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龍の箱庭  作者: 揚羽渓名


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「あ! 私、明日あの祠に初詣するつもりなんです。良かったら皆さんで行きませんか?」

「あんた本気だったんだね。いいのかい? せっかく外に出られるのに」

「もちろんです! 外に出られるのも嬉しいですが、それよりも私は千尋さまの祠がちゃんと元の姿に戻ってくれた方が嬉しいので」


 長年放置されて朽ちかけていた祠が、少しでも神である千尋の負担を減らしてくれれば良いなと思う。そこまで考えてふとある事を思い出した。

 

「そう言えば、あの御神体は何だったのですか?」


 あの美しい金色の袋の中に入っていた物こそが千尋の依代なのだろうが、一体中身は何なのだろう? ずっと疑問だった事を三人に尋ねると、三人共首を傾げた。

 

「何なのでしょう……自分が社に来た時には既にあったので、知らないですね」

「俺もだな。不思議に思った事もなかったしな」

「雅さんは知ってますか?」


 期待を込めて雅を見たが、雅もどうやら分からないらしく、首を捻っている。

 

「そういや気にした事無かったね。掃除する時にあの袋自体は何度も触ってるんだけど、改めて言われると気になるね」


 言いながら雅はおもむろに懐から年季の入った手鏡を取り出して、何故か鏡に向かって千尋の名前を呼びかけた。

 

「雅さん、それ何ですか?」

「ん? これは千尋と繋がる不思議な鏡だよ。万が一何かがあった時、こっちから連絡出来ないんじゃ困るからね」

「凄い! それが前に千尋さまが仰っていた連絡手段なんですね!」

「ああ、そうだよ――あ! 千尋、遅いじゃないか」


 雅は鈴に返事をしながら鏡を覗き込んで相変わらず文句を言っているが、鈴からは手鏡に文句を言う雅しか見えないので、何だかその光景が面白い。

 

『すみません、先程家に戻った所だったんですよ』

「どっか行ってたのかい?」

『ええ。龍の力について調べ物をしていました。それよりもこんな時間にどうかしましたか? まさか鈴さんに何かありました?』

「鈴に? いや? 鈴は元気だよ。ほら」


 雅はそう行って鈴に向かって鏡を見せてきた。鈴が興味本位で身を乗り出して鏡を覗き込むと、そこには何だか既に懐かしい千尋の姿がある。調べ物をしていたというだけあって、髪はまだ解いていないようだ。

 

 そんな千尋を見て思わず鈴は笑顔を浮かべる。鏡の向こうでは千尋も笑顔を浮かべていた。

 

「千尋さま!」

『鈴さん。体調はどうですか?』

「まだ大丈夫です。本当にありがとうございました」

『そうですか。それは良かったです。ところで、何か私に用事があったのでは?』

「あ、えっと……大した事ではないのですが」

『ええ』

「あの、この間、林の中の祠を掃除したのですが、その時に金色の袋をみつけたんです」


 そこまで言うと、千尋は髪を解きながら嬉しそうに微笑む。

 

『ああ、掃除をしてくれたのですね。ありがとうございます。それで、金の袋を見つけた、と?』

「はい。あれはきっと千尋さまの依代だろうとは思ったのですが、その、中身が気になってしまって……でも、よく考えたらお守りの中身を覗いてはいけないのと同じで、きっと聞くのは失礼ですよね、こんな事」


 お守りの中身は覗いてはいけない。そう言って幼い頃に母が持たせてくれたお守りは、今も大事に仕舞ってある。何度も好奇心に駆られそうになったが、その度に鈴はどうにか踏みとどまっている。

 

 しょんぼりと俯いた鈴を見て、鏡の向こうから小さな笑い声が聞こえてきて、思わず鈴は顔を上げた。

 

『別に構いませんよ、開けても』

「えっ!? だ、駄目ですよ! 多分、駄目ですよね!?」


 予想外の千尋の答えに思わず鈴が周りを見渡すと、三人は目を輝かせている。これは明日にでも開ける気満々だ。

 

