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龍の箱庭  作者: 揚羽渓名
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「まぁ……そうね。何か変な感じだわ」

「あんた達は長いこと色んな我慢をしてきたんだ。そろそろその誤解を解いたって良い頃合いだろ?」


 雅の言葉に鈴と菫は互いの顔を見合わせて頷きあう。何だかそうしているとまるで双子のようだ。


「そうですね。雅の言う通りです。互いに積もる話もあるでしょう。私達はこれで退散しましょうか」

「そうだね。それじゃあ何かあったら呼んでくれ。それから鈴、今日の夕飯は手伝わなくていいからね。屋敷を菫に案内してやりな」

「はい!」


 そう言って千尋は雅と共に客間を後にした。

 

「で、返事は何だって?」


 事情を知っている雅は廊下を歩きながらそう言って千尋を見上げてくる。


「もちろん了承してもらえましたよ。やはり当主は二通とも目を通していなかったようで、手紙の中で酷く謝っておられました」

「災難だね、当主も」

「全くです。きちんとした結婚の申し込みの書面を送らなければなりませんね」


 普通に考えて婚約中の家からの手紙を当主に渡さないなどという事は考えられない。恐らく紛失したとか何とか言ったのだろうが、それすらもありえない事だ。


 ましてやこちらは侯爵家だ。そんな事をしたら一発で破断になる。もしかしたらそれすらもわざと婚約破棄に持ち込むために仕掛けた事なのかもしれない。


 それを雅に告げると、雅も深く頷いた。


「その線はあるかもね。でもそんな事をしたら蘭とだって上手くいきやしないよ。あっちは蘭をここへ嫁がせたいんだろ?」

「そうなのですよ。そこがよく分からないのです。家名を落としてしまったら元も子もないでしょうに。ただ一つ分かっているのは、今回の鈴さんを殺害しようとした理由です。成功すれば蘭さんをここに、と考えたのであれば納得ですね」

「そんなの調べたら一発だろ!? 一体何考えてんだ!」

「さあ? ですがあちらはまさか私が龍神だなどとは思ってはいない訳ですから。ただ、鈴さんを殺害しようとしたのには他にも何か理由がありそうですけどね」

「どういう意味だい?」

「鈴さんは8歳の時にも殺害されかけているのですよ? もしも蘭さんの縁談だけが問題なのであれば、あの事件はおかしいでしょう?」

「そういやそうだったね……てことは何か。蘭と母親は鈴に何か恨みがあるって事か?」

「鈴さんに、というよりは鈴さんのご両親に、ではないでしょうか。そしてそれは当主が家を出たがっている事と何か関係があるのかもしれませんね。何か理由があって婿養子に入った勇さん。そしてその姪である鈴さんは今も命を狙われ続けている。ここに関わりが無い訳がありません」


 千尋が真顔で言うと雅が大きなため息を落とした。


「……ややこしい話になってきたね。あんた、本当に無事に鈴と結婚出来るのか?」


 雅はそう言って何かを確認するかのように横目で千尋を見上げてくるが、千尋には佐伯家がどんな問題を抱えていようとも関係がない。


「もちろんです。ここで鈴さんを手放したりなんかしたら、私はきっと一生後悔しますから」

「はいはい。ご馳走様。それじゃ、あたしはそろそろ夕飯の支度に取り掛かるよ。あの子達に昼食も持って行ってやらないと」

「ええ、お願いします。あ、雅!」


 ある事を思い出して千尋が雅を呼び止めると、雅はピタリと足を止めて振り返った。


「なんだよ?」

「一応、これまで以上に鈴さんを気にかけておいてください。楽がもしかしたら何か抱えているかもしれません」

「はあ!? あの坊主もか! 一体なんなんだ!」

「どうも初が絡んでいるようなので、十分に気をつけておいてくださいね」


 神妙な顔をしてそんな事を言う千尋に、冗談ではないと思ったのか、雅も真剣な顔をして頷く。


「分かった。あんた達の幸せまでの道のりは遠いね」

「……嫌な予言は止めてくださいよ」

「はは! ごめんごめん、冗談だよ」


 それだけ言って雅はさっと猫の姿に戻って廊下を駆けて行った。

 

 

