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龍の箱庭  作者: あげは渓名


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3

「ええ、聞こえていましたよ。あなたには佐伯の血は流れてはいない。であれば、あなたの出自を調べるまでです。貴族同士の婚姻であればこちらは菫さんであろうと蘭さんであろうと、鈴さんであろうと構いはしません」

「あんた、それはあたしが言った事とさほど変わりが無いと思うがね」

「そうですか? あなたよりは大分優しいと思いますが」

「どうだかね。来ていきなりそんな嫌味言われたんじゃ、今すぐここから帰りたくなるに決まってる。今までの失敗を少しも学習していないんじゃないのか?」

「今までの失敗は私だけのせいではありませんよ。自分の事を棚に上げるのはどうかと思います。それに、鈴さんにはどうやら大した問題でも無いようですよ」


 そう言って千尋は鈴を見て微笑んだ。その笑顔は儚げだけれど、どこか水のように冷たくて怖い。

 

 けれど鈴はもう心を決めたのだ。そんな事を考えながらもう一度深々と頭を下げた。


「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いいたします、旦那さま」

「千尋でいいですよ。さあ、帽子を取って楽にしてください。そんなに目深に帽子を被っていては、お顔が見えないではないですか」


 千尋に言われて鈴はそっと帽子を取った。その拍子に帽子の中に隠していた明るい小豆色の伸ばしっぱなしのお下げが腰のあたりまで垂れる。


「これは驚きました。両親のどちらかが海外の方なのですか?」

「はい。父がイギリス人なんです」

「なるほど。髪も瞳もとても綺麗な色ですね」

「あ、ありがとうございます」


 面と向かって両親以外の誰かにそんな事を言われた事が無くて戸惑う鈴を見て、千尋はおかしそうに肩を揺らした。どうやらからかわれたようだ。


「ちょっと、いつまでこんな所で話してるんだい? さっさと部屋に案内してやりなよ」

「そうですね。ではお手をどうぞ、鈴さん」

 

 そう言って差し出された手を指先だけでおずおずと取ると、そんな様子がおかしかったのかまた千尋が笑う。

 

「これはこれは、どうやら今回は本当に可愛らしい方がいらっしゃったようです」

「……」

「からかってないで! 早く! 案内!」

「はいはい。それでは行きましょう。屋敷の中は広いので、迷子にならないよう気をつけてください」

「は、はい」


 こうして、鈴は曰く付きだと噂される神森家に足を踏み入れたのだった。

 


♠            

「鈴さんはもう眠りましたか?」


 千尋は気怠げに自室のソファに座って頬杖を付きながら部屋の隅に声をかけると、部屋の隅からニャア、と控えめな声が聞こえてきた。これは肯定だ。


「そうですか。さて、あの子を見てどう思います?」


 続けて問うと、先程まで猫が居た場所に雅が立っている。


「小さい、白い、気を張りすぎ、あと痩せすぎ」

「そうですね。私もそれが気になりました。白いのは混血だからでしょうが、あの腕や足の細さは少し気になりますね。あと、少し薬品の匂いもします」

「調べるのかい?」

「いえ、それほど強い匂いでは無いので大丈夫でしょう。ただ佐伯が血の繋がらない彼女をどういう意図でここへ寄越したのかは気になりますね」

「そりゃここの悪評を聞いて居候のあの子をここへやったって考えるのが一番妥当だと思うけど」

「なるほど。自分の娘達は嫁がせたくないけれど、侯爵家との繋がりは欲しいということですか。だとしたら彼女は佐伯の家では不当に扱われていたという事でしょうか?」

「まぁあの栄養失調一歩手前の体つき見りゃバカでも察するよ。で、どうする? あの子の世話係増やすかい?」


 神森家には使用人は三人しか居ない。一人は炊事場担当の喜兵衛。それから庭師の弥七、そして雑用係兼千尋の助手の雅のみだ。鈴を森の入口まで迎えに行った男たちはあの時だけ雇った者達だった。


 千尋は雅の質問に少しだけ考えて首を振った。


「いえ、それはまだもう少し様子を見てからにしましょう。時代は変わったようなので、もしかしたら彼女は自分の事ぐらいは自分で出来るかもしれませんし。とりあえず彼女の出自を調べるのが先でしょう」


 鈴の手はとても佐伯家の娘だとは思えないほど荒れていた。あれは間違いなく水仕事をしていた手だ。とすれば、やはり鈴は佐伯の家での扱いはあまり良くなかったと思われる。


「そうだね。それじゃ、あたしは戻るよ」


 雅は面倒そうに欠伸をして適当に返事をして出て行ってしまった。

 それを確認した千尋はソファにだらしなくもたれる。


「面倒ですね、結婚なんていつの世も。たった一時を共に暮らすだけの相手など、誰でもいいと言うのに」


 それでも千尋は慎重にこの縁談を進めなければならない。それが神森家の当主である、自分の役割なのだから。


 神森家に代々という概念はない。何故なら神森家は始まった時からずっと千尋が当主だからだ。もっと言えば千尋は1000年ほど前からここを守る龍神だ。


 色んな土地に今も龍神伝説が残っているが、そのほとんどは千尋のような龍族の者の事である。


 けれど、龍も万能ではない。一つしか無い体でこの国を守るのは到底不可能だ。

 

