EP 8
「ごはん係」
集会所に、村中が集まった。
壇上に、ガジェットさんの図面が広げられている。
墨で描かれた、見たこともない機械の設計図だった。
「次元転送コンテナ、と呼んでいます」
彼は、指示棒で図を叩いた。
「僕の技術の全てを注ぎ込みました。座標さえ確定すれば、質量を別次元に投射できます」
「つまり?」
「車ごと、地獄に落とせます」
「車?」
「あれです」
彼が、窓の外を指した。
村の広場に、黒い鉄の塊が停まっていた。
四角い。無骨。窓が四つ。
ランドクルーザー、と彼は呼んだ。
「馬がいませんけど」
「馬は要りません」
「どうやって走るんですか」
「説明すると三日かかります」
「乗れるのは、五人です」
ガジェットさんは、指を五本立てた。
「コンテナの出力限界です。これ以上は、門をくぐる前に潰れます」
集会所が、ざわめいた。
「五人か」
「じゃあ、選抜だな」
「俺が行く!」
「いや俺が!」
「志願は結構です」
ガジェットさんは、静かに言った。
「が、先に申し上げます。行っても、たぶん役に立ちません」
「なんだと?」
「冥界では、生者の腕力も魔力も、ほとんど減衰します」
「マンミアさんのパイルバンカーも、スアイさんのチェーンソーも、向こうでは鉄の棒です」
「……」
「閻魔と戦えるのは、龍魔呂さんだけです」
「じゃあ、二人でいいだろ」
低い声がした。
壁際に立った彼が、初めて口を開いた。
「俺と、お前だ。それで足りる」
「足りません」
ガジェットさんが、即答した。
「なぜだ」
「ユウくんを、探せないからです」
「……あ?」
「賽の河原の規模を、調べました」
彼は、別の紙を出した。
そして、そこに書かれた数字を読み上げた。
「推定、三十万」
集会所が、静まった。
「三十、万?」
「子供が、です」
「全員が、石を積んでいます」
「全員が、同じ白い装束です」
わたしは、その瞬間、気づいた。
立ち上がっていた。
「ガジェットさん」
「はい」
「その三十万人、泣いてますか」
集会所の空気が、止まった。
ガジェットさんの丸眼鏡が、ゆっくりと曇った。
「……はい」
「全員、泣いています」
誰も、何も言わなかった。
リベラさんの煙管が、指から落ちた。
キャルル村長の耳が、ぺたんと倒れた。
マンミアさんが、口を押さえた。
この村の人間は、全員、知っている。
子供の泣き声が、あの人に何をするか。
「マスター」
わたしは、壁際を見た。
「あなた、地獄で正気でいられますか」
彼は、答えなかった。
「三十万人の泣き声の中で」
「弟さんを、探せますか」
長い、沈黙があった。
そして、彼は言った。
「……やる」
「できますか、じゃありません」
「やるって言ってんだろ」
「できませんよ」
別の声がした。
戸口に、黒い服の青年が立っていた。
「優太さん」
「どうも。村の医者代わりです」
彼は、集会所の中に入ってきた。
「医学的に言います。あの人は、確実に発症します」
「一人の泣き声で崩れる人が、三十万の中に入る」
「これは『耐える』とか『我慢する』の話じゃない。体が、勝手にそうなる」
「じゃあ、どうすんだ」
「引き戻せる人間を、連れていくしかない」
優太さんは、こちらを見た。
一瞬だけ、目が合った。
——気づいたあとに、何をするか。
「反対よ」
キャルル村長が、立ち上がった。
「ミレイユさんは戦えないの。魔法も使えないの」
「地獄よ? 何かあったら、誰が守るの」
「守りません」
わたしは、答えた。
「え?」
「守ってもらいに行くんじゃないです」
「仕事があるから、行くんです」
わたしは、懐から布包みを出した。
そして、開いた。
小さな茶碗だった。
割れ目に、細い金の線が三本。
「三十万人の中から、一人を探すんですよね」
「顔を知ってるのは、マスターだけです。でも、マスターは使えません」
「じゃあ、顔以外で探すしかない」
わたしは、茶碗を掲げた。
「わたし、この人の作るごはんの味を、世界でいちばん知ってます」
集会所が、しん、とした。
「四ヶ月、毎日食べました」
「出汁の引き方も、水加減も、塩の落とし方も、全部わかります」
「同じものを、作れます」
「下手ですけど」
「匂いは、同じです」
わたしは、村長を見た。
「ユウさんは、五歳で亡くなりました」
「その前の五年間、地下で、白いパンだけ食べて生きてました」
「お兄さんが、命懸けで届けたパンです」
「だから」
わたしは、茶碗を胸に抱いた。
「わたしが、河原でごはんをよそいます」
「三十万人に聞きます」
「お腹空いてる子、いますか、って」
誰も、何も言わなかった。
やがて、リベラさんが、落とした煙管を拾った。
そして、短く言った。
「……賛成じゃ」
「わたしも」
マンミアさんが続いた。
「僕も賛成です」
ガジェットさんが、頷いた。
キャルル村長は、しばらく唇を噛んでいた。
それから、小さく言った。
「……ずるい」
「え」
「そんな言い方されたら、止められないじゃない」
がたん、と音がした。
彼が、立ち上がっていた。
そして、何も言わずに、集会所を出ていった。
戸が、閉まった。
わたしは、その場に座り込んだ。
膝が、今になって笑い始めた。
「……あの」
「うん?」
「マスター、怒ってますよね」
リベラさんが、煙管を咥えた。
そして、戸口を見たまま言った。
「怒っとらんよ」
「え」
「あれは、怖がっとるんじゃ」
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