↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『規格外の魔女ですが、好きな子に星空を見せたいだけなんです』  作者: カニかま太郎
第1章:日常と星華祭の攻防編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/37

第10話:透明な境界線と、叶えられないかもしれない約束

 とうとう星華祭が間近に迫り、出し物の完成に近づく雫と結衣のクラス。九重咲耶が来る当日に備え、自身の魔力を制御出来なければならないが...


 星華祭を二日後に控えた、十一月の初旬。

 学園は、いよいよ抑えきれない祭りの熱気に包まれていた。中庭には見上げるほど大きな木組みのアーチが建てられ、各教室からは連日、遅くまで準備に勤しむ生徒たちの笑い声や、微弱な生活魔法の弾ける音が聞こえてくる。

 私たちのクラスの『森のお茶会』も、ついに完成の時を迎えていた。

 放課後の教室。天井からは結衣たちが丹念に育てた本物のアイビーが幾重にも垂れ下がり、窓際には淡く発光する魔力石を仕込んだアンティーク調のランタンが並んでいる。いつもの殺風景な教室は、魔力石のオレンジ色の光に照らされ、まるで絵本の中に迷い込んだような、薄暗くも温かい秘密の森へと見事に変貌していた。


「すごい……本当に、森の中みたい」


 ランタンの柔らかな光を顔に受けながら、結衣がうっとりと感嘆の息を漏らす。


「みんなの魔法のおかげだね。結衣のツタも、すごく綺麗に壁を覆ってる」


「雫ちゃんも、黒板のメニュー表、すごく丁寧に書いてくれたじゃない。ありがとうね」


 すっかり日が落ち、他の生徒たちが下校していく中、私たち二人は最後の見回りとして薄暗い教室に残っていた。

 私の胸の奥には、数日前に結衣と手を繋いだ時に定着させた『五感共有の魔法』の結晶が、静かな熱を持って収まっている。いつでも発動できる。結衣の心に、あの星空を届ける準備は完了していた。

 自らの巨大な魔力を一点に圧縮し、完全にコントロール下に置いたことで、今の私は魔法の波動を一切外へ漏らさない「完璧な隠蔽状態」にある。

 しかし、それが意味するのは、この愛おしいモラトリアムの終わりだった。

 魔法を見せ、自分の正体を明かせば、私はもう結衣の隣で笑い合うことはできない。九重咲耶の視察が迫る中、私はいずれこの学園を去るか、五家に投降しなければならない運命にあるのだから。


「……雫ちゃん?」


 ふいに、結衣の静かな声が降ってきた。

 窓辺のランタンを拭いていた私が振り返ると、結衣が少しだけ寂しそうな、けれど真っ直ぐな瞳で私を見つめていた。


「なんだか、雫ちゃん……すごく、遠くにいるみたい」


 ドキリ、と心臓が跳ねた。

 結衣は私の制服の袖口をそっと摘み、不安げに目を伏せた。


「最近ね、雫ちゃんの魔法の感じが、全然しなくなったの。いつもは、不器用だけど一生懸命で、少しだけ熱い雫ちゃんの気配が傍にあったのに……今は、なんだか雫ちゃんが、透明になっちゃいそうな気がして。ふっと風が吹いたら、消えちゃいそうで、すごく怖い」


「……」


 私は息を呑んだ。

 魔力を完璧に圧縮し、五家の探知から身を隠すための『静寂』が、皮肉にも結衣には「雫がいなくなってしまう予兆」として伝わっていたのだ。

 ただ優しいだけでなく、他者の痛みに聡い彼女だからこそ、私の不器用な隠し事や、心の奥底で下した「別れの覚悟」を、とうの昔に見透かしていたのだろう。


「図書室の時も。一緒に帰る時も」


 結衣の指先が、私の袖をきゅっと強く握りしめる。


「雫ちゃんはいつも優しく笑ってくれるけど、本当は、一人で何かすごく重いものを背負ってるんじゃないかって……私には、何もしてあげられないのかなって、ずっと考えてた」