♥ 

 千尋達が部屋から出た後、鈴は菫と手を繋いで一旦部屋に戻った。


「さっきも思ったけど、凄い服の数ね」


 菫は部屋に戻るなり鈴の許可も取らずにクローゼットを開けて目を丸くしている。


「うん。千尋さまが沢山くれたんだけど、汚すのが怖くてほとんど袖を通してないの」

「そうなの? 勿体無いわね。くれたのなら遠慮なく着なさいよ。ほら、これなんてあんたに似合いそうよ」


 そう言って菫は一着のワンピースを取り出した。


「そうかな? あ! これは菫ちゃんに似合いそう!」

「わ、私は洋装は似合わないわ! 顔が純日本人だもの!」

「どうして? 街に行ったら洋服の人が沢山いたよ?」

「そ、それはそうかもしれないけど! あ! こら、ちょっと!」 


 鈴は菫の意見など無視して無理やり菫が着ていた着物の帯を解くと、菫は慌てたように抵抗する。そんな菫に鈴は意を決したように言った。


「チッチちゃんみたいで絶対に可愛いよ!」


 思わず鈴が言うと、その一言に菫は一瞬息を呑んで目を見開く。


「……覚えてるの?」

「この間、思い出した。チッチちゃんとタッタちゃん。日本人形と西洋人形だったね」


 言いながら鈴は手早く菫にワンピースを着せた。やはり可愛い。


「そうよ。私のお気に入りのタッタちゃんがあんたによく似た西洋人形だったのよ。鈴が来てからお父様があんたにチッチちゃんを買ってきたの。よくお互いの人形の服を着せ替えっ子してた」

「私が泣いたからだよね? あの時、私も菫ちゃんみたいなお人形が欲しかった」


 目を細めて鈴が言うと、菫が興奮したように話し出した。


「ええ! あんたってば、私とそっくりのお人形が良いって! お父様はお揃いの西洋人形を買おうとしてたのに!」

「そうそう! 叔父様が困ってたの覚えてる!」

「あんたがあれは嫌、これは嫌って言うからじゃない。じゃあどんなのが良いの? って聞いたら、菫ちゃんみたいなのって!」

「だって、菫ちゃんがタッタちゃんと私をそっくりだって言うから! 私だって菫ちゃんとそっくりのお人形が欲しかったんだよ!」


 鈴も思わず興奮したように言うと、菫は目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、おもむろに持ってきていた風呂敷を鈴に押し付けてきた。


「これ、あんたの忘れ物」

「忘れ物? 私、何も忘れてなんて……」


 蔵に置いてあった私物は全部持ってきたはずだ。鈴が首を傾げながら風呂敷を受け取ると、菫はそっぽを向いて早口で言った。


「私が保管してたの。あの事故の後、あんたはうちに来た日から事故までの間のことすっかり忘れてたから」

「うん……ごめん」

「別に怒っちゃいないわ。でも、少し……寂しかった」


 そう言って菫はソファに腰掛けると、鈴の手から風呂敷を取り上げてほどき始めた。中から出てきたのは――。


「チッチちゃん……と、お揃いの着物……菫ちゃん、これ!」

「言ったでしょ? あのままにしてたら捨てられると思って、ずっと私が隠してたの。やっと返せたわ。全く、あれほど忘れ物するなって言ったのに!」


 忘れないで、と菫はきっとずっと鈴に言ってくれていたのだ。それを思うと、知らず知らず涙が溢れてくる。


「ありがとう……嬉しい……チッチちゃんだ……私、この子が大好きだった……本当に、大好きだったの……」


 鈴は風呂敷の中から出てきたチッチちゃんを抱きしめると嗚咽を漏らした。


 どうして忘れてしまっていたのだろう。どうして忘れる事が出来たのだろう。あれほど好きだった菫にそっくりの人形。そして、菫とお揃いの着物。


「な、泣かなくてもいいでしょ?」

「うん……菫ちゃんも、タッタちゃん持ってる?」

「当たり前じゃない。タッタちゃんもその着物もちゃんと持ってるわ。あんたとの思い出なんて、これしか無いんだから」

「うん……で、でも、これから一杯また思い出作れるよね?」

「当然でしょ。そのために私はここへ来たの」


 菫の言葉に鈴は頷いて、じっとチッチちゃんを見つめた。チッチちゃんの着ている着物は菫が修繕してくれたのだろう。ガタガタの縫い目がそれを物語っている。おまけに目も取れてしまったのか、その位置も微妙にズレていた。


「ふふ……目が歪んでる」

「う、うるさいわね! 仕方ないでしょ! 裁縫は特に嫌いなのよ!」

「知ってるよ。菫ちゃんが家事苦手だって。でも、私が一番好きな料理は菫ちゃんの作った歪んだおにぎりと、殻入りの卵焼きなんだ」

「ふ、ふん。料理はまだマシなの」

「そうなの!? あ、あれで?」

「あれでってどういう意味!?」


 そう言って怖い顔をして詰め寄ってくる菫に思わず鈴は笑ってしまった。そんな鈴につられたように菫も笑う。


「ねぇ、庭見たい」

「うん、行こう!」

「それからあんたの歌、久しぶりに聞きたい」

「うん、歌う!」

「あとね、とんかつ食べたい。それから――私の秘密、あんたに教えてあげる」


 二人は離れていた時間を取り戻すかのように手を繋いでこれからの事を沢山話した。それはとても幸せな時間だった――。

 

