EP 10
「サメジマ・アドベンチャー・サロン」
隣町リコーヌまでは、荷馬車で二時間だった。
御者台には龍魔呂さんが座り、荷台にわたしとリベラさんとアモンが乗った。
「二日で流通経路を洗ったわ」
リベラさんが、書類をめくりながら言った。
「三千本の出所は一つ。リコーヌの、とある事務所」
「事務所?」
「表向きは、冒険者向けのセミナー会社」
「サメジマ・アドベンチャー・サロン」
看板は、無駄に金色だった。
三階建ての建物の壁一面に、垂れ幕がかかっている。
『まだゴブリン狩りで消耗してるの?』
『誰でも月収金貨100枚! 覚醒メソッド公開!』
『初回参加費 銀貨5枚! ※飲み物代別』
「……なんですか、これ」
「詐欺よ」
リベラさんは即答した。
荷馬車が止まった。
わたしが降りようとすると、龍魔呂さんは御者台から動かなかった。
「マスターは?」
「ここにいる」
「え」
「俺が入ると、話が終わる」
彼は、手綱を握ったまま前を向いていた。
「証拠が要んだろ。俺が入ったら証拠が残らねぇ」
その言い方が、あまりにも静かで。
わたしは、それ以上何も言えなかった。
「三時間で戻れ。戻らなきゃ、俺が入る」
会場は、地下の広間だった。
椅子が百脚ほど並んでいて、そのほとんどが埋まっていた。
若い。皆、若かった。十六、十七、そのくらい。
すり切れた革鎧。錆びた短剣。安宿の匂い。
——駆け出しの冒険者だ。
「ようこそ、皆さん!」
壇上に、男が現れた。
テカテカした青いスーツ。金色の時計。整えすぎた髪。
「サメジマ・アドベンチャー・サロン代表、鮫島剛です!」
拍手が起こった。
「皆さんに聞きたい。まだ、ゴブリン狩りで消耗してるんですか?」
会場が、ざわめいた。
「銀貨二枚。一日中、泥だらけになって、命を懸けて、銀貨二枚。……おかしくないですか? 僕はおかしいと思う」
彼は、両手を広げた。
「情報です。情報が、格差を生む」
わたしは、隣のリベラさんを見た。
彼女は、黒縁の眼鏡をかけ、髪を下ろしていた。書類鞄も置いてきている。
「……上手いわね」
小声だった。
「え?」
「不満を言語化してあげてるの。彼らが漠然と感じてた『しんどい』に、名前をつけてる」
「そして、今日はスペシャルなお知らせがあります」
鮫島が、指を鳴らした。
助手が、台車を押してくる。
乳白色の小瓶が、山のように積まれていた。
「月光薬」
会場が、どよめいた。
「ポポロ村秘伝の万能薬。通常、金貨十枚でも手に入らない代物です。それを——」
彼は、瓶を一本掲げた。
「銀貨三枚でご提供します」
「そんな安いわけない、と思いますよね」
鮫島は笑った。
「では、鑑定をどうぞ」
彼が瓶に手をかざすと、空中に光る文字が浮かんだ。
コード
会場が、爆発した。
わたしは、息を呑んだ。
「あれ、偽装です」
「そうよ」
リベラさんが、静かに言った。
「でも、ミレイユさん」
「はい」
「あの鑑定表示は、法的に有効なの」
「……え」
「鑑定スキルによる表示は、この国では公的な証明よ。改ざんできるなんて、誰も想定していない」
彼女の声は、抑えられていた。
でも、その手は、膝の上で強く握られていた。
「数字が嘘をつくなんて、法律は考えていないの」
会場では、すでに列ができていた。
若い冒険者たちが、なけなしの銀貨を握って並んでいる。
「これで、もう回復薬に金かけなくていいよな」
「親父の腰にも効くかな」
「妹が咳してるんだ」
わたしは。
立ち上がっていた。
「あの」
列に割り込んだわけじゃない。
台車の横まで歩いて、一本、手に取っただけだ。
「お客様? 購入は列に——」
「一口、いただきます」
栓を抜いた。
「あっ、ちょっと待——」
舌に乗せた。
一秒で、わかった。
「陽薬草の水溶液」
わたしは、瓶を下ろした。
「濃度は本物の三十分の一以下。乳白色は白粉。鉛です」
