第十一話「カレーの用心と白いシチューの反乱」
「勝太郎、お前の服、なんだかカレー臭くなっているぞ」
朝、居間でそう告げると、勝太郎は慌てて自分の袖口をクンクンと嗅ぎ出した。
「うわ……。どうしよう、これからは服を全部ビニール袋に入れてからカレーを作ることにする」
「うむ、その用心こそが、粘り強い男の秘訣でもある」
我ながら一体何を言っているんだかわからない。
朝もカレー。
手渡される弁当もカレー。
小腹が空いたからとおやつに出てきたのは、食パンの間に冷えたカレーを挟み込んだカレーパン。
そして夕食も当然のようにカレー。
インド人は本当に一年中、一日三食これでも平気なのだろうか。
そうして耐え忍ぶこと三日目。
ようやく大鍋の底が見え始めてきた。
部屋に微かに漂う匂いの中に、ツンとした特有の酸味が混じり始めていた。
正直、心の底からホッとした。
今夜こそは普通の白米と、醤油の香るおかずにありつける。
そんなささやかな希望を胸に抱いて帰宅し、アパートの錆びたドアを開けた瞬間――俺は玄関先で凍りついた。
鼻腔をくすぐったのは、醤油の香りでも魚の焼ける匂いでもなかった。乳製品の、あの濃厚で甘ったるい香りだ。
「お帰り、お父さん! 今日はシチューだよ!」
台所では、勝太郎がまたしてもあの坂口の婆さんから借りてきた大鍋の前に立ち、中身をグツグツと楽しそうに煮込んでいた。
茶褐色の沼は消え去ったが、今度は一面に「白い沼」が誕生していた。
俺はめまいを覚えながら、前日と全く同じ質問を口にした。
「……勝太郎。坂口の婆さんにお裾分けはしたか?」
「うん、もちろん! 坂口さん、青春を思い出すって言ってたよ」
同じこと言ってるな、婆さん。
目の前に並んだのは、当然のように白いシチューだ。
「勝太郎。シチューももちろん美味いんだがな……たまには、こう、魚とか、そういう和食っぽいものが食べたくなったりはしないか?」
「食べたくないなら、食べなくていい」
しばらくの間、この過酷な洋食文化の連鎖から逃れられそうにないらしかった。




