第十九話「本屋の暴力と腹のなかの問題集」
飯を食い終わったあと、愛車で本町をブラブラと流していたら、大きめの本屋があった。
「そういえばお前、もう問題集が終わったと言っていたな。俺はここで立ち読みしているから、算数と理科を買ってこい。国語や社会は必要ないぞ。あんなのは覚えりゃいいだけだからな」と言って金を渡した。
ただ覚えればよいというものではないとは思うが、国語や社会は範囲によって随分変わる。社会人になってから必要な教養は、そのときそのときに勝太郎が判断すればいい。もっとも、金があれば目に付いたものを端から買ってやるのだが。
実話誌の暴力団の跡目問題について真摯に読みふけりながら勝太郎を待っていると、小型トラックが店の駐車場に止まった。
すると、ごついオヤジが凄い勢いで出てきて助手席を開け、若いアンチャンを引きずり下ろしていきなり殴り始めた。
喧嘩を見るのは嫌いではないが、これは様子が違う。
詫びを入れている相手を、一方的に殴り続けているのだ。
そこに、精算を終えた勝太郎が出てきたが、目の前の荒事を見て真っ青になった。
「勝太郎、買った問題集をよこせ」
戸惑う勝太郎に「早くせんか!」と叱りつけ、袋から問題集を抜き取って、俺は自分の腹に挟み込む。一瞬だけ、昔の光景が頭をよぎり、血が滾った。
「持ってろ」と眼鏡を渡すと、勝太郎が俺の服を掴んだ。
掴んだ指が小刻みに震え、布地を強く引っ張る感触が背中に伝わる。
「け、警察を呼べばいいよ。お父さんが出て行くことないよ」
「その間に死ぬかもしれんだろう。……心配するな、見てろ」
日本の警察は融通が利かないから、とりあえず一発は殴らせないと話にならん。
俺は肩の関節を「コキリ」と鳴らし、指先を軽く動かしながら近づく。
最初は敬語で、それで駄目なら怒鳴ればいい。あの様子なら問題ない。
「落ち着いて、落ち着いて。それ以上やると事件になりますよ」
肩に手をかけると、オヤジが振り向いた。
「関係ない奴は引っ込んでいろ!」
予想通りだ。
「どんな理由があってここまで殴るんだ!!」
背後で、勝太郎が息を呑んだ気配がした。
声を張ると、俺の形相に気圧されたのか、オヤジは一瞬手を止め、荒い息のまま敬語で事情を話し始めた。
「なるほど、そんな理由ですか。いや、余計な口出しをしてお止めしてすみませんでした」
俺は素直に頭を下げた。
「帰るか」
震えている勝太郎に声をかけ、自転車に乗った。
腹に入れた問題集は、汗でふにゃふにゃになっていた。
「勝太郎、お前、問題集を間違えて買っただろう。これじゃあもう取り替えてくれないと思うぞ」
「そんなことより、お父さん大丈夫だった?」
「大丈夫も何も、お前見てただろ。何もしてない」
少し間があってから、勝太郎が言った。
「……あの人、また殴るのかな」
「死なない程度だったら、ヤキを入れてやった方がいい」
それ以上は言わなかった。
どんな事情だったのか知りたがる勝太郎に、殴られていたアンチャンは、事故を起こした同僚の見舞金を使い込んでいたのだと話した。




