↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毒見役だった私を拾ったのは、村で一番怖い小料理屋の店主でした ~捨てた勇者は、そのあと村に来ないでください~  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/39

EP 6

「あなたは、取り上げようとしてる」

店は、普通に開いていた。

竈に火が入り、大根が炊かれ、暖簾が上がる。

わたしは皿を洗い、彼は包丁を研ぐ。

注文が通り、料理が出て、村人が笑って帰っていく。

何も、変わらない。

何も変わらないことが、いちばん堪えた。

「ミレイユさん!」

三日目の朝、村長が飛び込んできた。

「わたしに任せて! こういうのは、第三者が入るのがいちばんなの!」

「あの、村長」

「マスター! ちょっといい!?」

キャルル村長は、カウンターに身を乗り出した。

「あのね、恋愛っていうのはね、伝えないと伝わらないの! わたしもね、好きな人がいるんだけど——」

「誰だ」

「それは今いいの!!」

「気になるだろ」

「気になるところそこじゃないでしょ!?」

結果として、話は一ミリも進まなかった。

そのうえ、村長の想い人が誰かという噂だけが村中に広まり、翌日には賭けが始まっていた。

「オイ姉チャン! 元気出セヨ!」

「……はい」

「男ナンテナ、星ノ数程イル! 例エバホラ、目ノ前ニ!」

「畑に還れ」

「ギャアアア!」

ネギオ先生のハリセンだけが、この村の秩序だった。

四日目、わたしは村の外れへ歩いた。

ポポロ・コーポ。

村で唯一の、集合住宅。その二階の一室を、彼は借りている。

「はいはい」

戸を開けたのは、黒い服の青年だった。

「あ、この前の。……ミレイユさん、だっけ」

「中村さん」

「優太でいいよ。中村さんって呼ばれると、なんか役所の人みたいだから」

部屋は、恐ろしく片付いていた。

本と、薬品と、紙の束。

「で。診察? 手の傷、まだ痛む?」

「いえ」

「じゃあ、なに」

わたしは、しばらく言葉を探した。

「……あの人のことです」

「ああ」

彼は、椅子を引いた。

「じゃあ、座って」

わたしは、全部話した。

フラッシュバックのこと。子供の泣き声のこと。

呼吸が浅くなって、瞳孔が開いて、腰のあたりを探る仕草をすること。

そして、この一週間、避けられていること。

過去の話は、しなかった。

あれは、わたしが喋っていいものじゃない。

優太さんは、黙って聞いていた。

そして、言った。

「典型的だね」

「……典型?」

「心的外傷後ストレス障害。PTSDって言うんだけど」

「ぴー、てぃー」

「覚えなくていい。要するに、心の傷が治らないまま、体が覚えてる状態」

彼は、紙に何か書いた。

「特定の音、匂い、状況が引き金になって、その瞬間に戻される。本人の意思とは無関係にね」

「戻される」

「そう。思い出すんじゃない。戻るんだ」

わたしは、拳を握った。

「治りますか」

「治療法はあるよ。俺の国にはね」

「教えてください」

「時間をかけて、安全な場所で、何度も言葉にしていく。……きみ、もうやってるじゃん」

「え」

「聞いたんでしょ。最初から最後まで」

わたしは、頷いた。

「じゃあ、それが一番の治療」

「なら、どうして」

「どうして避けられてるか?」

優太さんは、筆を置いた。

そして、静かに言った。

「あの人、治す気ないよ」

「……え」

「一回も言ってないでしょ。治りたいって」

「でも、苦しそうで」

「苦しいよ。苦しいに決まってる」

彼は、こちらを見た。

「でもね、ミレイユさん」

「その苦しみが無くなったら、どうなると思う?」

「……楽に、なります」

「うん。弟が死んだことが、どうでもよくなる」

わたしの喉が、鳴った。

「そんな」

「そんな、じゃないよ」

優太さんの声は、静かなままだった。

「十年だよ」

「十年、毎日、飯をよそってきたんだ。誰も座らない席に」

「あれが、あの人の弔いだった」

「苦しいまま生きることが、あの人の供養だったんだよ」

「……」

「で、きみが来た」

彼は、続けた。

「飯を食って、泣いて、居着いて、名前を呼ばれて」

「事件を解決して、勇者を潰して、店の権利をもらって」

「そんで、十年誰にも喋らなかったことを、喋らせた」

「あなたは、それを取り上げようとしてる」

わたしは、動けなかった。

「わたし、そんなつもりは」

「うん。そんなつもりはないと思う」

「じゃあ」

「でも、結果はそうだよ」

彼は、少し身を乗り出した。

「聞くけどさ」

「なんで聞いたの」

「え」

「『ユウさんって、誰ですか』」

「……」

「あれ、なんで聞いたの」

わたしは、答えようとした。

知りたかったから。

そう言おうとして。

口が、止まった。

——誰のために?

あの席の意味がわかったから?

あの人を救いたかったから?

違う。

知らないのが、嫌だったからだ。

リベラさんは知っていた。優太さんも、たぶん察していた。

村の人たちは、聞かないという形で知っていた。

わたしだけが、何も知らなかった。

四ヶ月、毎日隣にいて、毎日ごはんを食べて。

それでも、いちばん遠かった。

だから、聞いた。

あの人のためじゃない。

「……最低ですね、わたし」

「うん、まあ」

優太さんは、あっさり頷いた。

「否定しないんですね」

「嘘つくと高くつくから」

彼は、湯呑みに茶を注いだ。

そして、わたしの前に置いた。

「でも、最低なのは普通だよ」

「え」

「みんな、誰かを助けたいって言いながら、自分が仲間外れなのが嫌なだけだったりする」

「俺もそう」

「……」

「大事なのは、気づいたあとに何をするかだよ」

わたしは、茶を飲んだ。

苦かった。

三年間で、いちばん苦い茶だった。

帰り際、戸口で、優太さんが言った。

「ひとつだけ、聞いてもいい?」

「はい」

「あの人、十年、誰にも喋らなかったんだよね」

「……はい」

「リベラさんにも、ガジェットって人にも、村長にも」

「はい」

彼は、少しだけ首を傾げた。

「なんで、きみには喋ったんだと思う?」

わたしは、答えられなかった。

その夜、雨が降った。

店を閉めて、行灯を落とそうとしたとき。

戸が、吹き飛ぶ勢いで開いた。

「ひっ」

そこに立っていたのは、巨大な塊だった。

ずぶ濡れで、泥だらけで、肩で息をしている。

小太りの、中年の男だった。丸眼鏡が曇りきっている。

「た、」

彼は、カウンターの奥を見た。

「龍魔呂さんっ!!」

「見つけましたよ、僕は!! 三年かけて!!」

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。