『ふふ、本当に開けても良いですよ。そんな大層な物は入っていませんから。そもそもあれは別に私の依代ではないのです』

「え?」

『実は、社を建てる時に一般公開する時の為に形だけでも何かを作るべきだと宮司に言われまして、私は仕方なく龍の爪を入れたのですよ』

「つ、爪?」

『ええ。私達も生き物ですから爪は切らないと、どんどん伸びる訳です。だから切った爪を宮司に渡したのです』


 それを聞いて雅が横からズイっと割り込んできた。

 

「ゴミじゃないか! あんた、そんなもんをあたし達に祀らせてたのか!」


 そんな雅に千尋はさらにおかしそうに笑う。

 

『だから大した物じゃないって言ったんですよ。そんな訳なので鈴さん、袋は開けても構いませんよ』

「え、えっと……いや、でもやっぱり止めときます! だって、龍のお姿の時の爪なんですよね?」

『ええ』

「だとしたら、やっぱりとても貴重な物だと思うので!」

「いやゴミだよ、ただの。爪だよ? あんた、切った爪をわざわざ置いときゃしないだろ?」

「わ、私の爪は本当にゴミですが、千尋さまの爪は価値のあるゴミです!」


 思わず断言した鈴の言葉に鏡の向こうの千尋はとうとう吹き出すが、そんな千尋に反して鈴は青ざめる。

 

『何ですか? 価値のあるゴミって』

「ゴ、ゴミじゃないです! 今のはえっと……失敗です」

『失言、ですね。いえ、いいんですよ。雅、鈴さんにとっては私の爪は価値のあるゴミなのだそうなので、どうか捨てないでくださいね』

「せっかく期待して鏡使ったのに。やっぱりお守りや御神体って呼ばれる物の中身は見たり聞いたりするもんじゃないね」

「雅さん! 私はワクワクしましたよ。だって、こんなに大きな袋だったんです。あんなおっきな爪だと思うと、ドキドキしてしまいます!」


 思わず手を叩いた鈴を見て、千尋は柔らかく微笑んで言う。

 

『そんなに喜んでもらえるのなら、次に爪を切った時には鈴さんに差し上げましょうか?』


 意地悪な顔をしてそんな事を言う千尋に、迷うこと無く鈴は頷いた。

 

「う、嬉しいです! 楽しみにしていますね!」

『え……あ、はい……』

「ははははは! 千尋、悔しいな? 散々迷って選んだどんなプレゼントよりも鈴はあんたの爪のが良いんだってさ!」

「え!? そ、そんな事はありませんよ!? プレゼントはどれもとても嬉しかったです!」

『いえ、いいんですよ。あなたが喜ぶ物を調べきれなかった私の落ち度です……けれど鈴さん、その、私の爪は本当にただのゴミなので。そんなに喜ぶような物ではありませんよ……?』

「ですが、龍神さまの体の一部だなんて、物凄いお守りになるような気がするのですが」

『いや~……どうでしょうね? それならばまだ鱗とかの方が……』

「鱗!」

「千尋、あんたそれ以上提案するんのは止めときな。鈴は多分何でも喜ぶよ」


 雅の言葉に千尋は困ったように肩をすくめて笑った。

 

『そのようですね。ところで鈴さんは大晦日を楽しんでいますか?』

「はい、少し眠気が覚めたような気がします」

「鈴はついさっきまでここで船漕いでたんだよ。そりゃもう眠そうにさ」

「漕いでません!」

「ほとんど目が開いてなかった」

「開いてました!」

「そのうち机でおでこを打つんじゃないかとヒヤヒヤしました」

「う、打ちません!」


 必死になって言い返した鈴を無視して雅が言う。

 

「あんた達、鈴が寝落ちたら寝台に運んでもらわなきゃならないんだから、鈴より一秒でも長く起きてるんだよ!」


 それを聞いて千尋がわざとらしく顔を顰めて雅を嗜める。

 

『こら、雅。鈴さん、何も無理して起きていなくて良いのですよ。眠くなったら遠慮なく寝室に戻ってくださいね』


 千尋にそんな事を言われて鈴はハッとした。そうだ。無理をしてここで寝てしまったら、喜兵衛か弥七に迷惑がかかってしまう。鈴はコクリと頷いて言った。

 

