【02】 暗黙の了解
ピットのランプが「始動」に変わり、爽香はスターターロープをいつもより思いっ切り引っ張った。
エンジンがかかり、いよいよ爽香にとって、このプール(ボートレース場水面)最後のレースが始まった。
爽香の枠順は5枠だが、新人はデビュー後1~2年は主に6コースを、組合せメンバーによっては5コースを走るのがボートレース界の暗黙のきまりである。
またそれは、技量的に未熟な新人レーサーが1マークで失速し、外の艇とターンで衝突する恐れを回避するためでもあった。
ほとんどの事故がターンの時に起こるものであり、その最大危険箇所が1周目の1マークなのだ。
大事故は選手生命に、そして人生にも関わることであり、過去に起きた大事故の多くは、レーサーになって3年以内に起きている。
そんな事例を基に新人レーサーは6コースから走っていた。
ピットのランプが「出走」に変わり6艇が一斉にピットを飛び出した。
♪ファンファーレが場内に鳴り響いた。
気温27度 晴れ 追い風3m 水温21度 波高1cm
爽香は大きく弧を描くように他の5艇とは別に艇を動かした。
大外6コースを走るため、爽香は『イン取り合戦』に参加する必要はなかった。
実況「進入はインから1、2、3、4、6、5、」
スタートラインにある大時計が動き出し、爽香はスタートラインに向かって全速力になるよう加速した。
スタートライン85m手前の標識ポール(イン側では80m)を大時計スタート4秒前に全速になるように調整した。
爽香は頭上に張ってある青と白の正三角形の小旗が目に入った。
実況「進入はインから1、2、3、4、6、5、」
実況「大時計が回り、10秒前、5秒前、」
大時計の針が『3秒前、2秒前、1秒前』と、数字のない文字盤の上を動いていった。
大時計の針が真上を指した! 数字は書かれてないが『0(ゼロ)』を意味する。
爽香(よし、マクルわよ!)
心の中でそう叫びながらスタートは『02(100分の2秒後)』のトップスタートを狙って爽香はスタートラインを通過した。
『マクル』とは、他艇を外側から抜くことである。
内側の艇は、爽香より1艇身後方に見えた。
爽香は上体をできる限り伏せ、風の抵抗を少なくした。
第1ターンマークが見えハンドルを左側に少しずつ回しながら上体を起こし、その体を艇の左側へと重心をずらしていった。




