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龍の箱庭  作者: 揚羽渓名
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「あ、はい。私を引き取る際、私を佐伯家の戸籍には入れない事を条件に引き取ってくれたそうです」

「な、なんでまたそんな事……そういやあんた、最初に自分は居候だって言ってたけど、あれは本当に居候だったって事かい!?」

「はい。なので私は佐伯家の娘という訳ではないのです……ちゃんとお話してなくてすみません……」

「いえいえ、それは構いませんよ。あなたがやってきてすぐに私がちゃんとあなたについて調べましたから。私が言いたいのは、あなたと結婚するのに別に佐伯家の許可は特に必要無いという事が言いたかったのですよ」

「なるほど。佐伯家と縁を切りつつ鈴とも結婚出来るって訳か。いいんじゃないか? それで」

「で、でもいいんですか? だって、佐伯家に婚約者を求められたんですよね?」

「ええ。ですがそれはしっかりとした家系の血が欲しかっただけですから。私が欲しいのは家柄ではありませんよ」


 確かに家柄で言えば千尋の方がはるかに上で佐伯の家柄を得た所で何の得にもならない。


「ですが、それはあくまでも最終手段です。鈴さんは佐伯の家をとても大事にしている。それを裏切らせるのは私の本意ではないですから」

「ご迷惑をおかけします……」

 

 何だかとてもややこしい事になっているのだと気づいて、鈴は千尋に深々と頭を下げたが、そんな鈴の頭を千尋は優しく撫でてくれた。


「あなたは何も心配しなくていいんですよ。こういう事は私と雅に任せておいてください」

「そうだよ。大船に乗ったつもりで居な。それにしても何でまた蘭なんだ。最初は自分たちの娘をここにやる事もしなかったってのに!」

「やっぱり蘭ちゃんは無理やり手紙を書かされていたのでしょうか?」


 もしも無理にあんな頻度で鈴に手紙を書いていたのだとしたら、蘭にも申し訳無い事をしている。蘭はあんなにも夢を叶えたがっているのに、その邪魔を鈴はしたくない。


「きっとそうだよ! 蘭を嫁がせりゃ正式に神森との繋がりが出来る。だからここへ来てこんな手紙を寄越したんじゃないのか?」

「雅、憶測でそういう事を言うのは感心しませんね」

「だっておかしいじゃないか! 何だって今更そんな事言い出すんだい!?」

「それは分かりませんが、佐伯家にはきっと何かそうした方が利があるのでしょう。ですが、私は鈴さんが良い」

「!」 


 「鈴が良い」とはっきり言いきった千尋に鈴は思わず息を呑んでしまった。胸のあたりが締め付けられるように苦しくて熱くなる。


「あたしだってそうだよ! そりゃちょっと反対もしたけどさ」

「雅さん、私はあれを反対だとは思ってませんよ」

「え?」

「私の事を心配してくれたんだって思ってます」

「……そ、そりゃ心配もするさ。こちとら歴代の嫁見てきてんだから……」


 そう言って雅は猫の姿になって鈴の膝の上に飛び乗ってきた。

 

 最近気づいた事だが、雅は照れたりしょんぼりすると猫に戻る。そうしたら顔色を隠せると思っているのかもしれないが、人型で居る時よりも猫の時の方が雅は分かりやすい。


 そんな雅を見て千尋は微笑みながら言った。


「それについても私は解決策を探すつもりです」

「どうやってさ」

「タイミングの良い事に、もうじき私の里帰りなんですよ。もしかしたらあちらの文献に何か解決策があるかもしれないでしょう?」

「そうだった。すっかり忘れてたよ。いつだっけ?」

「今月の終わり辺りです。それから一ヶ月ほど私は家を空けますが、家のことをよろしくお願いしますね、鈴さん」

「は、はい!」


 千尋に家の事を任されるなんて思いもよらなかった鈴は勢いよく頷く。千尋が居ない間もしっかりと神森家を守ろうと心に誓うと、そんな鈴を見て千尋が笑った。


「そんなに気合を入れなくてもいつも通りで十分ですからね。雅達の事、どうぞよろしくお願いします」

「こ、こちらこそ!」

「このまま鈴が女主になったら、あたしは楽が出来ていいねぇ」

 