会場が、しん、とした。
「そして」
わたしは、鮫島を見た。
「ごく微量、本物が混ざっています。それも、劣化した本物」
鮫島の顔から、笑みが消えた。
一瞬だけ。
そして、すぐに戻った。
「……はは。あのー、お客様? 何をおっしゃってるんですかね」
「言葉の通りです」
「鑑定結果、見ましたよね? SSR、純度98.7%」
「その数字が、嘘です」
「証拠は?」
——ああ。
来た。
「わたしの舌が」
「舌」
鮫島が、大袈裟に肩をすくめた。
会場に、小さな笑いが起きた。
「お客様、スキル持ちで?」
「はい。【完全味覚】です」
「へえ。何級?」
「……分類は、生活支援系です」
「あー」
彼は、心底気の毒そうな顔を作った。
「ハズレスキルだ」
会場が、笑った。
今度は、はっきりと。
「いやいや、責めてませんよ! 僕もね、そういう方を救いたくてこの仕事を——」
「舌で成分がわかるんです」
「わかります、わかります。でも、それ、紙に残ります?」
「……」
「残らないですよね」
彼は、両手を広げた。
「こっちは公的な鑑定書がある。そっちは『美味しくない気がする』。どっちが証拠になります?」
胃の底が、冷えた。
三年前と、同じだ。
同じ言葉だ。
地味なんだよ、お前。
光らないだろ。
カメラの前で何ができる?
「お、お客様! ちょっと来て」
助手たちが、わたしの腕を掴んだ。
「離してください」
「営業妨害ですのでー」
引きずられた。
その途中で、わたしは見た。
会場の後方、暗がりに立っている男を。
四十がらみ。日に焼けた、ごつい手。
作業着のような服。
その手のひらに——
小瓶が、一本。
そして、次の瞬間。
同じ小瓶が、二本になった。
「……!」
わたしは、息を呑んだ。
複製だ。
あの人が、作っている。
本物を一本、コピーして。
コピーを、またコピーして。
だから——
劣化するんだ。
外に放り出された。
石畳に膝をついたわたしを、リベラさんが助け起こした。
「見た?」
「はい」
「わたしも見たわ。……火原元。奴隷落ちした複製屋よ。脱走中の指名手配犯」
「あの人が、コピーを」
「そう。本物を一本手に入れれば、あとは無限に増やせる」
彼女は、金の煙管を口に咥えた。
「ロップの盗んだ月光薬。それを買ったのが、あいつら」
「でも」
わたしは、拳を握った。
「証拠が、ない」
「そうね」
「あの人たち、明日も売ります。子供が飲みます」
「そうね」
リベラさんは、煙管を咥えたまま、しばらく黙っていた。
そして。
「ミレイユさん。あの鑑定を破る方法が、ひとつだけあるの」
「……なんですか」
「鮫島のスキルは、四十八時間で切れる」
わたしは、顔を上げた。
「え」
「調べたわ。過去の判例に一件だけある。牛の卵を始祖竜の卵と偽って売った件。二日後に、数字が全部元に戻ったのよ」
彼女は、わたしをまっすぐ見た。
「製造日時のわかる一本があれば、四十八時間後、法廷で数字が崩れる。裁判官の目の前で」
「でも、どうやって」
「サロンの内側に入るしかないわ。上位会員だけが、製造ロットを見られる」
リベラさんの目が、細くなった。
「入るには条件があるの」
「条件」
「ハズレスキル持ちで、金がなくて、追い詰められている人間」
わたしは、自分の手を見た。
震えていた。
三年間、地味だと言われ続けた手。
さっき、百人の前で笑われた手。
「……ぴったりですね」
「ミレイユさん」
「わたし、行きます」
荷馬車まで戻ると、彼は同じ姿勢で座っていた。
三時間、ずっと。
わたしの顔を見て、それから、リベラさんの顔を見た。
そして、短く聞いた。
「何しに行く気だ」
まだ、何も言っていないのに。
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