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龍の箱庭  作者: 揚羽渓名
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「あたしかい? 元が猫だからねぇ……確か生まれてすぐにカラスにほとんどの毛を毟られた挙げ句に目玉をくり抜かれそうになって、その時に助けてくれた千尋の格好が夏物だったのは覚えてるよ」


 そんな話を聞いて鈴はギョッとして雅を見ると、雅は苦笑いしながら言う。


「親に捨てられた子猫の末路なんざそんなもんさ。あたしは助けられただけ運が良かったよ。おまけに今じゃ猫又だからね。人生は何が起こるか分からないもんだよ」


 そう言ってケタケタ笑う雅を鈴は思わず尊敬してしまった。雅の話を聞いていると、自分にふりかかった不幸など何て事がないような気さえしてくる。


「流石雅さんです! いつか私もそんな風に事故の事を笑えるでしょうか?」

「いや、別に笑わなくていいだろ。猫がカラスに襲われるのは言わば食物連鎖みたいなもんだけど、あんたのは違うだろ?」

「そうですが……私は毛は毟られて無いですし目玉をくり抜かれてません」

「真顔で何を言い出すかと思えば! あんたはたまに思考回路がズレてて面白いね。あと、あたしもすんでの所で目玉はくり抜かれてないよ」


 雅はそう言って笑いながら鈴の頭を撫でてくれた。そんな雅に思わず鈴は目を細める。


「鈴さんと姉さんはそうやってると親子みたいですね」

「誰が母親だ。せめて姉だろ?」

「姉さん、流石にそれは厚かましくないですか……一体自分をいくつだと――」

「喜兵衛、それ以上言ったら夜な夜なあんたの耳元で鳴き続けるよ?」

「す、すみません! 失言でした。鈴さん、こちらの準備も整いましたよ」

「ありがとうございます!」


 雅の言葉に喜兵衛は慌てて頭を下げて謝ってカレーの鍋を覗き込んで目を細めている。


 そうこうしているうちに無事とんかつも出来上がり、後はタルトだけだ。タルト自体はもう出来上がっているので、あとはりんごのフィリングを詰めるだけである。

 

 夕食を作り終えた鈴は、楽に今日は千尋のお誕生日をするので是非夕食に顔を出して欲しいと手紙を書いた。


 それが功を奏したのか、鈴達が配膳する為に食堂に入ると、そこには千尋の隣にチョコンと肩身を狭くした楽が居心地悪そうに座っている。


「楽さん! 来てくださったんですね」


 鈴が笑顔で言うと、楽は曖昧に頷いて口を開いた。


「そ、そりゃあんな手紙貰ったら来るだろ」

「おや? どんな手紙を貰ったのです?」

「え? えっと、その……それはもうちょっとで分かるので、今は内緒です」


 楽は言っても良いのかどうかを鈴に視線だけで尋ねてきたので、鈴はすぐさま首を振った。ここまで来たらやはりサプライズを成功させたい鈴だ。


 そんな鈴と楽のやりとりに千尋は怪訝な顔をして眉を顰めるが、そんな顔はしないでほしい。


 鈴は雅と喜兵衛を振り返って合図をすると、突然食堂の電気が消えた。その代わりに弥七が飾り付けたクリスマスのランプが部屋を照らす。


 その間に鈴と喜兵衛と雅は急いで料理の配膳をした。


「一体何が始まるのです?」


 千尋のワクワクした様子に鈴は思わず嬉しくなる。


「それは電気がついてからのお楽しみです!」


 そう言って電気をつけると、テーブルの上には鈴と喜兵衛が作った千尋の好物が並んでいる。それを見て千尋の顔が輝いた。


「カレーライスだけではないのですね!」

 

