせ、鉢植えの周囲に指をかざす。

 私の中にあるのは、星を砕き、海を干上がらせるほどの大魔力だ。それを極小の一点に圧縮したまま、ほんの僅かな「熱の漏れ」だけを抽出して空気を温める。

 結衣という錨《アンカー》が外れれば、即座に大爆発を引き起こしかねない綱渡りの制御。だが、結衣の波長がすぐ隣にあるおかげで、私の力は驚くほど従順だった。結衣の陽だまりに寄り添うように、私の熱が葉を包み込む。


「すごい、雫ちゃん! 温度、ぴったりだよ」


 結衣が嬉しそうに目を輝かせた直後。鉢植えの雪降花が、微かな光を帯びながら、純白の可憐な花弁をゆっくりと開いた。

 完璧な開花だった。



「やったね! 一番乗りかな?」



 結衣と顔を見合わせて笑い合った、その時だった。


「きゃあっ!?」


 二つ隣のテーブルから、短い悲鳴が上がった。

 見ると、クラスメイトのペアが扱っていた鉢植えから、オレンジ色の炎がボワッと噴き出している。温度調整の魔力を過剰に流し込みすぎて、土の中の養分が発火してしまったのだ。


「ど、どうしよう! 水、水の魔法……!」


 パニックになった生徒が慌てて水を生成しようとするが、焦りからか魔力がうまく練り上がらず、炎は乾燥した葉に燃え移り、さらに勢いを増そうとしていた。周囲の生徒たちが悲鳴を上げて後ずさる。


(危ない……!)




 私は反射的に結衣を庇うように前に出て、炎に向けて右手を突き出した。

 ほんの一瞬、結衣の錨を外し、炎の周囲の酸素を『真空』にして消し飛ばそうとした。私の胸の奥で圧縮されていた魔力が、解放を求めて一気に脈動する。


 スッ、と。

 私の視界の端から、一筋の銀色の光が滑り込んできた。

 離れたテーブルにいた紫苑が、振り返りざまに片手を軽く振ったのだ。

 音は、なかった。

 燃え盛っていた炎が、ふっと『消滅』したのだ。

 水をかけたわけでも、氷で覆ったわけでもない。ただ、紫苑が放った圧倒的に静謐で巨大な魔力の波が、炎という事象そのものを『無《静寂》』で上書きし、瞬時に沈静化させた。