 そんな事を言って洗濯物を猫の姿で器用に畳む雅に、鈴と千尋は思わず顔を見合わせて笑ってしまった。


「ところで鈴さん、クリスマスプレゼントは何が良いですか?」


 一しきり笑ったところでふと千尋が言った。


「え?」


 あまりにも唐突で鈴が思わず首を傾げると、千尋は少しだけ考えてハッとした顔をする。


「クリスマスは確かサンタクロースがやってくるのでしたか?」

「えっと」


 戸惑う鈴にさらに千尋は困惑した顔をする。そんな千尋を見て雅がおかしそうに言った。


「サンタクロースはさり気なく何が欲しいか聞くんだよ。そんな真正面から聞いちゃ意味が無いじゃないか」

「そうなのですね……すみません、勉強不足で」


 そう言って申し訳無さそうに言う千尋に鈴は慌てて両手を振る。


「とんでもないです! い、今は特に何も困っている物は無いのですが……」

「鈴、困ってる物じゃなくて欲しい物だよ」

「ほ、欲しい物ですか? ……すみません、すぐに思いつかないです……」

「欲がないねぇ、あんたは。千尋、あんたが何か見繕ってやんなよ」

「私がですか? 女性が喜びそうな物をあまり知らないのですが……」

「女性が、じゃなくて鈴が、欲しそうな物だよ。もしくは鈴に似合いそうな物とか」


 呆れたような雅の言葉に千尋は小さく頷く。


「その方がまだ見つけやすそうです。分かりました。それではクリスマス、楽しみにしていてくださいね」

「で、でも」

「鈴。ここは甘えときな。あんた千尋の嫁になるんだろ? 千尋に限らず、誰かが誰かにプレゼントをするのは、相手に喜んで欲しいからだ。断る方が無粋だよ」


 雅に言われて鈴はコクリと頷いた。雅の言う通りかもしれない。鈴が千尋達に食事を作って喜んでもらえると嬉しいのと同じ事なのだろう、きっと。


「ありがとうございます、千尋さま。楽しみにしています」

「はい」

「千尋さまはクリスマスに何か食べたい物はありますか?」


 本当は鈴も皆にプレゼントを贈りたいが、生憎鈴には手持ちがほとんどない。こんな事でしか恩返しの手段が思いつかないのが悔しいが、何もしないよりはきっとマシだ。


「そうですね……では、とんかつが良いです。それからあのパウンドケーキも。ああ、ゼリーも良いですね」


 そう言って千尋は今まで鈴が作った料理のほとんどの名前を挙げる。そんな千尋に思わず鈴が笑うと、横から雅がヒソヒソと話しかけてきた。


「鈴、千尋を見習うんだよ」

「千尋さまを?」

「ああ。厚かましいだろう? あれぐらいで良いんだよ」

「あ、厚かましいとは思いませんが、さすがに全ての料理は難しいかと……」

「いいんだよ、適当で。何作ったって喜ぶさ」


 意地悪な笑みを浮かべる雅と困ったように笑う鈴の目の前で千尋はまだ料理の名前を挙げていた。

 


 クリスマスの一週間前の事である。


 千尋は弥七と、ようやく神森家に戻ってきた喜兵衛を連れて街に繰り出していた。


「千尋さま、まだ買うんですか?」


 どんどん増える女物の洋服や反物、髪飾りや果ては腕時計など、もう何がしたいのかと思うほど買い込む千尋に、それまで黙って荷物持ちをしていた喜兵衛がとうとう声をかけてきた。

 