 その震える声に、私はゆっくりと、袖を掴む彼女の手に自分の手を重ねた。


「結衣がいてくれたから、私は今日まで、この学園で笑っていられたんだよ。結衣の淹れてくれるお茶や、優しい魔法がなかったら、私はきっと、自分の重さに耐えきれずに潰れてた」


 それは、紛れもない本心だった。

 結衣の波長があったからこそ、私の魔法は完成した。彼女の存在が、私という怪物を「人間」に繋ぎ止めてくれていた。


「私ね、星華祭が終わったら……結衣に、ちゃんと全部話すよ。私が今まで隠していたこと、全部。……だから、それまでは」







 ――話せば、私は君の前から姿を消すことになる。

 喉の奥まで出かかった残酷な真実を飲み込み、私は必死に微笑みを作った。


「うん」


 結衣は私の言葉を遮るように、小さく、しかし力強く頷いた。

 そして、重ねられた私の手を、両手でぎゅっと包み込む。


「待ってる。雫ちゃんが話してくれるまで、ずっと。……でもね、一つだけ約束して」


「約束……?」


「どんなに重いことでも、一人で勝手にいなくならないで。雫ちゃんが透明になりそうな時は、私がこうして、手でぎゅって掴んでてあげる。だから、どこにも行かないって約束して」


 結衣の温かい手が、私の冷たい指先を力強く握りしめる。

 その体温の確かな重みに、私は泣き出しそうになるのを必死で堪えた。

 守れないかもしれない約束。彼女を巻き込まないためには、私は一人で消えなければならないのに。

 それでも、私には彼女のこの手を振り払うことなど、絶対にできなかった。


「……うん。約束する」


 震える声でそう嘘を吐くと、結衣は安堵したようにふわりと、いつもの春の陽だまりのような笑顔に戻った。


「よかった! じゃあ、明後日からの星華祭、思いっきり楽しもうね。二人でいっぱい回って、美味しいもの食べて、写真もたくさん撮ろ!」


「……うんっ」


 私は何度も頷きながら、彼女の温かい手を握り返した。

 絶対に、この手を離さない。この学園を去るその瞬間まで、結衣との時間を一秒でも長くこの目に焼き付ける。

 そうして、夜が明け、また次の夜が過ぎて。

 ついに、運命の星華祭の朝がやってきた。

 抜けるような秋の青空の下、学園の正門には華やかなアーチが掲げられ、生徒たちの活気ある声が響き渡っている。

 いつも通りの生活魔法が、今日は特別なお祭りのために惜しげもなく使われ、空には光の紙吹雪が舞い、甘いクレープや焼き菓子の匂いが風に乗って運ばれてくる。誰もが笑顔で、平和で、色鮮やかな世界。

 私は森のカフェに改装された教室の窓から、賑わう正門を見下ろしていた。

 その時だった。

 歓声に包まれた門の向こう側から、黒塗りの重厚な高級車が数台、音もなく静かに滑り込んでくるのが見えた。周囲の生徒たちが何事かと道を空け、ざわめきが波のように広がっていく。

 車から降り立ったのは、仕立ての良い黒いスーツに身を包んだ数人の大人たちと――その中心で、周囲の喧騒を一切寄せ付けない、氷のように冷たく美しい威厳を放つ少女だった。

 九重咲耶。

 彼女が学園の敷地に足を踏み入れた瞬間、私の肌を、目には見えない極低温の刃がピリッと撫でた。

 管理者たちの目が、ついにこの場所に到達した。あの車列だけが、この温かい学園の中で完全に異質な『世界の裏側』の空気を纏っている。


「雫ちゃん! エプロン着替えたよ、似合うかな?」


 背後から、結衣の明るい声がした。

 私は深く息を吸い込み、強張った指先をギュッと握りしめてから、窓の外から視線を外して振り返った。


「うん、すごく可愛いよ、結衣」







 ーーー祭りの幕が、上がる。

 私の長く短いモラトリアムの、最後の二日間が始まった。

第1章完結記念として、次回は11、12話を一挙に公開致します!お楽しみに!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。