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Dad Told Me  作者: 司馬少少
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第十六話「と金(きん)の洗礼と青年館のチェスクロック」

次の日、帰宅すると勝太郎が勉強を辞め、「お父さん、駒ができたよ」と言って将棋盤を出した。厚紙を駒形に切り抜いて作ったようで、芸の細かいことに、裏面は赤で「竜王」やら「竜馬」やらが書いてある。


担任の大和田先生に相談したら、厚紙をくれたそうだ。ありがたい話だが、贔屓ひいきは困る。近頃の保護者は病的な平等主義者が多く、「勝太郎君が厚紙をもらうんなら、私の子供だって貰う権利があるはずです」と叫ぶかもしれない。


もし叫ばれたなら、大和田先生に迷惑をかけてはならぬので、俺はその保護者に厚紙を買ってやらなければいけないだろう。さすがにそんなには高くないだろうが、そのような事態にならぬことを祈った。


「駒の動かし方は覚えたか?」と聞けば、大体とのこと。最初は六枚落ちから教えてやったが、とにかく時間をかけて指すのでイライラするし、狂ったように俺の自陣で「と金」を作ってきやがる。

「と金」を作るゲームじゃないぞ。相手の玉を捕まえるゲームなんだぞ。

それに、あまり考えて指すな、直感を大事にしろと指導した。


少し慣れてきたので、指導している側だって負けたくない。俺は二枚落ちに移った。

さすがに二枚落ちではそう簡単には負けぬ。駒損・駒得の概念がまだはっきりしていないし、駒がぶつかれば取るものとばかり思っている。

谷川先生張りの芸術的な寄せで、親父の威厳を見せつけてやった。


毎日、一番から二番ほど相手をしてやったが、3ヶ月ほどすると平手で指せるようになった。

そうはいっても、10回指したら7、8回は俺が勝つ。勝太郎の性格なのか、何度言っても踏み込みが悪い。

子供は攻めるのが好きなはずだが、詰まされるのがよっぽど嫌なのか、受けてばかりいる。

つまり俺が負ける2、3回は、俺の攻めが切れてしまうときだ。完全に俺の攻めが切れたあとも、自陣に金を打ったりするから腹が立つ。


3ヶ月ほど経つと、まだ俺のほうが強いが、勝太郎の踏み込みの悪さもやや収まり、なかなかいい将棋を指すようになった。

ある日、地元のミニコミ誌に、青年館で将棋大会が開かれると書いてあった。勝太郎に参加したいかと聞けば、参加したいとのこと。

参加料一人800円は痛いが、弁当も出るし、俺も久しぶりに他人と指してみたかったので申し込んだ。


受付のときにどれくらいの腕前か聞かれたので「二段くらい」と申告すると、名人戦リーグというところに放り込まれた。一番強いのは竜王戦リーグで、まあ、将棋しか趣味がなさそうな爺様じいさまたちがたむろしていた。

勝太郎は子供だけの名人戦リーグに参加した。持ち時間一人10分でチェスクロックがあるにもかかわらず、誰も押す人間はいない。


俺は早指しなので、弁当が配られる頃には既に全員との対局を終えていた。

一勝五敗だったが、名人戦リーグ優勝者(五勝一敗)の田中さんに唯一土をつけたのが俺だ。

弁当が寿司だったので「久しぶりだな」と思いながら食べていると、勝太郎のことを思い出した。


見に行くと、他の子が早く指し終えているのに、あいつはまだ一番残しているとのことだった。

俺は同じように対局を終えても家に帰らずぶらぶらしている親父を捕まえ、一局指した。

ちなみにその親父、松原氏は四間飛車党だったので、俺は立て続けに二番制した。

俺の自己申告二段は、対四間飛車だけに適応される。

加藤一二三先生の「振り飛車破り」を始め、対四間飛車の定跡本は五、六冊は読破しているのだ。


松原さんが「対ポンポン桂は、やっぱり飛車を成り込ませてしまうので振り飛車が悪いんですかね?」と聞くので、「いやあ、振り飛車側も最初に桂得してますからね。ほぼ五分だとは思うんですけど」などといい気持ちで感想戦をしていたら、いきなり甲高い子供の声が響いた。

振り返ると、大人たちが集まってなにやら相談している。松原さんと見に行くと、眼鏡の少年と勝太郎の対局だった。


何をそんなにムキになっているのか知らないが、眼鏡の少年が真っ赤な顔で涙をこぼし、チェスクロックを激しく叩いていた。「僕の勝ちだよ!」

勝太郎はおろおろしていたが、俺を見つけると嬉しそうに「お父さん!」と声をかけてきた。

恥ずかしいから声をかけるなと言いたかったが、やむなく「どうした?」と言って人波に割って入ると、少年の父親らしき人が「これは君の反則負けですよ。だって、成らなければいけないのに成らなかったんですから」と詰め寄った。


盤面を見れば、確かに勝太郎の香車は敵陣最終段で成っていない。

行き所のない駒は打てないし指せないから、ルール上は勝太郎の反則負けだ。

「ああ、そうですね、坊ちゃんの勝ちですね」

そこで黙っていればいいものを、今度は勝太郎が「だって、僕は王様を取ったんだよ」と言い出した。

大人気なく少年の父親が「しかし、君は成らなかっただろう!」と声を張り上げたので、馬鹿馬鹿しくなり「ほら、お前の負けだよ。いいから来い」と言って立たせた。


「失礼しました」と声をかけ、自転車の荷台に勝太郎を乗せて帰宅しようとすると、勝太郎がまだ未練がましく「でも僕、あいつの王様を取ったんだよ。僕の勝ちだったよ」と言い張る。