 それは、五家の次期当主による、物理法則すらも手なずけるような洗練を極めた制圧だった。

 温室内が、しんと静まり返った。


「……怪我がなくて、何よりです」


 紫苑は何事もなかったかのように微笑み、ゆっくりと指を下ろした。

 一拍遅れて、

「す、すごい……」


「魔法使いの映画みたい……」


と、クラスメイトたちから感嘆のどよめきと拍手が湧き起こる。

 私はハッとして、突き出していた右手を慌てて下ろした。

 寸前で結衣の錨を掛け直し、魔力の圧縮を維持する。危なかった。もし私が力を使っていれば、五家の監視網に「特異点」の波動をまき散らすところだった。

 騒ぎの中心にいる紫苑が、チラリとこちらへ視線を向ける。その深海のような青い瞳が、


『私が処理しました。あなたはそのまま、息を潜めていてください』と告げていた。

 私は小さく顎を引いて、彼女の気遣いに無言で感謝を伝えた。







 ――しかし。

 私のすぐ背後で、結衣がその無言のやり取りを、じっと見つめていたことに、私は気づけなかった。

 授業が終わり、温室の外にある水道場。

 土で汚れた手を洗うため、蛇口をひねると、冬の近づきを感じさせる冷たい水が流れ出した。


「冷たっ」


 私が思わず肩をすくめると、隣で手を洗っていた結衣が、すっと自分の手を私の手に重ねてきた。


「結衣……?」


「待ってて。お水、温かくするから」


 結衣が魔力を流すと、冷たかった水道の水が、あっという間に心地よい温水へと変わった。結衣の体温と魔法の温かさが、私の悴んだ指先を優しく解きほぐしていく。


「……ありがとう。助かったよ」


 私が微笑みかけると、結衣は私の手を温水の中で包み込むように握ったまま、ポツリとこぼした。


「宝生さん、すごかったね」


「えっ?」


「あんな一瞬で、炎を消しちゃうなんて。みんなも言ってたけど、本当に魔法使いのお姫様みたいだった」


 結衣の声は、いつもの明るさが少しだけ欠けていて、どこか所在なげに揺れていた。


「……うん。すごい魔法だったね」


 私が同意すると、結衣は私の手に少しだけ力を込めた。


「あのね、雫ちゃん。さっき宝生さんが魔法を使った後……雫ちゃんと宝生さん、目、合ってたよね?」


 ドキリと、心臓が跳ねた。


「私、魔法のことは全然詳しくないけど……でも、あの瞬間、二人の間に、私には絶対に入っていけない秘密の会話があったみたいな気がして」


 下を向いた結衣の前髪の隙間から、星華祭で買った星型のヘアピンが微かに光を反射している。


「……やっぱり、雫ちゃんと宝生さんは、私の知らないところで繋がってるのかな。私なんかの魔法じゃ、本当は雫ちゃんのこと、助けてあげられないのかなって……」


 結衣は、私の魔力が失われた(ように感じる)ことへの不安に加え、紫苑という圧倒的な才能を持つ少女が現れたことで、「自分の小さな魔法では、雫を引き留めておくことはできないのではないか」という根源的な焦燥を抱いているのだ。

 自分の保身のために、こんなにも優しくて温かい彼女の心を、これ以上削ってはいけない。

 私は、濡れた結衣の手を、両手でしっかりと握り返した。


「結衣、こっちを見て」


 私の真剣な声に、結衣がハッとして顔を上げる。

 亜麻色の瞳が、不安そうに揺れていた。


「紫苑……宝生さんの魔法は、確かにすごいよ。すごく高位で、誰も真似できないくらい洗練されてる。それは本当」


 私は言葉を選びながら、真っ直ぐに結衣の目を見つめた。


「でもね。私が一番綺麗だなって思う魔法は、宝生さんの魔法じゃない。絶対に」


「……え?」


「私が一番好きで、一番傍にいてほしい魔法は……結衣の魔法だよ」



 私は、結衣に握られた手を自分の胸元――圧縮された星の魔力が眠る場所――に引き寄せた。




「図書室で、私の魔法の失敗を綺麗だって笑ってくれた結衣。雨の日に、見えない傘を作ってくれた結衣。そして今、冷たい手を温めてくれた結衣の、この魔法」


「雫ちゃん……」


「宝生さんがどれだけすごい魔法を使えても、関係ない。私をここまで繋ぎ止めてくれたのは、結衣の陽だまりみたいな温かさだけだから。結衣がいなきゃ、私はダメなんだよ。だから……私を置いていくようなこと、言わないで」


 結衣の瞳から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。

 それは悲しみの涙ではなかった。「自分でも雫を繋ぎ止められている」という安堵と、見えない恐怖からの解放の涙。

 彼女は片手でゴシゴシと目を擦り、それから照れ隠しのように、くしゃっと笑った。


「……もう、雫ちゃんのばか。そんなこと言われたら、私、本当に雫ちゃんの手、離せなくなっちゃうよ」


「離さないで。私も、絶対に離さないから」


 温水が流れ続ける水道場で、結衣は私の手をもう一度ぎゅっと握り返してくれた。

 その温もりは、私の胸の奥にある星の魔力を、さらに深く、穏やかな底へと沈めていく。

 銀色の転校生がもたらした波紋は、結衣の心を少しだけ揺らした。だがその揺らぎは、私たちが互いを必要としていることを、より強く確認させるための試練でもあった。

 冬の足音が近づく藤ケ丘女子学園で、私たちの不器用な恋と秘密は、氷の結界の下で確かな熱を帯び始めていた。

第15話に続く

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