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龍の箱庭  作者: 揚羽渓名
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 特に鈴と過ごせる時間は本当に限られている。

 

「何にしても千尋くんにようやく興味のある事が出来て俺も嬉しいよ。ちっちゃい頃から君は淡白な子だったからなぁ!」

「そうでしたか?」

「うん。なんか達観してたでしょ? それは今もだけどさ。この際人間でも何でもいいよ、千尋くんが興味持てるんならさ」

「別に私にだって興味のある事はそれなりにありますよ。それが人に向かないと言うだけで」

「そうだよね。好奇心は割と旺盛なんだよ。でも引きこもりがちなんだよなぁ、君は。せっかく帰って来ても、こうやって無理やり会おうとしないと誘ってもくれないもんね」

「食事をしたじゃないですか。これでもう100年は大丈夫でしょう?」

「そういうとこだよ! あの時だって、他の刑があったのに何の躊躇いもなく勝手に龍神刑なんて見つけてきてそれ選んでさ。俺たちの立場って何なんだろうって思ったよ」

「それは本当に申し訳ない事をしたなと反省しているんですよ、これでも」


 そう、とても反省している。誰の気持ちも考えず、自分なりのケジメをつける為だけに、ちょうど空いていた地上で龍神をするという一番重い刑を選んだのだ。

 

「でも鈴のおかげでそんな事言うようになったんなら、まぁ良い出会いだったんじゃないの?」

「そうですね。彼女は……私にとってはとても良い出会いだったのかもしれません。だから余計に……」


 千尋はそこまで言って口を噤んだ。

 

 だから余計に、こんな所でこんな不毛な会話をしている場合ではないのだ。少しでも長く鈴と居る為に、千尋はしなければならない事がある。

 

 

 1月3日。鈴はお昼すぎに喜兵衛と一緒に作ったおせち料理を食べて舌鼓を打っていた。

 

「この昆布締め美味しいです!」

「良かったです。ちょっと今回は味付けを変えてみたんですよ」

「あんた達まだ食べてんのかい? さっさと食べてすごろくしようよ!」

「すごろく。聞いた事あります!」

「面白いよ。早く食べな!」

「はい!」


 そう言って鈴はやっぱり喜兵衛の料理に舌鼓を打ちながら遅めの昼食を取り、その後は雅達と正月によくする遊びを沢山した。

 

「はぁ……楽しかったです。お正月って、こんなにも楽しいんですね」


 佐伯家でもお正月は沢山の親戚が集まっていてとても賑やかだった。鈴はそんな賑やかな声をいつまでも聞いていたくて、蔵のはしごを登ってどこが一番声がよく聞こえるのかを探したものだ。

 

「三が日は大体毎日こんな感じだよ。それが終わったらまた日常だ。面倒だけどね」

「でも、そう思うと余計にこのたった3日間がとても大切な日に思えますね」

「そうかい? 私達はもう嫌ってほど過ごしてきたからそんな風にはあまり思わないけど、確かに鈴の言う通り、特別な日ではあるね」

「はい! っ……ちょっとすみません」


 勢いよく頷いた鈴だったが、背中に痛みを感じて席を立った。そんな鈴を心配そうに三人の視線が追ってくる。

 

 出来るだけ三人に心配をかけないよう、鈴は笑顔で振り向いて言う。

 

「そろそろ雨か雪が降ると思うので、気をつけてくださいね」

「そんな事はいいから早く薬飲んどいで」

「はい」


 雅は心配そうに鈴を送り出してくれたけれど、鈴には一つだけ心配事があった。薬がもうあまり無いのだ。

 

 千尋は薬は飲み過ぎたら効かなくなると言っていたが、もう千尋の治療の効果も薄れてきてしまったらしい。どうにか千尋が戻るまで持たせたかったが、冬は鈴にとっては鬼門である。

 

 部屋に戻った鈴は薬を飲んでから、残りの数を数えてため息をついた。

 

「一ヶ月の間、雨とか雪が降らないでいてくれるなんてこと無いよね……」


 薬は思っていたよりも減っていた。これはやはり雅に相談して一緒に街まで買いに行った方がいいかもしれない。

 