 夕方よりも少し早くに菫はまた文句を言いながらも弥七の車に揺られて帰って行ってしまった。千尋の爪にも喜び、必ずまた遊びに来る、と約束をして。


 鈴は菫が帰ってしまった後もしばらくぼんやりしていて、気づけば夕食の時間になっている事にも気づかなかったほどだ。


「鈴ーそろそろ夕飯だからそろそろ部屋から出て――あれ? あんたこんなお人形持ってたか?」

「雅さん! はい。菫ちゃんが持ってきてくれたんです! チッチちゃんって言うんです!」


 鈴がチッチちゃんを掲げて雅に見せると、雅は近寄ってきて目を細めた。


「どことなく菫に似てる。これでよく遊んでたのかい?」

「ど、どうして分かったんですか!?」

「そりゃ分かるさ。これだけくたびれてりゃ。こりゃ相当可愛がってもらったね、あんた」


 そう言って雅がチッチちゃんの頭を撫でると、不思議とチッチちゃんが笑ったような気がした。


「佐伯家で初めて言ったワガママだったんです。菫ちゃんはタッタちゃんっていう西洋人形を持ってて、その子が私に似てるって。だから私も菫ちゃんにそっくりの人形をおねだりしたんですよ。叔父様に」

「それで買ってくれたのか、叔父さんは」

「はい! 叔父様はいつも菫ちゃんとお揃いの着物を私にも買ってくれました。懐かしいな……明日、修繕しよう」


 言いながら鈴は小さな子ども用の着物を広げた。流石に着物は不器用な菫では修繕出来なかったようだ。


「良い思い出だねぇ。もしかしたらこの屋敷に居たらこの子は動き始めるかもしれないよ?」

「え!?」

「付喪神って奴さ。何せこの屋敷で私や喜兵衛の先祖が妖になったぐらいだからね」

「そ、それは喜んだら良いのか怖がったら良いのか少し複雑です……」

「あはは! そうだった、あんたはお化けが苦手だったね! そういう訳だチッチ、もしも付喪神になるなら、ちゃんと鈴に予告をしてからなるんだよ? でないと怖がられちまうよ」

「チッチちゃん、その時は是非前もって一報お願いします」


 鈴がチッチちゃんに言うと、やっぱりチッチちゃんが笑ったような気がした。

 

「――何て言うんです! そんな事があるのでしょうか?」


 鈴は夕食の時に先程の雅との会話を千尋に伝えると、千尋は少しだけ考えて口を開く。


「付喪神ですか。まぁ、無いとは言い切れませんね。ここは妖達や神の世界との境界でもありますから」

「そ、そうなのですか?」

「ええ。私が社をここに建てた理由は、神域がここにあったからです。なので長くここに在ると、そういう存在になってもおかしくありません。何よりもその子は今まで相当菫さんに大切にされていたのでしょう? だとしたら、付喪神になったとしても何も不思議ではありませんよ」

「そうなのですね……では、やっぱりちゃんとお願いしておかないと!」

「お願い?」

「はい。突然動き出したりすると、お化けと間違えてしまいそうですから」


 鈴の言葉に千尋は吹き出して咽た。そんな千尋に鈴はそっと水を差し出して顔を覗き込む。


「だ、大丈夫ですか? 千尋さま」

「ええ、大丈夫です。すみません。そうですね。では私からも言っておきましょう。そのお人形に、動く時は明るい時だけにしてやってください、と」

「はい、お願いします!」


 これで安心だ。千尋が言ってくれたらきっとチッチちゃんも聞いてくれるだろう。安心して食事をしだした鈴を見て、千尋はまだ笑っている。


「それで、菫さんとは沢山お話出来ましたか?」

「はい! これからしたい事を沢山話しました! 千尋さま、結婚をしたら菫ちゃんと街に出掛けたりしてもいいですか?」

「もちろん。そうだ! 雅に言われていたのにすっかり忘れていました。結婚するまではあなたにお給料を、結婚をしたらあなたに毎月お小遣いをお渡しするので、交際費などはそこから出してくださいね。それから、日用品やお薬はその都度私か雅に言ってもらえばいいので」

「え……?」


 そう言えば雅が前に鈴も給料を貰うべきだと言っていたが、もしも貰えたら薬や日用品もそこから出そうと思っていた鈴は、千尋の提案に驚いた。


「どうしてそんなに驚くのです? 家長が花嫁の身支度を整えるのは当然でしょう?」

「で、でも私はただでさえ普段から薬を飲まなくてはいけないような体で、だから余計にお金がかかると――」

「何を言うのかと思えば! あなたほどお金のかからない花嫁は初めてですよ、鈴さん。あなたが私に何かをねだった事など、ただの一度も無いのですから」


 そう言って千尋は笑って食事を再開し始めた。そう言えば千尋は花嫁でも無い人たちに100円券をぽんと渡してしまうような人だった事を思い出す。


「それは千尋さまが先回りをして何でも買ってくれるので……私が思いつくよりも先に」

「そうですか? 私はちゃんとあなたが欲しがっている物を贈れていますか?」

「はい! この間の固形墨は本当に助かりました! 何だか前に使っていたものよりも滑りが良かった気がします」

「鉛筆の時と同様、随分小さくなった物を使っていましたから。滑りも分かりましたか? 前の物よりも少し良い固形墨にしたのですよ」

「はい、分かりました! これで一層身が引き締まる思いです」

「習字にそこまでの気合はいらないと思いますが、喜んでもらえて何よりです」


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