EP 9
「六つ目」
オリハルコンの刃が、朝日を裂いた。
「うああああああ!!」
ゼロスが、演壇から飛び降りた。
速い。
「散開!」
マンミアさんが叫んだ。
自警団が動く。竜人族のイグニスさんが盾を構える。
だが。
盾ごと、吹き飛んだ。
石畳が、扇状に砕けた。
演壇が、粉になった。
椅子が二十脚、宙を舞った。
「ぐっ、なんて力——!」
「馬鹿力なだけですわ!」
スアイさんが叫んだ。
「見なさい、軌道がめちゃくちゃです! 当てる気で振ってない!」
その通りだった。
ゼロスの剣は、恐ろしく速く、恐ろしく重く。
そして、どこにも当たっていなかった。
看板を割り、井戸を砕き、自分の従者を吹き飛ばして。
「あ、あ、止まらない、体が、止まらな——」
竜王級の数値。
十九歳の肉体。
素振りをしたことのない、腕。
「ミレイユ!」
リベラさんの声。
わたしは、振り向いた。
目の前に、白い外套があった。
「お前だ」
血走った目が、わたしを見ていた。
「お前が、全部……!」
刃が、振り上げられた。
——避けられない。
わたしは、動かなかった。
動けなかったんじゃない。
もう、逃げないと決めていた。
そのとき。
空気が、破裂した。
音は、ひとつだった。
オリハルコンの盾が、腕ごと弾かれた。
刃が、明後日の方向へ飛んでいった。
ゼロスの体が、三回転して石畳に叩きつけられた。
「————」
わたしは、足元を見た。
白い粒が、転がっていた。
角が欠けて、少し溶けて。
角砂糖だった。
「……嘘」
わたしは、顔を上げた。
村の入り口。
朝の光を背負って。
男が、立っていた。
黒いシャツの腕をまくって。
右手の親指と人差し指を、まだ、擦り合わせたまま。
「マス、ター」
彼は、ゆっくりと歩いてきた。
赤黒い陽炎は、出ていなかった。
顔色も、普通だった。
笑ってもいなかった。
ただの、店主の顔だった。
「悪ぃな」
彼は、わたしの横を通りながら言った。
「一粒、使った」
「……い、いいですけど」
「あと三千粒ある」
「数えたんですか!?」
「く、そ……」
ゼロスが、這った。
「なんで、なんでだ。俺は、竜王級だぞ。金貨一万枚だぞ」
「そうか」
彼は、その前で立ち止まった。
そして、心底どうでもよさそうに言った。
「自動車学校にも通ったことがねぇくせに」
「いきなり時速三百キロの車を、全開で走らせて」
「どうするつもりだった?」
「……なに、を」
「わかんねぇならいい」
「殺せよ」
ゼロスが、呻いた。
「殺せ。DEATH4なんだろ。二百三十四人殺したんだろ」
「俺を殺せよ! それでお前は化け物のままだ!」
彼は、しばらく黙っていた。
そして、言った。
「殺さねぇよ」
「な、ぜ」
「お前を殺したら」
彼は、わたしのほうを見なかった。
「あの子の三年間が、『毒見役の復讐』になる」
「————」
「あれは、告発だ」
「俺が汚すわけには、いかねぇ」
わたしの胸の奥が、熱くなった。
痛いくらいに。
「……鬼神、龍魔呂だな」
装甲車の陰から、調査団の役人が出てきた。
震える手で、書状を掲げている。
「帝国内務省の名において、貴殿を——」
「ああ」
彼は、あっさりと歩み寄った。
そして。
両手首を、差し出した。
「————!!」
「話は、俺が聞く」
彼は、静かに言った。
「村は、関係ねぇ」
「令状は俺一人でいいだろ。ここは畳め」
「マスター!」
「だめよ! そんなの——!」
キャルル村長が叫んだ。
彼が、こちらを見た。
そして、いつもの顔で、いつもの声で言った。
「悪ぃな、ミレイユ」
「飯は、また今度だ」
——ふざけないでください。
わたしは、走った。
役人を押しのけて、装甲車の前に立った。
「ミレイユ」
「聞いてください」
「どけ」
「聞いてください」
わたしは、彼を睨んだ。
膝は、笑っていなかった。
「あなたの掟、五つですよね」
「……ああ」
「あれは、あなたが我慢するためのものだって、言いましたよね」
「言った」
「じゃあ」
わたしは、両手を握りしめた。
「六つ目を、足してください」
「……あ?」
「帰るところがある人間は、勝手にいなくならない」
広場が、静まり返った。
「あなたの席は、まだあります」
「割れましたけど、直します」
「ごはんも、置きます。毎日置きます。下手ですけど」
「だから」
「勝手に、いなくならないでください」
長い、沈黙があった。
彼は、わたしを見ていた。
そして。
大きな手が、伸びてきた。
頭では、なかった。
わたしの、手を取った。
包帯の巻かれた、傷だらけの手を。
自分の手のひらで、包むように。
「……わかった」
低い声だった。
「六つ目だ」
「——待ちんさい!!」
街道から、砂煙が上がった。
黒塗りの馬車が、猛スピードで広場に突っ込んできた。
扉が開いて、リベラさんが転がり出てきた。
金髪が乱れ、書類を鷲掴みにして。
「懸賞金の件、片がついた!」
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