第十四話「古代の濁酒(だくしゅ)と家族の境界」
塩野七生先生の著作を読み、2千年以上前の帝国の繁栄に思いを馳せていると、「父さん、どぶろくだけど。よかったらどうぞ」と、白い液体の入った湯呑みを出された。
「どこで買った?」
「本に作り方が書いてあったから、自分で作ってみたんだ」
坂口の婆さんの部屋で『腹腹時計』でも見つけて爆弾を作られたら洒落にならんが、酒ならまだ安心だ。妙な気泡や独特の臭いも、自家製ゆえの愛嬌だろう。
「発酵に10日くらいかかるから、ちょっと早いかもしれないけれど」
「酒税法に触れるぞ」と軽く釘を刺したが、無料で晩酌にありつけるならこれに越したことはない。酒は百薬の長。薬だと思えば、俺の良心は痛まない。
手作りの濁酒、風情があっていいじゃないか。
俺は期待を込めて湯呑みを煽った。
だが、喉へ流し込んだ瞬間、鼻を突く酸臭と不気味な粘り気が舌を支配した。酸え、腐りかけた米の研ぎ汁のような味が広がる。何より、液体の異常な粘り気が舌に絡みついて離れない。
「……発酵じゃなくて、腐敗してるんじゃないのか、これ」
「えー、やっぱり早すぎたかな?」
「どうやって作ったんだ、これ」
「まず米を炊くでしょ。それから水を一口含んで……」
倅がそう口にした瞬間、俺の脳裏を猛烈な嫌な予感がよぎった。
「水を口に含んで湿らせてから、ご飯をよく噛むの。どろどろになったら壺の中に吐き出す。それを10回くらい繰り返して、ラップで蓋を……」
俺は目眩を覚え、手でその先を遮った。
「もう酔ったの?」
一人息子の常識のなさに頭を抱えたが、飲んだのが親の俺で本当によかった。
他人様に出していたら、表を歩けなくなるところだ。
「こんな汚いもん、二度と飲ませるな!」
息子は不思議そうに小首を傾げた。
「家族なんだから、汚くないでしょ?」
その曇りなき眼を見て、俺は別の意味で目眩がした。
その酒はお前が結婚してから女房に飲ませてやれと言い捨て、壺の中身をすべて便所に流させた。あの壺は今後、漬物以外には使うなと念を押し、俺は本を閉じた。
古代ローマ人も、葡萄を口で噛んで酒にしたのだろうか。一気に古代への興味を失った俺の口内には、まだあの、粘りつくような甘酸っぱさが残っていた。