 その為に必要なのが、龍の神通力を受け取る事が出来る娘だった。


 それこそ昔は龍に嫁ぐのは名誉な事だとして巫女があちらから嫁いで来たが、今はもうそんな時代ではない。


 龍神の花嫁となった娘は月に一度その体に神通力を受け入れなければならない。そうして神通力を宿した娘の卵子は各地に居る巫女の末裔達に配られ、龍神の神通力を以てその地を守る。これが龍神の最も重大な役割だ。


 けれど生まれてくる子が全て千尋の神通力を宿している訳ではない。強い神通力を持つ子もいれば、そうでない子もいる。だからこそ選ぶ相手は慎重にならなければならなかった。少しでも強い力を宿せるように。


 そんな龍神の結婚相手に最も重要なのは血だ。

 

 龍はその人の中に流れる水の流れを知ることが出来る。体の中に流れる血液が穢れていては、神通力も通らない。そしてこの流れは大体一緒に住んでいる者たちや血縁者は似通っている。だから千尋は一度破談になった家にはもう二度と声をかけない。


 昔であればそれこそ庶民の中からでも巫女の力さえあれば嫁いできたものだが、時代が変わるとそれが難しくなってしまった。今の世は貴族は貴族同士でなければ婚姻は難しい。


 色々と面倒ではあるが、それが龍の都を追放されてこの地に降りた龍に課せられる罰である。

 

 

 翌朝、鈴は久しぶりすぎる寝台になかなか寝付けなくて、結局寝たのは明け方になってしまった。


 おまけに記憶にあったベッドとは違ってふかふかのスプリングは、容赦なく鈴の腰を痛めつけた。

 

「い、たたたたた。久しぶりにベッド使ったな……」


 しばらく痛めた腰をさすっていたが、いつもの時間になると不思議なもので、まるでスイッチが入ったかのように身体が動き出す。


 鈴は手早く着替えて身なりを簡単に整えると、昨日千尋に案内された炊事場に向かった。


 佐伯家では炊事場はまだつくばい式だったが、ここでは既に立働式台所が導入されていて、昨日案内された時に内心感動したのは秘密だ。


 炊事場に入ると、そこでは相変わらず狐の被り物を被った青年が既に調理を始めていた。


 昨夜この狐の被り物を見た時は怖いとさえ思ったけれど、明るい日の中で見たら何だか愛嬌があるような気がして少しだけ目の端を緩める。


「おはようございます」

「ん? ああ、おはようございます。どうかされましたか? お水でも汲みにきましたか?」


 青年は不思議そうに首を傾げながら鈴に問いかけてくる。


「いえ、お水は大丈夫です。何かお手伝いする事はありますか?」

「え!? お、お手伝い、ですか?」

「はい。家でもしていたので何かしていないと落ち着かないんです」

 

 突然の申し出に青年はキョトンとして答えた。


「千尋さまが選んだ家柄の方はそんな事はしないと思っていましたが、そうでもないのですね」

「その家庭によると思います。私は佐伯家で家事をしていたので。それに、最近の女学校では家事やお裁縫を習うそうです」

「なるほど、良妻賢母を育てるというやつですね。では卵を割っていただけますか?」

「分かりました。あの、一つ伺ってもいいですか?」

「はい?」

「調理中にその被り物……辛くないのですか?」

 

 ずっと気になっていた事を思い切って聞いてみた。するとそれを聞いた途端、青年はピタリと手を止めて後ずさる。そんな青年の様子を見て鈴は慌てて言った。


「あ、いえ! その、何か事情があるのでしたら別に答えなくてもいいです! その……不躾な質問をしてしまってすみません」

 

 思わず癖でいつものように青年に頭を下げた鈴に、今度は青年が慌てだした。


「いや! 頭を上げてください! 花嫁候補に頭を下げさせただなんて知られたら、すぐさまここを出る羽目になってしまいます!」

「え!? す、すみません!」

「ああ、だから頭を上げて! 後生ですから!」


 そうは言われても不躾で失礼な質問をしたのは自分の方だ。何よりも鈴は何かあるとすぐに謝る癖がすっかりついてしまっている。


 炊事場でいつまでも頭を下げ合う二人を一体いつから見ていたのか、入り口の方から小さな笑い声が聞こえてきた。振り返ると、そこには千尋が立っている。


「ち、千尋様!」

「千尋さま?」

「おはようございます、喜兵衛。それに鈴さんも。こんな所で何かの儀式ですか?」

「ちが、違うんです! その、私がこの方にとても失礼な質問をしてしまって、なのでその……」

「あ、いや自分がすぐに答えられなくて誤解をさせてしまっただけで、鈴さんは何も悪くはないのです!」


 二人の言い分を聞いて千尋は更におかしそうに目を細めると、おもむろに近寄ってきて言った。


「どうやらどちらも悪くはないようです。それで? 鈴さんはどんな質問をしたのです?」

「えっと、料理中にその被り物は辛くないのか、と……すみません」


 鈴の言葉を聞いて千尋はくつくつと笑った。


「何も謝ることはありません。喜兵衛は正真正銘狐です。これは被り物という訳ではないのですよ。そして雅は猫です。真っ黒な猫なのです」

「……え?」


 あまりにも唐突な千尋の言葉に今度は鈴が固まった。


 もしかしたらからかわれているのかとも思ったが、固まった鈴を見て喜兵衛が焦ったようにオロオロしている。そんな喜兵衛を無視して千尋は鈴の顔を覗き込んできてさらに続けた。

 

「おや? 信じませんか? ちなみに私はこの地を守る龍神です」

「りゅう……じんさま……?」

「ええ。驚きましたか?」

「……はい……とて……も……」


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