 千尋が声を上げて喜ぶと、その隣で楽も目を丸くしてテーブルの上の食事を見ている。


「洋食は鈴さんで和食は喜兵衛ですか?」

「はい!」

「はい」

「なんて贅沢なのでしょう! ところでこれは一体……?」

「千尋さまのお誕生日です。龍の皆さんはお誕生日をお祝いするのでしょう? 私には誕生日を祝うという習慣が無いのでこれで合っているかどうか分かりませんが……」


 そう言って鈴が視線を伏せると、千尋はそんな鈴に優しい声で言う。


「十分ですよ。ありがとうございます、鈴さん。本当に嬉しいです。実を言うと私も今まで誕生日を誰かに祝ってもらった事などないのですが、きっと誰よりも豪華な誕生日会を開いてもらっていると思います」

「そうですか! 良かったです。楽さんも沢山食べてくださいね」

「お、おう。これ、全部食べていいのか?」


 楽はそう言って目の前の自分の分の料理を見てゴクリと息を呑んでいる。


「もちろんです。大皿に乗っているのは人数分に切り分けますね。千尋さま、今日だけは皆一緒に席についても構いませんか?」

「ええ、もちろんです。祝い事は皆で祝いましょう」


 千尋は花が綻ぶように嬉しそうに笑って頷く。そんな千尋を見て鈴も心から笑顔になれた。少しは千尋に幸せだと思ってもらえただろうか? 

 

 

 千尋の大好物だけが集められた料理ももちろんだが、何よりも鈴の気持ちが嬉しかった。千尋は確かに鈴に自分の誕生日を教えたし、龍の都では個人の誕生日も祝うものだと伝えはしたが、まさかこんな形で祝ってくれるとは思いもしていなかったからだ。何気なく何が食べたいか、と聞かれたから答えただけなのに。それにあの時、千尋は誕生日は番で祝うものだとも伝えた。


 けれど鈴はそれを皆で祝おうとしてくれたようだ。どうせなら大勢で楽しみたいと考えたのだろう。周りの人を大事にする鈴らしい誕生日に、千尋は胸が一杯になった。本当に千尋が欲しかったのは鈴の心だが、今回の事は何だかそれよりもずっと尊いものを貰った気がする。


