EP 10
「偽物と、本物」
「懸賞金な」
リベラさんは、書類を突きつけた。
「帝国は、一銭も出しとらん」
役人の顔が、固まった。
「な……何を言って」
「金貨五万枚の出資元。帝国広報局の外郭団体」
彼女は、二枚目をめくった。
「設立者、ゼロス・ディバイン」
広場が、どよめいた。
「三年前、九月十日の魔獣誘引香。注文主と同じ団体じゃ」
「つまりこの手配書はな」
彼女は、金の煙管を噛んだ。
「帝国の意思やない。この男が、自分で作った鎖よ」
「そんな……!」
役人が、書状を取り落とした。
「私的懸賞を帝国印璽で偽装。……令状は無効じゃ」
「持ち帰って、上に確認しんさい。今すぐ」
「じゃ、じゃあ」
わたしは、思わず言った。
「北の戦線の話は」
リベラさんが、こちらを見た。
そして、三枚目の書類を出した。
軍法会議記録の写し。
わたしは、覗き込んだ。
——ほとんどが、黒く塗り潰されていた。
読めるのは、日付と、部隊名と、被害人数と。
そして、最後の一行だけだった。
『当該人物は、当日、当該部隊の所属ではない』
「……え」
「そういうこっちゃ」
リベラさんは、それをすぐに仕舞った。
「これ以上は、わたしからは言えん」
「リベラさん」
「本人から聞きんさい」
装甲車が、撤収を始めた。
ゼロスは、縄を打たれていた。
詐欺、放火教唆、殺人教唆、公文書偽造。
厚底のブーツは、脱がされていた。
わたしより、少し高いだけだった。
「ミレイユ」
彼が、呼んだ。
わたしは、振り返った。
「お前」
血走った目が、こちらを見ていた。
「地味だっただろ」
「光らなかっただろ。何もなかっただろ! 三年間、何ひとつ!」
「なんで、なんでお前が、俺を——!」
わたしは、少し考えた。
そして、答えた。
「はい」
「なかったです」
ゼロスの動きが、止まった。
「三年間、何もありませんでした。あなたの言う通りです」
「だから」
わたしは、鬼龍の暖簾のほうを見た。
「貰いに来たんです」
「あなたじゃない人のところに」
装甲車の扉が、閉まった。
それが、勇者ゼロス・ディバインを見た最後だった。
店の修復には、五日かかった。
村中が来た。
リバロンさんが采配を振り、ニャングルさんが資材を叩き売り、マンミアさんが梁を担ぎ、スアイさんがチェーンソーで柱を刻んだ。
ガーリッ君は、邪魔をして三回埋められた。
「これ、直せるぞ」
三日目、ヒエンさんが割れた器を持ってきた。
村の若い鍛冶師だ。赤い髪で、いつも工房の煤だらけの人。
「陶器は専門外だけど、ネギオ先生に聞いたら方法があるって」
「直せるんですか?」
「金継ぎ、って言うらしい」
横から、中村さんが顔を出した。
「俺の国の技法。……割れたところを、漆と金で繋ぐんだ」
「消すんじゃなくて?」
「うん」
彼は、破片を指でなぞった。
「割れた線を、金で見せる。そのほうが綺麗だってことにする」
わたしは、しばらく何も言えなかった。
五日目の朝。
暖簾が、上がった。
竈に火が入って、出汁の匂いが路地に流れた。
昼までに、店は満席になった。
「マスター! 大根!」
「こっち芋酒!」
「マスター、こっち見て!」
「大根が余ってんだよ」
「そうじゃなくて!」
わたしは、皿を洗いながら、それを見ていた。
「ミレイユさん」
隣で、キャルル村長が飴玉を齧っていた。
「ねえ、あの人、ちょっと変わったと思わない?」
「そうですか?」
「うん」
村長の耳が、ぴこぴこ動いた。
「顔を上げてる時間が、増えたわ」
夕方。
わたしは、金継ぎされた器を持って、奥の席に立った。
小さな茶碗。
割れ目に、細い金の線が三本走っていた。
飯を、よそった。
置いた。
「……」
背後で、包丁の音が止まった。
わたしは、振り返らずに言った。
「毎日、置きます」
「……ああ」
「下手ですけど」
「……ああ」
音が、また鳴り始めた。
いつもの、規則正しい音が。
閉店後。
行灯が、ひとつ。
わたしは、カウンターを拭いていた。
彼は、手を拭いていた。
「ミレイユ」
「はい」
「今日、何が食いたい」
四ヶ月前、答えられなかった問い。
一ヶ月前、やっと「甘いもの」と言えた問い。
半月前、「全部」と答えた問い。
わたしは、布巾を置いた。
そして、顔を上げた。
「その前に、ひとつだけ、聞いてもいいですか」
「あ?」
わたしは、奥の席を見た。
金の線の入った、小さな茶碗を。
そして、聞いた。
「ユウさんって、誰ですか」
包丁が、まな板に置かれた。
音が、消えた。
行灯の火が、揺れた。
彼は、しばらく動かなかった。
そして。
椅子を、二つ引いた。
「……長ぇぞ」
第二章「偽物」 完
第三章「ユウ」へ続く
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