↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『規格外の魔女ですが、好きな子に星空を見せたいだけなんです』  作者: カニかま太郎
第1章:日常と星華祭の攻防編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/37

第9話:カモミールと、静寂のブラックホール

 雫と結衣は2週間後に迫る「星華祭」の準備を着々と進め、来たる本番に備えていたが...

 とうとう五家の1人である九重咲耶が動き始めて...?!

 星華祭の開催が二週間後に迫り、学園全体が祭りの前夜祭のような熱気に包まれていた。

 放課後の教室では、クラスの出し物であるコンセプトカフェ『森のお茶会』のリハーサルが行われている。黒板には深い緑色のチョークアートで森の風景が描かれ、教卓の周りには結衣が育てたアイビーのツタが立派なアーチを作っていた。

 生徒たちは持参したアンティーク調のティーカップを並べ、それぞれの生活魔法を持ち寄って本番さながらのオペレーションを確認している。


「三番テーブル、カモミールティー入ります!」


「はい!今お湯温めるね。……あれ、ちょっと温度高すぎたかも!」


「大丈夫、私が風の魔法で少し冷ますから貸して」


 和気あいあいとした喧騒の中、私はフロアの端で、注文を書き留める係を担当していた。


「雫ちゃん、お疲れ様。これ、試作品のカモミールティー。味見してみて」


 小さなトレイにティーカップを載せて、エプロン姿の結衣が小走りでやってきた。フリルがあしらわれた白いエプロンは、彼女のふわりとした雰囲気に驚くほどよく似合っていて、見ているだけで胸の奥がくすぐったくなる。


「ありがとう。いただきます」


 カップを受け取ると、休日の買い出しで一緒に選んだ、あの陽だまりのような香りが立ち上った。

 一口含むと、優しい甘みと温かさが胃の腑へと落ちていく。結衣の淹れるお茶は、いつも絶妙な温度で、張り詰めた神経をほっと解きほぐしてくれる。


「美味しい。すごくいい香りだね」


「よかった! 雫ちゃん、最近ずっと遅くまで準備の手伝いしてくれてるから、少しでも疲れが取れたらいいなって思って」


 結衣は嬉しそうに微笑み、私の隣に並んで教室の様子を見渡した。


「みんなの魔法が合わさって、本当に小さな森のカフェみたいになってきたね。なんだか、終わっちゃうのがもったいないくらい」


「……そうだね」


 結衣の横顔を見つめながら、私は密かにマグカップの縁を強く握りしめた。



(終わっちゃうのが、もったいない)



 その言葉が、鋭い棘のように胸に突き刺さる。

 この穏やかで愛おしい日常は、星華祭が終われば、否応なく崩れ去る可能性が高い。来月、この学園には九重咲耶がやって来る。五家の目と鼻の先で、私が今のまま「ただの女子高生」として隠れ通せる保証はどこにもない。

 私は毎晩、自室で魔法の完成を急いでいた。

 あの日、雨の中で見つけた『結衣の波長を錨《アンカー》にする』という理論。暴れ狂う私の魔力は、結衣の静かで優しい魔力の記憶を芯に据えることで、驚くほど従順にコントロールできるようになった。

 術式は九割九分まで完成している。あとは、私の心象風景である『流星の夜空』を極小の結晶に込め、結衣の精神に繋ぐための「最後の定着」を行うだけだった。


「ふふ、無理しないでね。今日はもう遅いし、そろそろ片付けて帰ろっか」


 結衣の声にハッと我に帰り、私は頷いた。

 教室の戸締まりをして、茜色に染まった渡り廊下を歩く。

 並んで歩くこの影も、あと何度見られるだろう。ふと、結衣が私の左手に、自分の右手をそっと重ねてきた。


「雫ちゃんの手、少し冷たいね」


「あ……うん、ちょっと冷え性で」


 嘘だった。本当は、夜中の魔力制御の特訓で体内の熱を放出しすぎているせいだ。

 結衣は何も言わず、重ねた手からほんのりと、体温より少しだけ高い魔力を流し込んでくれた。

 ドクン、と。

 彼女の温もりと、ペパーミントのような澄んだ魔力が私の指先から流れ込んできた瞬間。

 私の内側で構築途中だった巨大な魔力の術式が、彼女の波長を「完璧な錨《アンカー》」として認識し、カチリと音を立てて噛み合った。


(……今だ)


 私は繋いだ手に少しだけ力を込め、歩きながら、体内の魔力を極限まで圧縮させた。結衣の優しい魔力を中心軸にして、大河のような星の力を、一つの極小の点へと折りたたんでいく。

 熱が引く。空間が閉じる。

 誰にも気づかれない、私の内側だけの静かな爆発。







 ――そして、術式はついに完成の時を迎えた。

 私の胸の奥深くに、青白く澄んだ光の結晶が静かに定着する。それはいつでも結衣の心へ私の星空を届けることができる、完成された『五感共有の魔法』だった。


「……ありがとう、結衣。すごく温かくなった」


 私が微笑みかけると、結衣は「えへへ」と照れくさそうに笑い返した。

 魔法は完成した。あとは、伝える勇気を持つだけだ。











 ――しかし、同じ頃。

 藤ケ丘女子学園から遠く離れた、東京・山の手の広大な敷地に建つ瀟洒な洋館。魔法界の頂点に君臨する五家の一つ、九重家の本邸。

 その奥深くにある薄暗い執務室で、壮麗なアンティークデスクに向かっていた美しい少女が、ふと手に持っていた万年筆の動きを止めた。

 次期当主、九重咲耶。

 彼女の冷ややかな切れ長の瞳が、不快そうに細められ、西の空へと向けられる。


「……咲耶様? いかがなさいましたか」


 控えていた側近の女性が声をかけた。

 咲耶は答えず、己の胸元を押さえた。彼女の魔力感知器官が、微かな、しかし決定的な異常を訴えていた。


「……空白が、生まれたわ」


「空白、ですか?」


「ええ。関東の西側。今まであの辺りには、粗削りで、ただ巨大なだけの獣のような波長が時折漏れ出ていた。だが今、その巨大な魔力が一瞬にして『無』になった」


 咲耶は立ち上がり、窓ガラスに映る自分の冷徹な顔を見据えた。


「魔力が消えたのではない。信じられないほどの高密度で、一点に『圧縮』されたのよ。周囲の自然魔力すらも吸い寄せる、ブラックホールのような極小の点に。……生活魔法のお遊びでできる芸当ではないわ」


 咲耶の声には、怒りではなく、世界の理を揺るがす存在への純粋な警戒が滲んでいた。


「強大すぎる力は世界を歪める。過去の大魔女たちが命と引き換えにかけたリミッターを無視し、これほどの精密な術式を編み上げられる存在……放置すれば、世界は再び崩壊の危機に瀕する」


 彼女は静かに、しかし断固たる意志を持って側近に告げた。


「来月の星華祭。藤ケ丘女子学園への視察は予定通り行います。あの周辺の空間に潜む『特異点』を、必ずこの手で見つけ出し、我々九重の管理下に置く。……世界の均衡を守るために」


 咲耶の背負う重い使命が、冷たい夜風と共に執務室を吹き抜けた。

 私が結衣への愛おしさから完成させた「二人だけの秘密の魔法」が、皮肉にも世界で最も鋭敏な管理者の目を、決定的に学園へと向けさせてしまったことなど。

 夕闇の中で結衣と手を繋いで歩く私は、まだ知る由もなかった。

第10話に続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。