 そんな喜兵衛に千尋は振り返って言う。


「華やかでいいですね、街は。そこら中に鈴さんに似合いそうな物が溢れています」

「いえ、それ答えになってないんですが……」

「喜兵衛、聞くだけ無駄だ。千尋さまは買い物の楽しみを覚えてしまったみたいだ」

「買い物の楽しみって……そんな事に目覚めてどうするんだよ」


 呆れたような喜兵衛の声が聞こえるが、千尋はそれを無視して通りを見渡す。


 相変わらず千尋の目の色や髪の色で白い目を向けられる事もあったが、不思議と今日は平気だ。きっとそんな事を気にしている暇がないからだろう。


「そうだ! 鈴さんと言えば本です。洋書を忘れてはいけませんね」

「まだ買うんですか!? 自分達の腕は二本ずつしか無いんですよ!?」

「おや、あなた達の腕を合わせれば四本もありますね。まだいけそうです」

「……」


 冗談交じりに言った千尋にとうとう喜兵衛も弥七も黙り込んでしまった。そんな二人に思わず千尋は笑う。


「冗談ですよ。次が最後です。あなた達は買い物はしなくて良いのですか?」

「自分はさっきの店で買いました」

「俺もです」

「そうですか。では本屋が終わったらミルクホールへ行って休憩をしてから帰りましょう。それでもお願いしているハイヤーの時間には十分に間に合うでしょう」


 千尋の言葉に二人はようやく終わると思ったのか、やっと嬉しそうな顔をする。


 自分でも不思議なのだ。今まで買い物をこんな風に楽しんだ事など無い。

 

 最初は鈴に似合いそうな物をいくつか見つけられればいいなどと思っていたのに、街に来ると、どれもこれも似合いそうな気がして気づけばこんな事になってしまった。

 

 初にすら贈り物など選んだ事などない。鈴と居るとどんどん自分が自分ではなくなっていくような感覚に、怖いような楽しみなような複雑な思いだ。

 

 本屋での買い物を済ませて手近な所にあったミルクホールに入って注文を済ませると、喜兵衛が大きなため息を落とした。


「はぁ……重かった……」

「お前は力が無いからな。普段包丁よりも重いものを持ってないからだ」

「そういう弥七は繊細さが無いんだよ。この風呂敷の包み方の雑さと言ったら」

 

 そう言って弥七は座席の上に置かれた風呂敷を指さして言う。


「中身がこぼれなきゃ何でもいいだろ?」

「シワになったらどうするんだよ?」

「それは姉御が伸ばしてくれる」


 千尋は目の前で繰り広げられる狐たちの話をニコニコしながら聞いていた。


 今までこの二人とこんな風に行動した事などない。そもそもほとんど屋敷から出かけない千尋が外に出る時は決まって仕事の時で、その場合は必ず雅が同行していたからだ。


「ほら二人共、注文していたものが来ましたよ」


 千尋が声をかけると、二人は店内を見渡して自分たちの注文の品がやってくるのを待っている。


「二人共、今日はありがとうございます」

「いえ、千尋さまが楽しめたのなら良かったです」

「俺は別に冬の間は比較的暇なんで。それに自分の買い物も出来たので助かりました」

「そうですか? ではまたお願いしましょうか」

 

 笑いながら千尋が言うと、二人は同時に嫌そうに表情を歪めて言った。


「……その時はもう少し買い物自重してくださいね」

「……今度は車で来て俺は車で待ってます」

 

 と。



 クリスマス当日、鈴は昼過ぎから既に炊事場に立っていた。


「鈴さん、天火の準備が出来ました!」

「ありがとうございます。ではこれを入れてください」

 

 そう言って喜兵衛に渡したのはクッキーの生地だ。それが終わったら次はゼリーに取り掛かる。

 

 忙しなく動き回っていると、ふと喜兵衛が笑いを漏らした。

「? どうかしましたか?」

「いえ、何か……帰ってきたって感じがします」


 喜兵衛は先日ようやく神森家に戻ってきた。それからまた炊事場は二人の戦場だ。


「私も、ようやく師匠が戻ってきた感じがして嬉しいです」

「師匠ですか?」

「はい。喜兵衛さんは私の料理の師匠であり、千尋さまの健康を共に支える同志だと勝手に思っています」


 笑いながら鈴が言うと、一瞬喜兵衛が泣きそうな顔をした。


「同志か……それに自分が師匠ですか?」

「はい。世間知らずな私でも喜兵衛さんの作るお料理が素晴らしい事は分かります」

 

 いわゆる家庭料理しか出来なかった鈴に飾り切りや繊細な味付けなんかを教えてくれる喜兵衛は今や鈴の師匠である。

 

 そこへ雅がやってきた。


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