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龍の箱庭  作者: 揚羽渓名


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「ですが、それしか鈴さんの寿命を延ばす方法が無いのですよ」

「そうなのかい? だからってあんた、人間と龍の婚姻って……いや、案外あるな?」

「そうなんですよ。意外とありました。そして結構上手くいってます。ただねぇ、そうなると私は法議長の仕事を止める羽目になるでしょうし、あまり楽はさせてあげられないかもしれません」


 そう言って千尋がため息を落とすと、それに関しては雅が笑う。

 

「いやいや鈴だよ? あいつは贅沢とかそういうのとは無縁だよ。むしろその方が良いんじゃないか――じゃなくて! 大前提が抜けてるんだ! そんなね、寿命伸ばすためだけに婚姻を結ぶなんてありえないだろ!? って言ってんだよ! 愛が何かも分からないような奴に鈴を嫁がせる訳――」

「愛していますよ」

「へ?」

「だから、愛していますよ、私は鈴さんを」


 雅の言葉を遮った千尋のセリフにとうとう雅が口をポカンと開いた。そんな様子がおかしくて思わず笑うと、雅は今度は口をパクパクさせている。

 

「聞きますか? 惚気」

「……惚気って……いや、いい。止めとく。で、いつから?」

「気づいたのはさっきです。ですが、多分気づかないうちに私は鈴さんに好意を持ち始めていたのだと思います」


 思えば、初めて鈴を意識したのは鈴の洋装を見た時だ。あの時に初めて鈴を可憐で愛らしいと思った。すぐにいつものように手が出せなかったのも、きっとそれが理由だったのだろう。

 

 それを雅に伝えると。雅は複雑な顔をする。

 

「結構前だな……で、あんたの愛は私達が言う恋人とか夫婦の愛なのか? それとも友人とかに対する愛なのか? 重要なのはそこだよ!」


 何としてでも千尋に鈴を嫁がせたくないのか雅が強い口調で言うが、千尋だってもう鈴以外との婚姻は考えられないのだ。

 

 都に居た時は鈴に対する気持ちが長い年月の間、果たして続くのか? などと考えたが、鈴を失いかけてそんな考えは吹き飛んだ。

 

「その違いは流石の私にも分かりますよ! 流星や息吹には触れたいなどとは思いませんから。ましてや抱きたいなどとは全く思いません」


 きっぱりと言いきった千尋に、雅はとうとうおでこを手で押さえて床に仰向けに倒れてしまった。

 

「……す、既にそこまでいってんのかぁ……気付くと早いんだねぇ……ついこないだまで愛が分からない、興味無いとか言ってたってのに……」

「はは、確かに」

「はは、確かに、じゃないんだよ! 大体そんな事すぐに信じられる訳ないだろ!」

「そうは言ってもねぇ……鈴さんだけなんですよ。私に幸せになって欲しい、と言ってくれたのは」

「ああ、そういや言ってたね。あんたには早く龍の都に戻って幸せになって欲しいんだって」


 どうやら鈴は雅にも同じことを言っていたようだ。何だかそれが余計に上辺で言ったのではないのだと実感できて千尋は思わず目を細める。

 

「困った事に大抵の方は私は既に幸せだろうと思っていらっしゃるようなのです」

「あんた見てりゃ自由にやりたい放題だからね。そりゃそう思うんじゃないか? その容姿で金もあって地位もあるんだから好きに生きられるだろ?」

「ですが、愛を知りませんでした。それは不幸ではないですか?」


 そう言って真面目な顔をした千尋を見て、雅は苦笑いを浮かべた。沈黙は肯定だ。

 

「ましてや自分が死の床についているのに、他人の幸せなど願えますか?」

「何だい、鈴が言ったのかい? さっき?」

「ええ。瀕死の状態でそんな事を言われたら誰だって落ちますよ。それまでは私だって種族の違いや、この気持ちが長く続くのかとか色々考えていましたが、あんな言葉を聞いてしまっては、私の悩みなど障害にもならないと思い知らされました」


 珍しくニコリとも笑わない千尋を見て、雅はゆっくりと頷いた。

 

「で、具体的にはどうすんだい? あの子は今期の花嫁だ。子どもは見込めないんだよ? それに鈴を番にしたってあんたはいずれ次の花嫁を見つけなきゃならない。その時に鈴はどうすんだい? 初みたいに都に置いてくるのか?」

「いいえ、その必要はありません。龍と番関係になったり本当に婚姻を結ぶという事は、私の眷属になるというのと同義です。寿命も龍と同じぐらいに伸びます。だから彼女には申し訳ないですが、私の刑期が終わるまで共にこの地を守ってもらう事になります。それにさっきも言いましたが、私は今まであの事件に関しては正直もうどうでもいいと思っていました。でも考えを改めました。徹底的に調べ上げて都に戻ります。鈴さんを連れて。何よりも、この気持ちに気づいてしまったらどのみち私はもう次の花嫁など探せませんよ」