 鈴がそんな事を考えていると、部屋に雅がやってきた。

 

「大丈夫かい? 鈴」

「雅さん! はい、大丈夫……なんですが、ちょっと相談が……」

「何だい?」

「その、お金を少し……貸してもらえませんか? 返すのにちょっと時間がかかるとは思うのですが、色々工面するので……」

「急に何だ。あんたがそんな事言うなんて珍しい――あ、薬かい?」

「……はい。もうあと3日分しか無くて……」


 しょんぼりと項垂れた鈴の頭を、雅がよしよしと撫でてくれる。弱っている時に優しくされると泣きたくなってしまうが、今はとりあえず薬の事をどうにかする方が先だ。

 

「ごめんごめん! すっかり忘れてた。千尋がね、鈴さんの薬がそろそろ切れると思うので手配しておきましたって言ってたんだよ。届いたら渡そうと思って、えーっとどこに仕舞ったかな」


 そう言って雅は部屋を出ていった。どうやら千尋はこうなる事を見越して鈴の薬を手配してくれていたようだ。

 

 鈴は残り少ない薬の袋を抱きしめて、心の中で何度も何度も千尋にお礼を言う。

 

 しばらくして雅が戻ってきた。手には2つの袋を持っている。

 

「こっちが千尋が手配したやつなんだけどさ、ちょっと前にあんたに蘭からも薬が届いてたんだよ。あいつ、自分が渡すとか言いながら部屋に置きっぱなしにしてたみたいだ」

「蘭ちゃんから?」

「ああ。手紙も入ってるみたいだよ。読むかい?」

「はい!」


 わざわざ蘭は薬を送ってくれたのか! 鈴は思わず胸を押さえて手紙を読んで涙を浮かべた。

 

「何て書いてあったんだい?」

「えっと、私の体調の心配です。いつもの薬よりもよく効くという薬を手に入れたから、是非飲んでみて欲しいって」

「へぇ、あの娘がねぇ? まぁ最近大量に手紙が届くし、案外あんたの事心配してるのは本当かもね」

「蘭ちゃんは本当に良い方なんです!」

「分かった分かった。それで、処方はなんだい? ちょっと見せてみな」

「はい」


 鈴は言われるがまま雅に処方が書かれたメモを見せた。それを見て雅は納得したように頷く。

 

「これなら問題ないね。あんたが今持ってる奴と千尋が買った奴よりよく効きそうだ。飲み合わせも悪くなさそうだから、今持ってるのと使い分けるといいよ」

「本当ですか? 冬の時期は一番痛みが激しいんです。今回は蘭ちゃんのを飲んでみようかな……」

「そうだね。それじゃあ2つとも渡しておくよ」

「はい! ありがとうございます! 千尋さまにもお礼を言いたいのですが、あまり私の事で煩わせるのも嫌なので戻って来られたらお礼を言おうと思います」

「ああ、そうしな。しかしあれだね。鈴の小遣いも何とかしないと。それも千尋が戻ったら相談しようか」

「い、いいです! そんなものを頂くわけにはいきません!」


 ただでさえ厄介な怪我があるというのに、これ以上迷惑をかける訳にはいかない。そう思うのに、雅は譲らない。

 

「いいや、生きていく上で自分で自由に使える金は大事だよ。それにあんたはちゃんと屋敷の事もやってくれてるんだから、それは貰うべきだよ」

「で、でも」

「神森家は侯爵家を名乗ってはいるけど、人間の華族とは違う。あくまでも名乗ってるだけだ。千尋はあんなだからあんまりピンと来ないかもしれないけど、あんたに小遣いを払うぐらいでこの家は傾いたりしないから安心しな」

「それはそうだとは思いますが……私は薬代さえ貰えればそれで……」

「あんたは本当に欲の無い嫁だねぇ! ここ最近の娘さん達は嫁でも無いのにあれこれ欲しがってたもんだけど」

「そ、それは良家の方たちだったからではないでしょうか。私はあくまでも佐伯家の居候なので」

「そうかい? 千尋はそこらへん大雑把だから、皆に百円券渡してたよ」

「ひゃ、百円券!?」


 驚きすぎて声が裏返った鈴を見て雅は声を出して笑った。

 

