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龍の箱庭  作者: 揚羽渓名


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 元々この御神体は木の箱に入っていたそうだが、長い年月を誰も手入れしなかった為に、流石の箱も朽ち果ててしまっていたようだ。


 鈴はそれをそっと持ってきていた風呂敷の上に置いて、まずは祠の中を掃除し始めた。


「中は無事で良かった……」


 祠の外側は雨ざらしで放ったらかしになっていたからか、既にあちこち木が腐っている所も見られたが、幸いなことに中は無事だ。

 

 丁寧に汚れを落として木を拭き上げると、少しずつ祠が元の姿を取り戻していく。


 綺麗に中を拭き終えたら次は台座だ。石で出来た台座は一見綺麗に見えたが、それを更に細かいやすりで丁寧に削った。

 

 すると台座はピカピカと輝きだし、思わず鈴は微笑んでしまう。


「千尋さまの依代が乗ってるんだもんね。綺麗にしておかないと」

 

 その後も無心で祠のあちこちを磨き続け、外側の傷んでいた箇所には新しい木をあてがってやった。佐伯家で多少の雨漏りであれば鈴が修理していたので、これぐらいは出来る。


 こうなってくると全て新しくしてしまいたい衝動に駆られるが、長年祠として使われて来た木を粗末にするのも嫌だ。


「色はどうしよう……朱色にしたいけど難しいかな……戻ったら弥七さんに相談してみよう」


 生木のままではまたすぐに傷んでしまう。防腐加工は必須だ。


 最後に鈴は御神体を元の位置に戻してお酒を撒いて塩を盛ると、その前にお供物として持ってきた小さなおにぎりを置いた。


「お待たせしました。新しいお家はどうですか? 屋根は修理しましたが、少し歪になってしまいました。申し訳ありません。今度は色を塗りに来ますね。どうか、千尋さまが無事に戻って来られますように」

 

 そこまで言って鈴はふと考えた。千尋は龍の都に戻る方が良いのではないのか、と。それに気づいた鈴は慌ててもう一度手を合わせる。


「厚かましくて申し訳ありません、もう一つお願いです。どうか千尋さまが一日も早く地上でのお役目を終える事が出来ますよう、幸せになる事が出来ますよう、あの方をお導きください」


 千尋の依代に千尋の事を守ってくれと願うのも変な話だが、何もしないよりはきっといいだろう。こんな事、他の社の神々には祈れない。


「これから毎年、初詣はここへお参りにやってきます」


 ついでに掃除も定期的に来よう。また一つ神森家ですべき事を見つけた鈴は、小さく微笑んで道具をまとめて祠に一礼して祠を後にした。

 

 帰り際にあの大きな木をそっと触ると、何だかホッとする。


「これからも長生きしてくださいね」


 何気なく鈴が言うと、木は風もないのに木の葉を揺らす。驚いて鈴が顔を上げると、あちこちから小さな囁き声がした気がした。

 

 ここは龍の住む屋敷だ。何か不思議な事が起こっても何もおかしくはない。

 

 これがお化けの類であれば間違いなく鈴はそこから逃げ出していただろうが、千尋のお膝元にお化けなど居るわけがない。何せ本人もそう言っていたのだから!

 

 無事に森を出ると、弥七は本当に森の入口で植物の世話をしていた。辺りはもう薄暗くなっているし冷え込んでいるというのに。


「弥七さん! まさか待っていてくださったんですか!?」

「別に待ってた訳じゃないが、遅いからそろそろ見に行こうかとは思ってた。泥だらけだな。早く風呂に入れよ。冷えただろ?」

「弥七さんこそ寒かったでしょう? お風呂、お先にどうぞ」

「いや、流石にそれは姉御に叱られる。俺に早く入ってほしかったら、さっさと入る事だな」


 そう言ってイタズラに笑った弥七を見て鈴は頷いて急いで屋敷に戻った。そんな鈴の背中に弥七のおかしそうに笑う声が聞こえてくる。


「冗談だ! しっかり温まれよ!」

「はい! ありがとうございます!」


 鈴が立ち止まった振り返り弥七に頭を下げると、弥七はさらに笑って早く行け、と手で合図してきた。

 

