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毒見役だった私を拾ったのは、村で一番怖い小料理屋の店主でした ~捨てた勇者は、そのあと村に来ないでください~  作者: 月神世一


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12/18

EP 12

「泣き声」

「変装は、しないの?」

荷馬車の上で、リベラさんが言った。

「しません」

わたしは、膝の上の手を見ていた。

「顔、割れとるじゃろ」

「はい。だから、そのまま行きます」

リベラさんは、しばらく黙っていた。

それから、金の煙管を鞄にしまった。

「……あんた、案外えげつないのう」

「そうですか?」

「鮫島みたいな男はな。自分が潰した人間が、頭を下げに来るのが一番好きなんじゃ」

「はい」

「わかっとって行くんじゃな」

「はい」

彼女は、鞄から拳ほどの石を出して、わたしの襟に縫いつけた。

「録音石。ドワーフ製よ。八時間動く」

「これが」

「あんたの舌の代わりじゃ」

彼女は、わたしの肩を軽く叩いた。

「言葉にしなさい。全部。あんたが舌で拾ったもんを、この石に喋らせるんよ」

「ああっ、これはこれは!」

鮫島は、両手を広げて迎えた。

「先日の! いやあ、まさか来ていただけるとは!」

面談室は、金色の内装だった。趣味が悪い。

わたしは、頭を下げた。

「……先日は、失礼しました」

「いやいや! 誤解は誰にでも——」

「あなたが、正しかったです」

顔を上げないまま、続けた。

「わたしのスキルは、ハズレです」

「……」

「舌で成分がわかっても、紙に残りません。証拠になりません」

喉が、詰まった。

「わたしには、何も、ありません」

沈黙があった。

そして、鮫島の声が、明らかに変わった。

「……いやあ」

椅子が軋んだ。彼が、身を乗り出したのだ。

「わかってくれましたか。そう、それが現実なんですよ」

「はい」

「僕はね、そういう人を救いたいんです。ハズレを引かされた人を」

——嘘だ。

この人の声は、嬉しがっている。

わたしが折れたことを、心の底から。

「コースは、金貨三十枚です」

「……払えません」

「おっと」

「お金が、ないんです」

「なるほどなるほど」

彼は、指を鳴らした。

「じゃあ、うちで働きませんか?」

——来た。

リベラさんの言った通りだった。

「働く、ですか」

「販売員です。歩合制。売れば売るだけ入ります」

彼は、にやりと笑った。

「それにね、あなたは商品価値が高い」

「え」

「『月光薬を偽物だと言っていた女が、飲んで考えを変えた』。……最高の広告じゃないですか?」

胃の底が、冷えた。

でも、わたしは頭を下げた。

「……お願いします」

「決まりですね!」

彼が立ち上がった。

「じゃあ、まずは在庫を見てもらいましょうか。保管庫へどうぞ」

地下二階だった。

石造りの広い部屋に、木箱が天井近くまで積まれている。

そして、その奥に。

作業台の前で、あの男が座っていた。

火原元。

手のひらの上で、小瓶が二本に増えていた。

「オイ、鮫島。人を連れてくんなって言ったろ」

「新入りだよ。ほら、例の」

「……ああ、あの舌の女か」

火原は、汚れた手拭いで顔を拭いた。

「んで? 何しに来た」

「販売員です」

「ふん」

彼は、鼻を鳴らした。

そして、また複製を始めた。

わたしは、木箱を見た。

側面に、焼き印がある。

コード

——あった。

製造日時が刻まれたロット。

「あの」

わたしは、なるべく間の抜けた声を出した。

「これ、全部お一人で作ってるんですか?」

「そうだよ」

「すごい」

「へへ、まあな」

火原の背中が、少しだけ得意げになった。

「本物が一本ありゃいいんだ。あとは増やすだけよ」

「本物、ですか」

「ロップってジジイから買ったんだ。金貨五百枚でな」

「高い!」

「バカ、安いくらいだ。これ一本で三千本になるんだからな」

「でも、増やすと薄くなりません?」

「そこよ」

彼は、振り向いた。