「だからそんな気にしないでいいよ、鈴。龍神様にとっちゃ人間の通貨なんて何の価値もないんだろうさ。まぁ、千尋の場合龍の都でも結構な資産家っぽいけど」

「そ、そうなのですか? 千尋さまはもしかしてあまり散財をされないのでしょうか」


 確かに千尋は高官の家に養子に入ったと言っていたので、都でもあまり金銭で苦労はしたことがないのかもれない。

 

「金かける所にはかけるけど、かけない所には全くかけないね。ここで働いてる人数見りゃ分かるだろ?」

「確かに……この広いお屋敷を三人で切り盛りしてますもんね……」

「今は鈴が居るから四人だけどね。本当に助かってるんだ。何なら私から給料出したいぐらいだよ!」


 そう言って雅は鈴の頭をガシガシと撫でて部屋を出ていった。

 

 鈴はそんな雅の背中を見送りつつ千尋から貰った薬袋を引き出しに仕舞い、蘭から貰った薬を取り出すと処方通り2つ飲んだ。

 

 飲んだあと何だか舌が痺れたような気がしたが、気の所為だと思い誰にも告げはしなかった。

 

 正月が終わり、4日になるとすぐさまいつもの日常が戻ってきた。

 

「何だかあっという間でした」

「楽しかったですか?」

「はい、とても!」


 炊事場でいつものように昼食の準備をしていた鈴と喜兵衛は、いつものように話しながら皆の昼食の準備をしていたのだが、また背中が傷むので喜兵衛に断りを入れて薬を飲む。鈴はこの時期はいつも薬を持ち歩くようにしている。


 いつ背中の痛みが激しくなるか、全く分からないからだ。

 

「大丈夫ですか? 今日はもう休んでいた方が良いのでは?」

「大丈夫です。蘭ちゃんから貰ったお薬、本当に良く効くみたいで」


 鈴の言葉に喜兵衛は心配そうに続ける。

 

「ですが、良く効く分副作用なんかもあるのでは?」

「どうなのでしょう? 今の所は何も無いと思いますが、そう言えば昨日飲んだ時は少しだけ舌が痺れた気がします」

「それ、大丈夫なんですか?」

「飲み過ぎなければ大丈夫だと思います。すぐに治まったので。ただ、喜兵衛さんの言うように副作用があるかもしれませんもんね。気をつけます」

「はい。そうしてください。さて、それでは今日の飾り切りの練習をしましょう!」

「はい!」


 鈴は頷いて雅がくれたお下がりの包丁を持って移動しようとすると、クラリと一瞬目の前が揺れた。

 

「鈴さん!」


 そんな鈴を喜兵衛がすぐに支えてくれて事なきを得たが、鈴はすぐに頭を下げる。

 

「す、すみません」

「やっぱり今日はもう休みましょう! それから、そのお薬は止めた方がいいのかもです」

「……そうですね。薬を飲んだ途端にこんな事になるという事は、私の体質に合っていないのかもしれません」


 せっかく蘭がくれたのに……そんな事を考えながら薬の袋を握りしめていると、そんな鈴に喜兵衛は困ったように言う。

 

「あの、だったら姉さんの言うように、我慢出来ないほどひどい時にだけ飲んでみては?」

「! そうですね。そうします! ありがとうございます、喜兵衛さん」

「いえ。ご家族から頂いた物を粗末にはしたくないですよね。でも、薬はその人の体質もあるので……」

「本当にその通りだと思います。痺れも目眩も一時的だったからと言って安心してはいけませんね。気をつけます」


 鈴の心にこんなにも寄り添ってくれる喜兵衛に感謝しながら頭を下げると、喜兵衛は照れたように笑う。

 

 それから鈴は、しばらく蘭の薬は飲まなかった。喜兵衛の言う通り、何となく痺れたり目眩がするのは怖かったからだ。それに千尋がくれた薬もとても良く効いた。蘭の物ほどすぐに効果は無かったが、持続力がとても良かったのだ。

 

 あれから3日、部屋で寛いでいた鈴の元に雅がやってきた。

 

「鈴、蘭からまた手紙だよ」

「ありがとうございます!」

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