 屋敷に戻ると雅が玄関先の掃除をしていて、鈴を見るなりポカンと口を開けた。


「あんた、沼にでも入ったのかい?」

「そんなに泥だらけですか? 思っていたよりも腐敗が進んでいて、屋根の板をほとんど交換したんです」

「屋根の板を交換!? あんたが!? 馬鹿だね! そういうのは弥七に任せるんだよ! ほら、さっさと風呂に入っといで! 出たらすぐに夕食だよ!」

「あ!」


 それを聞いて鈴は思わず声を上げる。そんな鈴に雅は訝しげに首を傾げた。


「何だい?」

「あの……皆さんのご迷惑じゃなかったらその……一緒に食べてもいいですか?」

「あたし達とかい?」

「はい。千尋さまが戻るまででいいので、その……」


 佐伯家に居た時は一人で食事を取る事など慣れていたはずなのに、今はもう誰かと一緒でないと寂しくて仕方がない。

 

 それだけ言って視線を伏せた鈴を見て、雅が頭を撫でて言う。


「あたし達は全然構わないよ。それじゃあ支度するから、あんたはまず風呂行きな!」

「はい!」

 

 鈴は雅にお礼を言って走り出す。


 神森家に来てから毎日が楽しくて仕方ない。自由に外に出られる訳ではないけれど、鈴はそれでも幸せだと思えた。

 

 

 鈴が作ってくれた弁当をあっという間に平らげた千尋は、楽に後片付けを頼んで自室に戻った。

 

 待ち合わせの店に向かうために着替えていると、ノックの音が聞こえてくる。


「開いていますよ」

 

 千尋が返事をすると、控えめにドアが開いて楽がそっと顔を覗かせた。


「千尋さま、今夜は遅くなりますか?」

「どうしてです?」

「いえ、早く戻られるのなら明かりは落とさない方がいいかなって」

「楽が寝る時に明かりを落としてしまってください。何時になるか分からないので」


 そう言ってふと千尋は手鏡を取り出した。これは仕事用ではなく、自分の物だ。この片割れは今は雅に渡してある。何かあればここに雅から連絡が来るはずだ。


「あ、鏡は置いていきますか? 預かっていましょうか?」

「そうですね……いえ、今日は持っていきます。もしかしたら何か連絡が入るかもしれませんから」


 千尋はそれだけ言って鏡を懐に仕舞った。そんな千尋の仕草と言動に楽はまた驚いた顔をする。


「千尋さまが鏡を持ち歩くだなんて! 以前はあれほど煩わしいと言っていたのに!」

「前回はそれこそひっきりなしに連絡がありましたからね。ですが今回はきっと大丈夫でしょう」


 前回の里帰りは花嫁探しの真っ最中だった。今のようにまだ全国から巫女が自ら名乗り出てくれていた時代だったが、誰でも良いという訳ではなかったので、その間雅から次から次へと花嫁候補の素行や性格などの連絡が入ったのだ。


 それは千尋から言い出した事だったけれど、一体どうなっているのかと言うぐらい毎日報告があったものだから最終的には鏡を楽にずっと預けていた。

 

 けれど今回は鈴だ。恐らく何の報告もなく毎日が過ぎるだろう。それでも一応持ち歩くのは、鈴の場合は少し気がかりな事があるからだ。


「前回だけではありません! その前もその前も、千尋様は鏡をお持ちではありませんでした!」

「そうでしたか?」

「はい!」


 楽はそう言ってじっと千尋を見上げてくる。そんな楽を見て千尋は微笑んで言う。


「今回の方は少し心配な事があるのです。万が一何かが起こったら、先方の家に申し訳が立ちませんから」

「そ、そんな訳ありの方なのですか?」

「訳ありと言うと語弊がありますね。とにかく鏡は持っていきます。それではそろそろ出ますね」

「はい。行ってらっしゃいませ」


 千尋が外套を羽織ると、楽は扉を開いて千尋が出るのを待ってくれる。どうやら楽は本気でこの家で執事をするつもりのようだ。


 

