第七話「招かれぬ客と雨夜の連歌」
残業で遅くなり、勝太郎と二人、遅い夕食を囲んだ。
腹は減っていないか、と聞けば、味噌おにぎりを作って食べたから大丈夫だという。おかずはねぎ味噌に、具のない味噌汁。
「味噌尽くしか。日本人に生まれて、ああ良かったと思える瞬間だな」
倅は満足げに頷いている。
本気で頷いているのであろうか。
この時期、冷蔵庫のない我が家では、腐敗とカビへの警戒を怠るわけにはいかない。
「食う前にまず嗅げ」とは教え込んでいるが、味噌はもともと匂うものだ。
子供の鼻でどこまで判別できるか、少々心許ない。
俺は多少糸を引いた程度なら何ら支障のない消化能力を持っているが、虚弱なこいつはそうもいかない。
雨音を聴きながら箸を動かしていると、部屋の隅で何かが跳ねた。
どうやら、雨蛙が迷い込んできたらしい。
気にはなるが、わざわざ立ち上がって外へ逃がしてやる気も起きない。
だが、その蛙は何をトチ狂ったか、一直線に食卓へ向かって飛び跳ねてくる。
声をかけようとした瞬間、そいつが卓上に踊り上がった。
俺は茶碗を持ったまま、畳をこする乾いた音を立てて思わず後ずさりした。
「勝太郎、外へ放り出してこい」
ところが、蛙も捕まりたくはないらしい。
狭い室内を縦横無尽に跳ね回る。
「ええい、何をやってる。蛙一匹に手間取るな!」
怒鳴られたのが気に障ったのか。
ようやく蛙を捕まえた勝太郎は、ドアを開けるなり、凄まじい勢いで闇夜へと蛙を投げ捨てた。
「もう大丈夫だよ」
平然と席に戻ろうとする倅に、一応言ってみた。
「……手を洗ってきた方が、いいんじゃないか?」
「日本の蛙に、毒はないよ」
問題はそこじゃない。
「お前、あんなに力任せに投げることはないだろう」
「食事を邪魔したんだから、当然の罰だよ」
こともなげに言い放つ。
「そういう時はな……」
俺は少し考えてから、険阻な顔つきで教訓を垂れた。
「『招かれぬ 客と知れや 雨蛙』そうやって一句詠んで、静かに外へ逃がしてやるのが風流というものだ。いくら蛙だからといって、腸ぶちまけろと言わんばかりに放り出すことはあるまいよ」
勝太郎はしばし沈黙して考えていたが、やがて口を開いた。
「『ぴょんぴょんと どこへいくやら 蛙君』……これならどう?」
そこじゃない。
本質はそこではないが、
「『迷い込んだる 家には子鬼』」
俺が下の句をつけると、勝太郎は「あはは」と手を叩いて喜んだ。
雨音だけは、最初から最後まで変わらず屋根を叩いていた。