 龍が誰かと恋に落ちたらどうして皆が一途にその人を愛し抜くのか、千尋にもようやく理解が出来た。鈴以外の人をもう欲しいとは思わないし、鈴に大して不誠実な事はしたくない。

 

「はぁ……この展開は予想外だったよ。でも既に150年も空いてんだ。とりあえずしばらくは花嫁の仕事はしてもらわないと」

「それはもちろんです。最低でもそうですね、あと10年ほどはこの地に留まるべきでしょう。それにこの事を鈴さんに伝える時期も重要ですね」


 今まで何にも執着出来なかった千尋に、初めて欲しいものが出来た。そういう感情は煩わしいとさえ思っていたのに、一度気づいてしまえば知らなかった頃に戻りたいとはもう思えない。

 

 はっきりと言いきった千尋に雅はようやく納得したように頷いた。そんな雅に千尋はにこりと笑う。

 

「ああ、そうだ。多分、私は明日から相当鈴さんを溺愛すると思います。先に断っておきますね」


 そう言って席を立った千尋の耳に、ようやく言葉の意味を理解した雅の怒鳴り声が聞こえたのは部屋の扉を閉めた時だ。

 

「はぁ!? な、何の予告だよ! 勘弁してくれよ!」


 扉越しに聞こえた雅の声に、千尋は声なく笑った。

 

 

 

 一体自分の身に何が起こったのか、鈴には全く分からなかった。死を覚悟した時にあれほどもう一度会いたいと願った千尋が目の前に現れたような気がするが、その後から全く記憶がない。

 

 気がついたら鈴は部屋で眠っていたようで、何故か鈴の部屋で千尋が何かを書いている。

 

「千尋……さま?」


 これは夢か? と思いながら恐る恐る声をかけると、千尋はピクリと肩を揺らし、ゆっくりと振り向いて近寄ってきた。

 

「お早うございます、鈴さん。具合はどうですか?」

「具合……私、一体何が……?」


 覚えているのは、寒さで背中が傷んだので蘭から貰った薬を飲み、その後気分が悪くなった事だ。それ以降の事は意識も朦朧としていたのであまり思い出せない。

 

「覚えていませんか? あなたは薬を飲んで倒れたのですよ」

「薬を飲んで? 好転反応……ではなくて?」


 まだぼんやりとしながら千尋に尋ねると、千尋は何故か悲しそうに眉根を寄せて首を振る。


「いいえ、あれは好転反応ではありません。その……そう、酷い食あたりです」

「食あたり……」

「はい。どれほど優秀な薬でも、体調や体質に合わない薬は毒となります。あなたはたまたまあの薬で酷い食あたりになってしまったのですよ。食あたりは時として死に至ります。本当に、間に合って良かった」