「コピーのコピーは劣化すんだよ。俺の頭じゃ中身がわかんねぇからな。だから」

彼は、棚の白い袋を顎で示した。

「色が抜けるから、白粉で足してる。鉛白ってやつ」

——録れた。

わたしは、襟に触れないよう、必死で手を押さえた。

「あの、それ、体に悪くないんですか」

「知らねぇよ」

火原は、あっさり言った。

「飲むのは俺じゃねぇ」

ゼロスと、同じ言葉だった。

「じゃ、一本持ってってサンプルにしなさい」

鮫島が、ロットから無造作に一本抜いて、わたしに渡した。

「明日から売り子ですから、慣れとかないと」

「……ありがとうございます」

わたしは、それを両手で受け取った。

七七四ロット。七月九日製造。

四十八時間の時計が、動き出した。

異変は、階段を上がったところで起きた。

「オイ待て」

背後から、火原の声。

「鮫島。今、何本渡した」

「一本だけど」

「箱の数が合わねぇ」

わたしの背中が、凍った。

「俺は毎日数えてんだ。今朝は四十八本。今、四十七本」

「だから一本渡したって——」

「開封済みの箱に、なんで新しいロットが混ざってねぇんだ」

「……あの女、記録を持ち出す気だ」

「逃げなさい!」

外から、リベラさんの声がした。

わたしは、走った。

石段を駆け上がる。背後で怒声。

裏口の扉を体当たりで開けた。

外に、荷馬車が待っていた。

「乗って!」

「はい!」

手綱が鳴った。

荷馬車が飛び出す。

石畳を跳ねて、町の門を抜けて、街道へ。

背後から、馬の蹄が三つ、四つ、追ってきた。

「あいつら、追ってくるわ!」

「なんで!?」

「その一本が、あいつらの命だからよ」

リベラさんが、手綱を握りしめた。

「三千本の詐欺が立証されたら、鮫島は死刑。その前に、雇い主に殺される」

二時間の道を、荷馬車は一時間で駆けた。

わたしは、瓶を胸に抱いていた。

割らない。渡さない。開けさせない。

ポポロ村の門が、見えた。

「マンミアさん!」

門の前に、自警団が展開していた。

すでに知らせは飛んでいたのだ。魔導通信石が鳴りっぱなしだったらしい。

パイルバンカーが構えられ、魔導ライフルが並ぶ。

追ってきた馬が、急停止した。

「て、テメェら……!」

鮫島の顔が、ひきつっていた。

「返せ! その瓶を返せ!」

「お断りします」

わたしは、瓶を抱えたまま言った。

「投降しなさい」

マンミアさんが、静かに言った。

「あなた方は詐欺、傷害致死、脱獄の容疑がかかっています。抵抗すれば——」

そのとき、村の広場のほうから、声が聞こえた。

「せんせーい! さようならー!」

「明日、算術は休みー?」

——授業が、終わった時間だ。

子供たちが、広場に出てきていた。

七、八人。上は十歳、下は三つか四つ。

いつも、店の前でハーモニカを聴いている子たちだった。

「……げへっ」

火原が、笑った。

「へへへ。ちょうどいい」

彼が、懐から取り出したのは。

黒い、拳大のカプセルだった。

「火原!? おい、やめろ、それは——」

「うるせぇ! 俺は炭鉱に戻るくらいなら——!」

カプセルが、地面に叩きつけられた。

黒い煙が噴き上がり、膨れ上がり、影が広場を覆った。

獅子の胴。山羊の首。蛇の尾。

キメラ。

咆哮が、空気を殴った。

「散開! 子供を——!」

マンミアさんが叫んだ。

自警団が動く。村人が悲鳴を上げて逃げる。

わたしも走った。瓶を抱えたまま、広場へ。

キメラの前脚が、地面を薙いだ。

石畳が砕けて、屋台が吹き飛ぶ。

子供たちが、散り散りに逃げた。

でも。

いちばん小さい子が、転んだ。

石畳の上に、ぱたん、と。

わたしは、その子を知っていた。

いつも、店の前で転ぶ子だ。

一瞬の間があって。

「うわあああああん!」

火のついたような、泣き声が。

村に、響いた。

わたしの背後——

店の、ほうから。

カチ。

小さな、金属音が聞こえた。

「……え」

カチ。

わたしの隣で、逃げ遅れた村人が、真っ白な顔で呟いた。

「……出た」

読んでいただきありがとうございます。

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