第十七話「ローリング・サンダーと二十八巻の伏線」
俺は勝太郎にマンガを買い与えたことがない。
そもそも、日本のマンガの氾濫には目を顰めているし、何より幼少期の苦い記憶がある。
当時流行った『リングにかけろ』というボクシングマンガのせいで、俺は兄貴の「実験台」にされたのだ。
兄が「はるか太平洋の彼方、マダガスカル島の虹の伝説……」と語り出すと、当時の俺は冷や汗をかいた。台詞が終わるや否や、強烈なアッパーカットが飛んでくるからだ。
なかでも5発連続で殴られる「スペシャル・ローリング・サンダー」の痛みは、今でも身に染みている。
それに、マンガは暇つぶしのコストパフォーマンスが悪すぎる。1冊400円として、10冊で4000円。だが、読むのに2時間もかからない。
その点、問題集なら半年は持つ。
月額にすれば2000円足らずで脳を訓練できて暇をつぶせるのだから、これほど安い買い物はない。
ところが先日、勝太郎が友達から借りたという『ドラゴンボール』を畳の上で読んでいた。
「面白かった」と本を置いた息子に、ふと声をかけた。
「それは昔、俺も少し読んだことがあるかもしれん」
「へぇ、お父さんも!? やっぱり主人公が出てからグッと面白くなるよね」
主人公など最初から出ているものだろうと思ったが、どうやら俺の知る内容とは違うらしい。
「いつから主人公が出るんだ?」
「よく覚えてないけど、二十七、八巻くらいかな」
よくそこまで飽きずに辛抱して読めると感心して褒めたが、
「パラパラ見るだけだから、一巻二、三分だよ」
2、3分……。
やはり暇つぶしに漫画はよくない。
それにしてもそれで内容が入るのか?
「主人公って誰だ?」
「世界最強、瓦17枚を素手で叩き割れる男、ミスター・サタン」
やはり俺の知るマンガではないようだ。
「貸してみろ」
手に取り、パラパラとめくってみる。コマが大きく、動きが分かりやすい。
「どう?」
「くだらん」
突き返したが、さっきの場面が妙に頭に残っている。
殴る、飛ぶ、叫ぶ。それだけなのに、妙な勢いがある。
手塚先生の頃に比べれば、表現技法の進歩は凄まじいと言わざるを得ない。
それに全何巻か知らんが、28巻まで主人公を出さずに伏線を張るとは、大した構成力だ。
俺は「瓦17枚」という具体的な衝撃を想像し、自分の拳を無意識に握り込んだ。