「幸せ者ですねぇ、私は」


 目の前の料理を見てポツリと言うと、そんな千尋に雅が激しく頷いている。


「全くだよ。鈴は働き者で料理も美味いし、あんたは本当に三国一の幸せ者だよ。ちゃんと自覚しな」

「していますよ。楽、もう少し待ちましょうね」


 今にも顔から料理に突っ込みそうなほど目の前の料理を見つめている楽に言うと、楽はハッとして照れたように笑った。


「すみません、見たこと無い料理ばっかりだなって思って、つい」

「そうでしょう? 地上の料理は一気に進みました。鈴さんや喜兵衛の料理を食べると、都の料理が貧しく思えるでしょう?」

「そ、それは俺には答えにくいですけど……でも、龍には出来ない料理だと思います」


 素直な楽はそう言ってまた料理を凝視している。あの流星があれほど喜んだのだ。楽が気に入らない訳がない。


 それから皆で誕生日を祝った後、改めて鈴に何か欲しい物はないかと聞かれたので、千尋は迷うことなく鈴の歌を所望した。


 場所を移動して千尋のピアノの伴奏で歌う鈴の歌に、千尋はうっとりと耳を傾ける。


「近くで聞いたらすげぇ声……ガラス玉みたいだ」


 楽がポツリと言うと、喜兵衛と弥七と雅が真顔で頷いている。


「あんた、なかなか良い喩えじゃないか。そう、ガラス玉なんだ鈴の声は。透き通ってるのに光に翳すと乱反射するみたいな」

「キラキラしてるんですよね……はぁ、ずっと聞いていたいです……」


 思わず千尋までそんな事を言うと、それに反比例して鈴はどんどん縮こまっていく。


「あ、あの、そ、そういうのはその、私の居ない時に……」


 耳まで真っ赤にして顔を覆う鈴に千尋は言った。


「鈴さん、皆思った事を正直に言っているだけなんです。ここは甘んじて受け入れてください」

「そうだよ。綺麗な物は綺麗なんだから。俺たち龍は耳が特別良いんだ。だから歌とか音楽とかそういうのにはめっぽう弱い。お前のは最高級だと思うぞ」

「しかし不思議だね。鈴はやたら歌がうまいけど、昔何かやってたのかい?」

「何かというほどではありませんが、近所のバイオリンが上手なお爺さんが昔聖歌隊に居たそうで、歌い方を教えてくれたんです。当時ボーイ・ソプラノをしていたからか、亡くなるまでずっと私が男の子だったらって嘆いてらっしゃいました」


 そう言って鈴は苦笑いするが、なるほど謎が解けた。要は歌のプロに教えてもらっていたのだ。鈴自身も気づかないうちに。


「なるほど。だとすれば不思議な縁ですね。そんな方が音楽を愛する龍神の元へ嫁いでくるなど」


 千尋のそんな言葉を聞いて鈴も目を輝かせる。


「本当ですね! 歌を教えてくれたお爺さんに感謝しないといけませんね」

「いやいや鈴、その爺さんに感謝しないといけないのは千尋の方だからな?」

「そうですね」


 雅の言葉に千尋が笑うと、鈴はまた顔を真っ赤にして助けを求めるかのように楽を見ているが、楽も楽で頷いているので誰も鈴に助け舟を出さない。


 鈴はいい加減に気づいた方がいい。この屋敷にいる者たちは鈴が思っている以上に鈴に好意を寄せているという事に。


 千尋はピアノの蓋を閉じるとソファに移動して「そう言えば、」と話し出した。


「鈴さん、佐伯家のご当主から結婚の許可が下りたので近々佐伯家に挨拶に行こうと思うのですが、大丈夫ですか?」

「は、はい」


 鈴が千尋の言葉に躊躇ったように頷いた。まさか許可が下りたとは思ってもいなかったのかもしれないが、菫は実に上手くやってくれたようでこちらに起こった事情もどうやら佐伯家の当主に既に話してくれているようだった。


 手紙には千尋への謝罪と、鈴への思いが綴られていたのだ。


「鈴さん、あなたはもしかしたら佐伯家に行く事で辛い思いをするかもしれません。けれど、あなたはあの家で決して一人ではなかったという事と、あの家で誰に何を言われても、あなたの帰る場所はここだと言う事を絶対に忘れないでくださいね」


 結納もついでに済ませて来ようと思っている千尋は、鈴に念を押すように言った。それを聞いて鈴は恐らく久子の事だろうと思ったのだろうが、そうではない。千尋が何よりも心配しているのは、蘭だ。鈴は蘭を信頼している。それは今も変わらない。


