第九話「麦わら帽子と大家さんの持久戦略」
朝っぱらから、「ラジオ体操がなくて、お父さんはいいね」とふざけたことを言う倅を怒鳴りつけた。
「おらあ毎朝、工場で体操してるんだ! 夏休みぐらいで偉そうな口きくな! 日曜くらい寝かせろ!」
「怒った、怒った」
勝太郎は笑いながら外に出ていく。
勝太郎に悪態をつき、蝉の声を聞きながらまどろんでいたら、大家の坂口の婆さんから草むしりの手伝いの呼び出しが来た。
断らなくても面倒だが、断るともっと面倒なことになる。
勝太郎が戻るのを待って、手ぬぐいを持って二人で向かった。
坂口の婆さんはこのアパートの大家で、息子の嫁と折り合いが悪く一人で住んでいる。
一目でわかる頑固さと強欲さを兼ね備えた因業婆さんだ。
「遠くの孫より近くの他人」とはよく言ったもので、勝太郎にはやたら優しい。が、俺には冷たい。
家賃の話をするときの態度など、犯罪の動機になるレベルである。
もしかすると、昔この婆さんの政治談義に疑問を呈したのが原因かもしれん。
炎天下の中、草むしりが始まった。
勝太郎は妙に張り切っている。
こいつはイベントなら何でもいいらしい。
俺には目もくれない婆さんが、「勝っちゃん、えらいねえ」と笑って鎌を渡す。
俺はひたすら汗を滝のように流しながら、草をむしる。
むしり取るたびに、土にまみれた根の弾力が指先に伝わり、青臭い汁が爪の間に黒くこびりつく。
手ぬぐいはすぐにびしょ濡れになり、生温い重みとなって首筋にまとわりついた。
ふと見ると、勝太郎は麦わら帽子をかぶって、えっほらえっほらと草を刈っている。
俺も欲しくなって、
「坂口さん、帽子はありませんか?」
と聞くと、「ない」の一言。
一度部屋に戻って、手ぬぐいを頭に巻いて戻る。
ようやく作業がひと段落つくと、婆さんが麦茶を出してくれた。
珍しく煙草まで勧めてくる。
その間に勝太郎の麦わら帽子を取り上げ、かぶってみた。
「お父さん、似合うよ」
「そうだろう。大正の文豪のようだろう」
と言ってみた。
もう一杯麦茶をもらおうとしたところで、
「帽子が広がるから、かぶらないでくれるかい」
と婆さんから真顔で言われた。