「はい、ちゃんと自分で寝室に戻ります。やっぱり私には徹夜はまだ早かったのかもしれません。来年の大晦日までには雅さんのように夜行性になれるよう厳しい訓練をしたいと思います」

『夜行性? 厳しい訓練? 雅、また鈴さんをからかったのですか?』

「か、からかっちゃいないよ! 徹夜の厳しさを教えてやっただけじゃないか。あ! そろそろ年が明けるよ!」


 そう言って雅が急いで話を変えた瞬間、大きな振り子時計が日付変更を告げた。重厚なその音に鈴はいつもうっとりと耳を澄ませてしまう。

 

 12回目の音が鳴り終わった途端、千尋と雅、喜兵衛、そして弥七が一斉に声を掛け合った。

 

「明けましておめでとう! 今年もよろしく」

「おめでとうございます。本年度もよろしくお願いします」

「おめでとう。今年もまぁ、頑張ります」

『明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いしますね』

「あ、えっと、明けましておめでとうございます。至らぬ所もあると思いますが、今年もよろしくお願いします」


 年が明けたらまずは挨拶をする。それはイギリスでも同じだ。

 

 けれど日本に来てから新年の挨拶などすっかり忘れていた鈴は、慌てて皆に頭を下げた。

 

 そんな鈴を嗜めるでもなく、千尋は目を細めている。

 

『雅、連絡をしてきてくれてありがとうございました。私も新年の挨拶に参加出来て嬉しいです』 

「そうかい? なら良かったよ。鈴がさ、あんたも居たら楽しかっただろうなって言うからさ、どのみち連絡入れようと思ってたんだ」

『そうでしたか。鈴さん、来年からは私も居ますので、その時はいくら寝落ちても構いませんよ』

「お、落ちません!」


 厳しい訓練をして、絶対に徹夜してみせる! 鈴は固い決意をして鏡を覗き込むと、千尋はそんな鈴を見て柔らかく微笑む。

 

『新年の挨拶も済んだのですから、皆さんあまりはしゃぎすぎないよう、節度を持って過ごしてくださいね』

「は~い。あ! 喜兵衛、そういや年越しそば!」

「しまった! すぐ用意してきます!」

「あ、私もお手伝いしますね! えっと……今からお蕎麦食べるんですか?」


 安易に手伝うとは言ったものの、こんな深夜に蕎麦? 

 

『いいですね、年越しそば』

「千尋さまは昨日は何を食べたのですか?」

『私ですか? 私は……そう言えば昨日は何も食べてませんね』

「えっ!? だ、駄目ですよ! ちゃんとご飯は食べてくださいね!」


 驚いて思わず鈴が言うと、千尋は苦笑いして頷く。

 

『一人になるとつい食べるのを忘れてしまっていけませんね。今日から気をつけます。それでは皆さん、楽しい正月を過ごしてください』

「はい! 千尋さまもお正月楽しんでくださいね!」


 鈴の言葉に千尋は微笑んでくれた。年末と正月に少しだけれど、千尋にちゃんと挨拶が出来て良かった。

 

 来年、千尋の居る大晦日と正月はきっともっと楽しくなるに違いない。

 

 

 千尋は鏡を仕舞った後、外套を羽織って部屋を出た。まだ居間には明かりがついていて、中を覗くとそこには楽が真剣な顔をして何やら書き物をしている。

 

「楽、こんな時間に何を熱心にしているのですか?」


 千尋が後ろから声をかけると、楽は体をビクつかせて振り返り、外套を着ている千尋を見て驚いている。

 

「さっき戻られたのに、また出かけるのですか!?」

「ええ。何も食べていなかった事を思い出したので」

「そう言えばそうですね。朝から千尋さまはずっと書庫に行ってましたもんね」


 千尋の勤めていた都の城の書庫は、龍の都では一番大きな書庫だ。そこにはありとあらゆる書物が納められていて、見つからない本は無いとまで言われていた。

 

 けれど書庫に自由に入る事が出来るのは高官の役職についている者のみで、その為に千尋は法議長になったと言っても過言ではない。

 

「そうなんです。特別お腹が減ったという訳でもないのですが、鈴さんに叱られてしまったので蕎麦でも食べに行こうかと思いまして」

「し、叱られた!? 千尋さまが人間の女に!?」

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