【四年生・一月】 第二十四話「書き初めの凧と正月の隙」
朝起きると、勝太郎が書き初めをしていた。
俺が目を覚ましたことに気づくと、「今、ご飯持ってくるね」と坂口の婆さんが作ったおせちを持ってきて、ちゃぶ台を片付け始めた。
「寝床で食べるから、お前はそのまま書き初めしてろ」
「病気でもないのに布団で食べるのは駄目だよ」
生意気なことを言いやがる。
さすがにお袋入魂の孫だ、よく似たことを言う。
「まあ、正月っていうことでな。1年に何日もない」
俺は横着を決め込むことにした。
勝太郎はため息をついてから、破れかけの白いTシャツを四角に切り裂き始めた。
「お前、何を作っているんだ?」
「凧を作るんだ。ちょっと父さん、悪いけど端を引っ張って固定してくれるかな?」
「勝」と大筆で一気に2枚書いた。
「やっぱり歪んじゃったけど、別にいいよね?」
お前が遊ぶんだから、俺は別に構わない。
竹ヒゴに器用に糸で縫いつけていく。
なぜ竹ヒゴなんてあるんだと大掃除のときに疑問に思っていたが、凧を作るためとは知らなかった。
爺さんは手先が器用で、孫に手作りの凧を作ってやったから、それを思い出して作っているのだろう。
しばらく見ていたが、退屈になって布団に戻った。
すると、勝太郎もそのまま横に入ってきた。
「僕も寝る!」
「凧作りは終わったのか?」
「できた」
「じゃあ寝てろ。俺は目が覚めちまった」
コーヒーを淹れようと台所に立つと、「僕にも淹れて」とふざけたことを言ってくる。
「布団で寝ながら親に淹れさせるとは、随分偉くなったもんだな」
「正月だからいいでしょ」
なるほど、子供は親の背中を見て育つとはよく言ったもので、うかうかと隙を見せられない。
大晦日に買ってきた牛乳と砂糖を入れ、布団にくるまっている倅に渡した。
「お父さん、しばらくしたら土手に行って凧を飛ばそうよ」
「土手は遠いから公園でいいだろう。多分、人はいないぞ」
コートを着て外に出て、坂口の婆さんに新年の挨拶をすると、婆さんはニコニコして勝太郎にお年玉を渡した。俺も冗談で手を伸ばすと、
「あんた、いい年して可愛いと思っているのかい?」
公園には人がいなかった。
俺は手製の凧なんて飛ぶわけないと思っていたが、折りよく強風が吹いていたので、ぐんぐん上っていく。
「お父さん、見て見て!」
得意そうな息子をしばらく見ていたが、寒いし面白くないので、「俺にもやらせろ」と言って少し糸を借りてみた。
なぜか急に高度が下がってきたので、強めにタコ糸を引っ張ると、文字通り「糸の切れた凧」になってしまった。不思議なことに、糸が切れると凧はどんどん上昇していく。
「た、凧が飛んで行っちゃう!」
焦った勝太郎が足元を確認せずに走り出すものだから、路肩の硬い縁石に足を取られ、「ズベッ」という鈍い音とともに派手に転んだ。
「大丈夫か?」
声をかけると、脛を押さえて涙目になっている。
「痛いよ、足、痛い……」
そりゃあ痛いだろう。転んだのだから。
「俺は凧を探してくる。お前はここで待ってろ」
しかし、ちょっと目を離した隙に凧の行方が分からなくなった。別段、愛着もないので早々に公園に戻ると、まだ涙目の倅から、
「置いていかれた……」
と妙な因縁をつけられた。
「痛くて立てないよ、物凄く痛いよ」と言って、ついには鼻まで垂らして泣き出した。
派手な転び方をしたと思ったが、脛から血を流して尚且つ足首まで捻るとは、運動神経の欠片もない。
「血が出てるんだよ!」と鬼の首でも取ったように言うから、「消毒してやる」と言って唾を塗ってやった。
「日本の男が転んだくらいで泣くんじゃねえ、根性無しめ!」
叱りつけたが、甘く育てたツケがてきめんで、一向に泣き止まずべそをかいている。
寒いし、いつまでもこうしてはいられないので、「おんぶしてやる」と背負った。背中で泣いている倅は、大分軽い。
「お前、何キロあるんだ? 30キロもないんじゃないのか?」
泣きながら「そんなデブじゃない」と言う。
お前が飯をしっかり食わないから、こんな怪我で大袈裟に泣く羽目になるのだ。
「今年の目標は体重を増やすことにしろ」となだめながら歩いた。
それにしても、こいつは学校でも同じように泣いているんじゃないだろうな。
小便も一人じゃできないと言うから、用便の世話まですることになった。
年明け早々、酷い年になりそうだ。
落ち着いたのか、勝太郎は「あの凧、まだ飛んでいるかな」と横になりながら呑気なことを言っている。




