EP 4
「ポポロ村へようこそ(※武装済)」
「買い出し、行けるか」
五日目の朝、マスターがそう言った。
「行けます!」
わたしは、たぶん必要以上に大きな声で答えた。
役に立てる。それが嬉しかったのだ。三年ぶりに、誰かの役に立てるかもしれない。
彼はメモを一枚、カウンターに置いた。
読めない。字が、あまりにも綺麗すぎて。
「あの、これ」
「なんだ」
「マスター、字がお上手ですね」
彼は、少しだけ動きを止めた。
「……習っただけだ」
村は、朝から賑やかだった。
石畳の道を、荷車が行き交う。畑からは月見大根と太陽芋が運ばれ、鍛冶場からは槌の音がする。
すれ違う人が、みんな挨拶をしてくれた。
「おっ、鬼龍の嬢ちゃんだ」
「よろしくねぇ」
「あんた、痩せすぎだよ。うちの人参マンドラ持ってきな」
——あたたかい。
胸の奥が、じんわりした。
三年間、わたしは名前を呼ばれたことすらなかった。
「オイ! ソコノ姉チャン!」
呼ばれて、振り向いた。
誰もいない。
「下ダ! 下!」
畑の畝から、白い球体が生えていた。
球体には、目と口がついていた。
「……え」
「初メマシテ! オレ、ガーリッ君! 見テノ通リ、喋ルガーリックナ!」
「え、あ、はい」
「姉チャン、名前ハ? ドコノ出身? 彼氏イルノ? イナイノ? マジデ? チョット待テヨ、ソレハ勿体無イッテ! オレガ相談ニ乗ッテヤルヨ! ナァナァナァ——」
「ぐっ、」
臭い。
近い。近すぎる。
しかも、絡みが妙にうざい。
わたしのスキルが、聞いてもいない情報を勝手に流し込んでくる。アリシン濃度が基準値の四倍。この球体、生物として何かがおかしい。
「あ、あの、買い出しがあるので——」
「エェ〜! モウ行クノカヨ! ナァ、待テヨ、オレノ話ヲ——」
「ガーリッ君」
背後から、低く沈んだ声がした。
「セクハラで通報するぞ」
振り返ると、長ネギが立っていた。
いや、樹人だった。全身が蔦と樹木でできた人型で、頭部から緑の葉が伸びている。
「ヒィッ! ネギオ先生! ソレダケハ勘弁——」
「三度目だ、貴様」
長ネギの樹人が、片手のハリセンを構えた。
「畑に還れ」
「ギャアアアア!」
「見苦しいところを見せたな」
樹人は、わたしに向き直った。
「私はネギオ。この村で教師をしている。……鬼龍に来た娘だな」
「はい、ミレイユといいます」
「ふん」
木目の眼が、わたしを上から下まで眺めた。
「痩せすぎだ。骨が浮いている。あの店にいるなら、遠慮なく食え。あの男の作るものは、少なくとも味だけは信用できる」
——味「だけは」。
その言い方が、また引っかかった。
村の中心には、驚くほど明るい建物があった。
「ルナキン・ポポロ支店」。二十四時間営業のファミレスらしい。
その隣にコンビニ。向かいにスーパー。少し先にホームセンター。銀行まである。
「……あの」
わたしは、思わずネギオさんに聞いてしまった。
「ここ、辺境の村ですよね?」
「そうだが」
「なぜ二十四時間営業のファミレスが」
「便利だろう」
「便利ですけど」
「あら! あなたが噂の子ね!」
弾むような声がして、振り向いた。
ウサギの耳をした少女が、こちらに駆けてくる。
わたしより少し年下に見える。動きやすい服装で、足元は分厚い安全靴。
「初めまして! 村長のキャルル・ムーンハートよ!」
「そ、村長さん!?」
「そう! 二十歳よ!」
わたしより一つ下だった。
「はい、これ」
彼女は、ポケットから飴玉をひとつ取り出して、わたしの手に握らせた。
「うちの村へようこそ。困ったことがあったら、なんでも言ってちょうだいね」
——嘘が、ひとつも無い。
味覚を使うまでもなかった。この人は、たぶん本気で言っている。
「あ、ありがとう、ございます」
「うんうん。……ところで」
キャルル村長は、わたしの顔を覗き込んだ。
「あなた、栄養状態が良くないわね。それと、胃が荒れてる。前に薬物を継続摂取した痕跡があるわ」
「え」
「大丈夫よ。心音でだいたい分かるの。あとで月光薬をあげるわね」
そう言って、彼女はにこっと笑った。
その笑顔が、あまりにも屈託なくて。
わたしは、うまく返事ができなかった。
買い出しの帰り道、大きな影がわたしを追い越した。
「あ、すみません。驚かせましたか」
ケンタウロスの女性だった。
上半身は凛とした女性、下半身は栗毛の馬体。背中には——やっぱりあの、太い杭のついた鉄の塊。
「自警団のマンミアです。あなたが新しく来た方ですね」
「はい、ミレイユです」
「重そうですね。乗りますか?」
「え」
「あ、いえ! その、失礼でしたら! わたし、人を乗せたことがなくて、その——」
彼女は、みるみる赤くなった。
「二十五年、生きてきて、一度も、なくて」
「二十五年」
「二十五歳です」
言った直後、彼女は自分の言葉に打ちのめされたような顔をした。
「二十五、歳、です……」
「あの、大丈夫ですか」
「大丈夫です。半額のケーキは、二十六日に買います」
何の話だろう。
でも、たぶん触れてはいけない話だった。
結局、荷物は乗せてもらった。
道すがら、マンミアさんは村のことを教えてくれた。
前の村長が、隣町のゲートボール大会で出会った魔族の貴婦人と駆け落ちし、村の資金を持ち逃げして指名手配中であること。
村の地下に、シェルターが掘られていること。
自警団の装備が、魔導ライフルと魔導誘導バズーカと魔導地雷であること。
「……ネギオさんは、のんびりした村だと」
「のんびりしていますよ」
マンミアさんは、真顔で頷いた。
「三国が睨み合う緩衝地帯ですから、備えは必要ですが。基本的には平和です。……ただ」
彼女の声が、少しだけ低くなった。
「そろそろ、あの時期なんです」
「あの時期?」
マンミアさんは、道の先を見た。
「『暴行しない券』の、集金の時期です」
「……なんの券ですって?」
「暴行しない券です」
彼女は、心底うんざりした顔で言った。
「強盗の一団が来て、券を売りつけるんです。金を払えば、暴行しない。払わなければ、暴行する。……家族割引と、子供青春割引があります」
「なにそれ」
「割引の適用範囲が明確なのが、また腹立たしくて」
「なにそれ!!」
そのとき。
カン。カン。カン。
村の中央の見張り台から、鐘の音が響いた。
マンミアさんの馬体が、ぴたりと止まった。
「……来ましたね」
わたしは、村の入り口を見た。
土煙が、上がっていた。
荷馬車が三台。その周りを、二十人ほどの男たちが囲んでいる。全員が、剣か斧か、なにかしらの武器を持っていた。
先頭の男が、両手を広げて叫んだ。
「ポポロ村のみなさーん! お待たせしました! 今年もやってまいりました!」
道の脇で、農家のおばさんが舌打ちをした。
「……来やがった」
わたしの背後で、鬼龍の暖簾が、風もないのに、ゆらりと揺れた。
読んでいただきありがとうございます。
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