【四年生・十一月】 第二十話「お腹の防護(プロテクター)と父の背中」
家に着いて、ちゃぶ台の上の茶を飲んでいると、勝太郎が口を開いた。
「さっき、なんで問題集をお腹に入れていったの?」
俺も茶をすすりながら答えた。
「手や足を刺されてもすぐには死なんが、腹はまずい。やられるとまず助からん」
少し間を置いてから続けた。
「昔、そういうのを見たことがある」
それ以上は言わなかった。
「ナイフ持ってるかもしれない人のところに、なんで行くの?」
さっきよりも強い口調だった。
「持っているかどうかは分からん。多分持ってないだろうが、念のためだ。お前がまだ小さいし、今死ぬわけにはいかんからな」
湯呑みを置いて、少し考えてから言った。
「ただな、義を見てせざるは勇なきなり、って孔子様もおっしゃっている。見て見ぬ振りして帰ったら、多分あとで眠れなくなる」
勝太郎は黙っていたが、すぐに顔を上げた。
「でも僕は喧嘩が嫌いだし、父さんにも危ない事してほしくない」
少し言葉を探してから、続けた。
「そんなことで死んだら、どうするの」
腑抜けた事を言う息子に少々嫌気が差し、何も喋る気はなくなった。
俺は無言で立ち上がり、机に向かった。さっき読んだ記事を思い出しながら、「暴力団における伝統儀式の正当性」について書き始めた。
背中越しに、勝太郎の鼻をすする音と、「ヒック、ヒック」という喉の奥で鳴る泣き声が聞こえて、誠に鬱陶しい。
一文字も筆が進まなかった。




