第三話「サバイバルの達人と米びつの廃棄」
ゴキブリが一年中どこにでも顔を見せるのには、感心せざるを得ない。
我が家のように狭くて食品がほとんど無いところにも顔を見せるのだから、一般家庭は大変だろう。
米を研ごうと米びつを開けたら、どうやって中に入ったのか分からぬが、ゴキブリが一匹死んでいた。
ティッシュで包んで捨てようとしたが、仰向けになって死んでいるその姿があまりにもおぞましいので、漢字の書き取りをしている勝太郎に捨てさせた。
「お父さんはゴキブリが苦手なの?」
勝太郎は不思議そうな顔をして、素手で掴むかのような無造作さで、ティッシュごとゴキブリを便所に流した。
ひ弱なはずの倅に対して、俺は妙な屈辱感を覚えた。
「別に苦手というわけじゃないのだ。ゴキブリはな、人間が生まれるはるか昔、おおよそ三億年以上前からこの地球という惑星に住んでいる。いわば我々人類の大先輩でもあり、あらゆる天変地異を生き抜いてきたサバイバルの達人だ。生ける化石だともいえる。だから水に流したり、殺したりするときに、その悲運に対して心の中で一言『南無』と敬意を表さなければいかん。お前に捨てさせている間、俺は南無と唱えていたのだ」
「お父さんは優しいねえ」
感心した口調で言われたので、親父の威厳を取り戻すことに成功したと確信した。
よく考えれば自分で捨てて南無と唱えても良さそうなものだが、そこは子供だから深く考えないのだろう。
米びつには二合程度しか入っていなかったので、ここは思い切って米を全部廃棄することにした。
衛生上は問題ないかもしれないが、俺の感性がこの耐え難い不快感を許さなかった。