 そう言って千尋は鈴の頬をそっと撫でた。ひんやりとした手の平は冷たいけれど心地が良い。


「そう……だったのですね」


 そんな事があるのか。鈴はぶるりと震えてふとカレンダーを見た。

 あれ? ところでどうして千尋がここに居るのだ? まだ月の半分しか経っていないのに……。それに気づいた途端、鈴は飛び起きて千尋に頭を下げた。


「も、申し訳ありません、千尋さま! 私が食あたりなんかになってしまったばかりに、千尋さまに物凄くご迷惑をかけてしまいました!」


 間に合って良かったという千尋の言葉から、千尋は鈴の為に帰ってきてくれたのだと察した。


 なんという事をしてしまったのだろう。迷惑をかけたくなくて蘭の薬を飲んだというのに、まさか寝不足以上の迷惑をかけてしまうだなんて思ってもいなかった。


 千尋は寝台におでこを擦り付ける鈴の隣に腰掛けて、鈴の肩にそっと羽織をかけてくれる。


「鈴さん、怒ってなど居ませんよ。それに、あなたのおかげでもしかしたら私も間一髪、助かったかもしれないのです」

「? どういう……事ですか?」

「あなたがもう少し元気になったら話しましょう。今はまだ横になっていてください。お願いですから」


 そう言って千尋は鈴をゆっくりと押し倒した。相変わらず優しい千尋に鈴の胸はギュっとなる。


 その苦しさが何なのか分からないまま千尋を見上げていると、おもむろに千尋が鈴の目を片手で覆って視線を遮った。


「あまり見ないでください。我慢出来なくなりますから」

「は、はい、すみません」


 何がだろう? やはり怒っているのか? もしかしたら婚姻を取り消される? 鈴が恐ろしい事を考えていると、ようやく千尋の手が鈴の目から離れた。


「ああ、いえ、あなたは何も悪くないんですよ。ところで何か食べられそうですか? お粥か何か作ってもらいましょうか?」


 そう言われて鈴は咄嗟にお腹を抑えた。言われてみればお腹が物凄く減っているような気がしないでもない。


「あの……」

「はい?」

「卵焼き……と、おにぎりが……食べたいです」


 咄嗟に思いついたのは、毎朝鈴の為に佐伯家の誰かが用意してくれていた歪なおにぎりと殻入りの卵焼きだった。目覚めると今もたまに無性にあの朝食が食べたくなる。


 そんな鈴の心を察したかのように千尋は頷いて鈴の頭を撫でると、そのまま部屋を出て行ってしまう。


 それからしばらくして、廊下が複数の足音で賑やかになった。そう思った次の瞬間、勢いよく扉が開き雅と弥七、それから喜兵衛が部屋に転がり込んでくる。


「鈴! あんた、あいつに何もされなかったか!?」

「鈴さん! ああ、良かった! ちゃんと目を覚ました!」

「おい! 体調はどうだ!? もう気分は悪くないか!?」

「だ、大丈夫です」


 鈴はそう言って起き上がると、寝台の上に座って皆に頭を下げた。こんな風に誰かが鈴を心配してくれるなんて、本当にいつ以来の事だろう。佐伯家でも誰かが心配してくれていた。


 けれど誰も名乗り出てはくれなかったし、あくまでもこっそりと心配してくれていただけだった。それも十分に嬉しかったが、やはりこうやって心配されるのは胸が熱くなる。何よりもその事をこうしてちゃんとお礼を言えるのが嬉しい。


「皆さん、ありがとうございました。それから……ご迷惑をおかけしてしまいました……」

「迷惑なんかじゃないよ。あんたはまた日本語を間違えて。こういう時は、心配かけてごめんなさい、だろ?」

「心配してくれてありがとう、の方が良くないですか?」

「別に謝罪も礼もいらないだろ。元気ならそれでいい。ほら、これ今朝の切り立てだ」

「山茶花ですか? 綺麗な赤色ですね」

「ああ。雪が積もったら真っ白な雪によく映える。早く治せよ」

「はい!」


 鈴がそう言って弥七から花を受け取ろうとしたその時、突然後ろから手が伸びてきて鈴の代わりに誰かが山茶花を受け取った。驚いて振り返ると、そこには笑顔の千尋が居る。


「これはこれは美しいですね。鈴さん、飾っておきますか?」

「あ、はい。ありがとうございます」


 千尋は鈴の言葉を聞いて山茶花を机の上に置いてあった花瓶に挿すと、パンと手を叩く。


「さあ皆さん、そろそろ自分の仕事に戻ってください。そして鈴さんはもう少し寝ていてください」

「は、はい」


 この会話はさっきもしたな。そう思いながら鈴が寝台に横になると、千尋は皆の背中を押してそのまま部屋を出て行ってしまう。


 千尋が過剰なぐらいに心配してくれている事が分かって鈴は猛省した。きっとそれほど酷い症状だったのだろう。何せ100年に一度の里帰りを切り上げて帰ってきてくれたほどだ。


「ありがとうございました、千尋さま。そして……ごめんなさい、初さん」


 そんなつもりは無かったけれど、結果として鈴のせいで千尋はまた初と離れ離れになってしまった。それはどれほど辛い事だろうか。


 とりあえず今鈴に出来る事は早く元気になって、皆を安心させる事だ。


 そう思った鈴は、その後雅が運んできてくれたおにぎりと卵焼きを食べてまた眠りについた。

 


 それから半月ほど経ったある日のこと。神森家にちょっとした事件が起こった。


 すっかり体調が戻った鈴が今日も元気に喜兵衛と昼食を作っていた時の事だ。


 突然庭に雷が落ちて、驚いて喜兵衛と共に庭に出ると、そこには枕ぐらいの大きさの赤い何かが地面に転がっていた。


 鈴が恐る恐る近寄ろうとすると、後ろから喜兵衛に止められてしまう。


「鈴さん! 危ないですから離れてください!」


 そこへ音を聞きつけて雅と弥七がやってきた。


「一体何事だい!? ん? なんだ、あれ。トカゲのお化けか?」

「え!? お、お化け!?」


 お化けが苦手な鈴が一歩後ずさると、背中が誰かにぶつかった。思わずよろけそうになった所をしっかりと支えられてハッとして見上げると、そこには千尋が庭に落ちたトカゲのお化けを見つめながら立っている。


「楽?」


 よく通る千尋の声に反応したかのようにトカゲのお化けは立ち上がり、目を擦りながらヨタヨタと歩いてきた。そんな姿が何だか可哀想やら可愛いやらで思わず鈴はトカゲに近づいてハンカチを差し出す。


「目をこすってはいけません。砂で眼球を傷つけてしまいます」


 そう言ってハンカチでそっと目尻を拭ってやると、トカゲはようやくうっすらと目を開けて、鈴を見て小さな悲鳴を上げる。


「あ、青い目! 人間なのに青い目!?」

「楽。鈴さんは海外の方との混血なのです。そういう言い方は止めなさい。それに、私と同じ色ですよ」

「! 千尋さま!」


 楽と呼ばれたトカゲは千尋を見てパッと顔を輝かせて、次の瞬間その場にひれ伏した。


「も、申し訳ありません千尋さま、この楽、千尋さまの言いつけを守れず追放処分を受けてしまいました……」

「どういう事ですか? ああ、もう一人いらっしゃるようです。皆さん、庭から出てください」


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