EP 8
「毒見役の証言」
沈黙が、長すぎた。
「……飲ませないんですか」
わたしは、両手を差し出したまま言った。
「くだらない」
ゼロスが、水筒を庇うように腰を引いた。
その仕草を、二百人が見た。
「……おい」
「なんで庇った?」
「水なんだろ?」
「静かに!」
彼が、声を荒らげた。
初めてだった。
「……そう」
わたしは、手を下ろした。
「じゃあ、わたしが喋ります」
「わたしは、三年間、あなたの毒見役でした」
広場が、静まった。
「毎日、あなたの口に入るものを、全部先に飲みました」
「水も、酒も、スープも、薬も」
「わたしのスキルは【完全味覚】といいます」
「成分がわかります。産地も、日付も、調合した人間の癖も」
「そして」
わたしは、息を吸った。
「三年分、全部、覚えています」
「三年前、七月二日」
わたしは、目を閉じた。
味が、順番に戻ってきた。
「あなたの水筒に入っていたのは、水ではありません」
「陽薬草の高濃度抽出液。基準の四十倍。それに、覚醒作用のある樹液が三種」
「一口飲んで、わたしは半日、心臓が止まりそうになりました」
「三年前、九月十四日」
「同じもの。ただし、二倍に濃くなっていました」
「三年前、十二月一日。三倍」
「二年前、四月。五倍」
「先月。……八倍」
わたしは、目を開けた。
「ゼロス様。あなた、瞳孔が開いたままです」
「三年前は、戦いの前だけでした」
「今は、朝からずっとそうですよね」
広場の全員が、彼の顔を見た。
朝日の下で。
その目は、確かに、黒目がほとんど無くなっていた。
「……」
「それが、なんだと言うんだ」
彼の声が、掠れた。
「戦士が薬を使うのは、当たり前だ」
「はい。そう思います」
わたしは、頷いた。
「でも、わたし」
「三年間、あなたが剣を振る練習をしているところを、一度も見ていません」
空気が、変わった。
「……は?」
「素振りも、型稽古も、走り込みも」
「一度もです」
「わたしは、あなたの食事を全部管理していました。朝から晩まで、隣にいました」
「三年間、一度も見ていません」
「じゃあ、なんで」
村の誰かが、呟いた。
「なんで、あんなに強いんだ?」
「そこは、ウチが答えたるわ」
ニャングルさんが、算盤を鳴らした。
帳簿を、三冊。
「ゴルド商会ポポロ支店。ゼロス・ディバイン氏の与信記録や」
「三年間で、借入四十七回」
彼は、帳簿を開いた。
「ほんで、こっちが討伐実績の公式記録や」
「日付な」
「四十七回、全部、一致しとる」
「借りた翌日に、必ず戦果が出とる」
「金額が大きい日ほど、討伐した魔物がでかい」
「金貨百枚の日はオーガ。千枚の日はワイバーン。一万枚の日は、竜や」
広場が、爆発した。
「金で買ってたのか!?」
「強さを!?」
「そんなスキルが——」
「そう」
リベラさんが、金の煙管を抜いた。
「ユニークスキル『マネー』」
「金貨を魂に注ぎ込んで、その分だけ数値を買う」
「じゃがのう」
彼女は、演壇を見上げた。
「数値だけ買うても、体は追いつかん」
「せやから、あんたは薬で無理やり体を持たせとる」
「八倍じゃ。……もう長くないで、あんた」
「うるさい」
ゼロスの声が、震えていた。
「うるさいうるさいうるさい!」
「まだ、あります」
わたしは、言った。
「三年前、九月十四日」
「サルビア村が、燃えた日です」
広場が、しん、とした。
その日の話は、誰でも知っている。
勇者ゼロスが、炎の中から三十人を救い出した日。
彼の名を、大陸中に轟かせた日。
「あの日の朝」
わたしは、はっきりと言った。
「あなたの水筒に入っていたのは、別のものでした」
「甘くて、油っぽくて、獣の脂の匂いがしました」
「魔獣誘引香です」
「希釈液。……使い切った容器を、水で濯いだ味でした」
「わたし、それを飲んで、三日間寝込みました」
「起きたとき、あなたは英雄になっていました」
「————嘘だ」
ゼロスが、喉から音を出した。
「嘘だ! 証拠がない! そんなもの、証拠が——」
「出荷記録なら、あるで」
ニャングルさんが、四冊目の帳簿を開いた。
「三年前、九月十日。魔獣誘引香、大瓶三本」
「注文主は、帝国広報局の外郭団体。……設立者、ゼロス・ディバイン」
広場が、崩れた。
「サルビア村……俺の叔母が死んだんだぞ!」
「あんたが火をつけたのか!?」
「返せ! 返せよ!」
「もう一つだけ」
わたしは、静かに言った。
「わたしの前に、聖女が三人いました」
「三人とも、いなくなりました」
「……最後の人の名前は、ノエルさんといいます」
「彼女が消えた日の朝、わたしはスープを飲みました」
「その味は、まだ覚えています」
「ゼロス様。彼女は、どこにいますか」
答えは、なかった。
ゼロスは、腰の水筒を掴んだ。
栓を抜いて。
呷った。
ごくり、ごくり、と喉が鳴った。
半分。
全部。
「あ、あ、あああ」
彼の首筋の血管が、浮き上がった。
そして。
頭上の球体が。
三つとも、光を失った。
「……え」
ゼロスが、空を見上げた。
「ワイズ様? ワイズ様!?」
「待って、切らないで! まだ、まだ数字は——!」
球体は、落ちた。
三つとも、石畳に転がって、動かなくなった。
神は、彼を捨てた。
「……あ」
「あああああああああ!!」
ゼロス・ディバインが、絶叫した。
そして、背中のオリハルコンソードを、抜いた。
「DEATH4はここにいるぞ!!」
「帝国軍を呼べ! 全部この村のせいだ! この村が匿ってたんだ!!」
読んでいただきありがとうございます。
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