【03】 悲しきトップ航走
ボートレーサー養成所で何度も習ったモンキーターンをする。
プロになって過去2節で試行したモンキーターンよりもっとハイレベルで華麗な旋回ができたように自分では思えた。
それでも爽香の通った航跡はターンマークからかなり遠かった。
インの選手が左側に近づいてきた、しかし爽香のスピードはイン選手より速く、イン選手を少しずつ離しながら直線を全力で走って行った。
爽香(やったートップだ!)と思って振り返り、後方2番手の艇を見た。
2番手レーサーの被ったヘルメットが「お前は外にどけ!」と言わんばかりに、コース外側へとレーサーの頭が横に振られた。
爽香(これがプロの洗礼なのか、新人のあたしがトップだからもっと外を走れ、と言うのね。そうはさせるものか! いくら新人でもこれはあたしにとっての初勝利、水神祭を受けるための花道なんだから)
爽香は、自分に言い聞かせた。
『水神祭』とは新人レーサーが初勝利すると、仲間のレーサーらの手によってコース水面に投げ込まれる儀式である。
爽香(そっちがその気なら、こっちはコースを絞ってやる)
爽香は逆に2番手レーサーの前を走るようにハンドルを切った。
2番手レーサーは、爽香の引き波を受け少しだけ差が開いた。
第2マーク爽香は2番手レーサーと少し水が空いた分モンキーターンではなく普通に旋回した。
そして直線で目に入ったのが、大時計横の赤いシグナルランプ(信号灯)だった。
その下には大きく「5」の数字が光っている。
思わず爽香は自分のカポック(レース用の上着)を見た。
爽香(黄色、5枠、あたしだ!!)
その瞬間、爽香の頭の中が真っ白になった。
爽香は減速してホームストレッチ(観客側水面)岸寄り(スタンド寄り)にコースを変えた。
他の5艇が爽香の内側を次々と全力で駆け抜けていく。
5艇が過ぎ去った後に爽香はスピードを上げ第1ターンマークを回り、バックストレッチ(向こう側水面)岸寄りを走りピットへ向かった。
バックストレッチ側、正面奥にも赤いシグナルランプと『5』の数字が光っていた。
爽香(なぜ、バックストレッチ側で『5』のランプに気付かなかったんだろう。レースに夢中だったから?)
ピットに戻り陸に上がると、テレビモニターを見ている他のレーサーの声が聞こえてきた。
選手A「バカじゃないのあの5号艇、フライングをしておきながら2周も走るなんて」
フライング艇は1周目向こう正面からピットへ戻るのが決まりだった。
選手B「『5号艇失格』って放送しているのにまったく図々しいわよね」
選手C「ほんと、ほんと、あれでよくボートレーサー養成所を卒業できたわね」
「はははははっ」全員が大声で笑っていた。
その笑い声の後方を爽香はうつむいたまま通り過ぎた。
爽香はうつむくしかなかった。
爽香(『失格』の放送などまったく聞こえなかった。あたしはトップになっただけで、もう夢中だったのだ。人間何かに夢中になると周りの声や音が聞こえなくなるようにできているのだ)
爽香は、自分にそう言い聞かせた。