「うるせえ! 遊びにそんなにムキになってんじゃねえ!」

怒鳴ったら、今度は泣き始めた。


さすがに自転車を止め、「お前は女か。なにグダグダ言ってやがるんだ。もう一人で帰れ」と言って勝太郎を下ろし、俺は自転車を漕ぎ出した。50メートルくらい走ってから振り返ると、道端に座って泣いている。

他の保護者や警官に声をかけられても面倒だし、青年館に戻って「やっぱり僕の勝ちだ」なんて騒ぎ出されても後々厄介だ。俺は引き返し、黙って勝太郎を後ろに乗せて帰宅した。


まったく、この腐った玉葱野郎は一体誰に似たんだろう。

もう将棋なんて見るのも嫌だったが、クスンクスンと泣きやまないので、どんな将棋だったか桜田家の段ボール将棋盤を出し、再現させてみた。

眼鏡の少年が力戦中飛車で、勝太郎がクラシックな居飛車舟囲いだった。


少年は勝太郎の構えを見て大捌おおさばきに出たのはいいが、勝太郎の粘着質な受けで、駒損を回避できないようだ。

「そこであいつが端攻めを仕掛けてきたから、角を取って……」

駒損分を取り返そうと攻めてきているものの、如何せん無理攻めだ。

というか、最初の攻めが馬鹿攻めだったのだ。


角を自陣に打たれて端攻めを逆襲されたら、俺なら嫌になっちゃうよなと思っていると、さらに勝太郎は相手の飛車をいじめに行きやがった。

自陣角は二枚換えで清算しているし、これは嫌らしい手だが、しかし

「お前、これ詰むだろう? ちょっとぬるくないか?」

「絶対に負けたくはなかったから、冒険したくなかったの」

やはりこれは緩手かんしゅで、少年は飛車切りの強襲から最後の勝負に懸けてきた。


勝太郎も読みに無く焦ったのか、受けになっていない受けを指してしまい、勝負の形になって、あの問題の局面となった。

少年が飛車を打って王手をかけ、歩のない勝太郎は香車で受けた。続いて少年は銀を打って王手をかけたが、勝太郎の打った香車は相手の王に直射している。


少年は勝太郎の逆王手に気がつかなかったのだ。勝太郎はこんな状況は初めてだったので、黙って相手が気がつくまで待っていたそうだが、少年はよほど勝太郎の粘着受けにイライラしたのか、気がついているはずなのに何も言わなかったという。

そこで勝太郎は時間もないし、相手の王様を香で取った。

だが取ったとき、香車を成らなかった。


俺からすれば、成らなくてもその手前で相手の負けなんだからと思うが、そこで少年は「行き所のない駒は指せない」というルールを持ち出したのだ。

しかし腹が立つのは相手の父親で、子供の将棋に親が出て行くなんて何を考えてやがるんだ。勝とうが負けようがどうでもいいじゃないか。


話を聞き終わると、俺は少し考えてから、「お前の勝ちだ」と言うと、ようやく勝太郎の顔に笑顔が戻った。

「ただし、お前も間違えている。お前はこう言うべきだった。相手が銀を打ったとき、『その手で君の負けだ』と」

それにしても、相手の少年はいい勝負根性をしてやがる。

ちょっと想像もつかない粘り腰で、100%負けの将棋をひっくり返しやがった。

もう本当にどうでもよかったが、「将棋大会は面白かったか」と聞いた。


「うん、駒がパチパチするのが面白かったし、お寿司も美味しかった。また大会があれば行きたい」

泣くような羽目になっても、また行きたいものか。俺にはちょっと理解できない。まあ、これから俺がお前と一緒に行くことは二度とないだろう。


明るい顔になった勝太郎は、ようやく余裕が出たのか、俺の成績を聞いてきた。

「お父さんはどうだった?」

「優勝した人間に勝ったのは、父さんだけだ。優勝できなかったのは、他の弱い奴らにちょっと小股をすくわれたからだ。よし、俺が田中さんに勝った将棋を見せてやろう」

と言って、盤上に再現した。


当たり前だが、負けた将棋なんて覚えていない。勝った将棋だけは、その日一日はきっちり覚えているものだ。

「いいか、相手が四間飛車にきたから……」

「お父さんの得意技だね」

「そう。待ってましたと居飛穴いびあなに組む構えを見せる。すると相手は、組ませると厄介なことになると焦って速攻を仕掛けてくる。これが狙い目よ。こっちは端から組む気はない。相手の焦りを引き出すためのブラフだからな。相手に駒損を強いて、そこを軽く逆襲よ」


終盤は怪しくなったが、気持ちよく話してやると、勝太郎もニコニコして聞いていた。

日がかげってきたので、そろそろ夕飯の支度をするかと立ち上がったが、ふと気になって尋ねた。

「お前、結局、何勝何敗だったんだ?」

「最後の一戦、僕が勝っていたから──六勝〇敗だよ」


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