 けれど、蘭は鈴の事を久子と同じように疎ましいと思っているに違いないのだ。


「雅、あなたは当日ついてきてください」

「ああ、もちろんだよ」


 迷うこと無く頷いた雅に千尋も頷く。何やら不穏な気配を察知したのか、楽が不安そうにこちらを見上げてくるが、千尋は微笑んで楽の頭を撫でてやった。


「あなたもついてきますか?」

「え!? い、いいんですか!?」

「構いませんよ。もしかしたら龍神のもう一つの仕事をお見せする事が出来るかもしれませんから」


 そう言って微笑んだ千尋に雅と喜兵衛と弥七は引きつった。過去に千尋が人々に直接罰を当てていた事を思い出しているのだろう。


 楽はそれを聞いてすぐさま頷き、何故か鈴まで目を輝かせている。


「ではそのようにまた手紙を出しておきます。雅、菫さんに渡してもらえますか?」

「もちろん。こういう時は猫又で良かったって心底思うね!」

「そうですね」


 猫の姿にも人の姿にもなれる雅は、怪しまれる事なく佐伯家に入り込むことが出来る。そういう意味では雅にはうってつけの仕事だ。


「では明日、手紙を届けてきてください。弥七、雅の送迎を頼みます」

「はい」


 こうして、千尋の初めての誕生日は終わったのだった。


 翌日、雅は朝から千尋から受け取った手紙を持って、弥七と共に意気揚々と出掛けていった。


 鈴は雅が何か危ない目に遭わないかヒヤヒヤしながら家事をしていたのだが、雅が戻ってきたのは夕食の最中だった。


「おかえりなさい、雅さん! 弥七さんはもう食堂ですか?」

「おかえりなさい、雅。随分と時間がかかりましたね」

「ああ、ちょっとな。弥七はあたしを待ちくたびれてもう食堂だよ。で、これが千尋に。それとこっちは鈴にだ」


 そう言って雅は三通の手紙を袂から取り出した。千尋には一通だけ渡して、何故か鈴に二通渡してくる。


「私に、ですか?」

「ああ。菫と、あんたの叔父からだよ」

「叔父さま……から?」


 あまりにも意外すぎる言葉に鈴が思わず息を呑むと、そんな鈴を見て雅は笑った。


「大丈夫だよ。あんたが傷つくような事は書いてないはずだ。何せその手紙を当主が書いている間、あたしと菫がずーっと監視してたからね!」


 そう言って胸を張った雅に鈴はキョトンとして、何故か千尋が吹き出した。


「あなた、もしかしてご当主にバラしてきたのですか?」

「ああ。菫の父ちゃんなんだ。悪いやつではないだろ?」

「そうですね。鈴さん、読んできても構いませんよ?」

「え!?」


 気もそぞろになっていたのがバレたのか、千尋は苦笑いを浮かべて鈴の持つ手紙を見て言った。


「食事は部屋に運んでやるよ。早く読みたいだろ?」

「す、すみません」

「構いませんよ。さあ、部屋に戻って読んでらっしゃい」

「はい! ありがとうございます!」


 鈴はそう言って行儀が悪いとは思いながらも千尋の好意に甘える事にした。菫からの手紙も飛び上がるほど嬉しかったが、何よりも今は勇からの手紙が気になってしょうがない。

 

 部屋に戻った鈴はすぐさまペーパーナイフで勇からの手紙の封を切り、中から2枚の手紙を取り出した。そこには一枚の写真も入っていて、それが亡くなった両親の若い頃の写真だという事に気づくのにさほどの時間はかからなかった。


「dad……mum……」


 鈴は食い入るように写真を見つめて涙を堪えた。泣いてしまうと涙で滲んで両親の顔が見えなくなってしまう。


 写真の中の二人は妙に真面目な顔をしていて、母は着物を着て椅子に腰掛けその肩に父がそっと手を置いて立っている。


 鈴が思い出すのは二人の笑顔だが、きっと写真を撮る時に二人共緊張していたのだろう。どことなく引きつっているようにも見えた。


「どうしてこんな写真を叔父さまが……」


 鈴はそう思いつつ、手紙を読み始めた。

 

 

【鈴、元気にしているか。ちゃんと毎日食べているのか。随分と冷え込む日が続くが、傷は痛んでいないか。辛い目にはあっていないか。


 いや、ここに居た時よりも辛い目になど、遭いようもないな。


 お前には話しておかなければならない事が沢山あると思いながらこんな日が来てしまった事を俺はとても後悔している。


 これから書く事は、長年俺がお前に隠していた事だ。出来れば墓場にまで持っていきたいと何度も思ったが、それはお前の為にはならないと菫と猫殿に叱られてしまった。そちらの猫殿は大変気が荒いようだ。

 

 俺と菊子は一番年の近い兄妹だった。幼い時から俺がずっと菊子の面倒を見てきた。そんな菊子とお前の父親、フレックスが初めて会ったのは、忘れもしない、俺が学園に忘れ物をして取りに行くのに菊子と共に行った時だった。


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