「お久しぶりです、千尋さま! 地上でのお勤めご苦労さまです!」

「ええ、お久しぶりです。いつも手間をかけますね」

「手間だなんてとんでもない! さぁ、こちらです。皆様、既にお待ちかねですよ!」


 千尋が仕事の会合などでよく利用する店に到着すると、待っていたと言わんばかりに馴染みの店主が千尋を個室に案内してくれた。


 案内されたのは店内の端っこの一番目立たない個室だ。


「すみません、遅れました」

 

 千尋がそう言って引き戸を開けると、一番に声をかけてきたのは流星の運命の番の息吹だ。


 複数の人と番関係を結ぶのが一般的な龍にしては珍しい、互いにたった一人しか番を持っていない、大変貴重な二人である。


「千尋! 遅かったな! 久しぶり!」


 息吹は真っ白な髪を下ろしっぱなしにして、相変わらず口調が雑い。それでも龍人の中ではトップクラスの美人だった。整った顔立ちの流星とはお似合いだと巷では評判だ。

 

「あなたは相変わらず元気ですね。お久しぶりです」

「千尋くん、着替えるのに何時間かかるの? 俺たちの事忘れてるのかと思った」

「すみません」

 

 まさか鈴が作ってくれた弁当をのんきに食べていたとは言えず千尋がお茶を濁すと、息吹の後ろから龍人にしては小柄な初がひょっこりと顔を出した。


「お久しぶりです、初」


 息吹の背中に隠れるようにしてこちらを見上げる初に千尋が笑いかけると、初は何故か悲しそうな顔をしている。


「……千尋……少しやつれた?」

 

 初は千尋を上から下まで眺めて、何故か目に涙を溜めながら言う。そんな初に千尋はゆっくりと首を振る。


「そうですか? そんな事は無いと思いますが」

 

 久しぶりに会ったというのにそんな感想しか無いのかと思う反面、千尋も懐かしいとしか思わなくて思わず苦笑いを浮かべる。


 そんな千尋にさらに初は言う。


「ううん、絶対にやつれた。可哀想……人間界は龍にはやっぱり合わないんだわ」


 どうしても千尋は人間界で過ごす事によってやつれたのだと思い込みたいのか、初はこちらの話など聞いてはくれない。

 

 こうなると初はどんどん悲観的になっていくので、千尋は話題を変えるべく地上で買った土産を取り出した。

 

「結構楽しいですけどね、人間界も。そうだ、忘れる前に皆さんにお渡ししておきますね。はい、これが流星のです」


 そう言って千尋は持っていた袋から和紙に包まれた箱を流星に渡す。流星はそれを受け取って訝しげに千尋を見てきた。

 

「これ何? 千尋くんが何かくれるなんて、怖いんだけど」

「怖いというのは心外ですね。私だってたまには贈り物をしますよ。これは息吹に。そしてこれが初に」

「おー、ありがとな! 開けてもいいか?」

「もちろん」


 千尋が答えるよりも前に息吹はガサガサと和紙を破ろうとした所を、神経質な流星に止められる。

 

「息吹、貸して。君がやると無駄にゴミが出るから」

「ありがと!」

「相変わらず仲良しですね」


 いつまでも微笑ましい二人を見て千尋が微笑むと、流星と息吹は二人してじっとこちらを見てくる。

 

「千尋くんはもう少し俺たちを見習った方が良い」

「そうだな。それは本当にそうだぞ、千尋。お前がそんなだから皆がいっつも心配する羽目になるんだからな?」

「これでも他の人達とは差をつけているつもりなんですけどね。初、私が開けましょうか?」

「え? あ、ありがとう」


 こんな事を千尋の方から言い出すのはとても珍しい事だ。きっと初もそう思ったのだろう。ポカンと口を開いて切れ長の目を丸くする。

 

「いいえ、どういたしまして」


 そう言って包を丁寧に開けて中の箱を初に渡すと、初は嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 

「千尋が何かくれるのは初めてじゃない?」

「そうでしたか?」

「そうよ! 私の誕生日さえ覚えていなような人なんだもの!」

「それは……反省しています」


 素直にそんな事を言う千尋を見て友人たちは驚いた顔をしているが、千尋は心の中では全く別の事を考えていた。

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