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「それもそうだ。食べたら聞きな! 絶対だよ! こいつが今までしてきた事を、ちゃーんと聞いてから決めるんだ、分かったね!?」
雅の言葉に鈴はコクリと頷いて目の前の食事を急いで食べ始めた。どうやら千尋に嫁ぐという事は、一筋縄ではいかないようだ。
「大丈夫ですか? 鈴さん」
「は、はい。すみません」
急いで食事を終えたのは良かったが、鈴は今度は苦しくて起き上がれなくなっていた。そんな訳で今は千尋の部屋のソファで休んでいる。
そんな鈴に千尋は苦笑いしながら水を持ってきてくれる。それを受け取った鈴は深呼吸をしてお礼を言って水を受け取った。
「少し横になりますか? ちょっと待っていてくださいね。何かクッションを持ってきましょう」
「あ、いえ、もう大丈夫です。ありがとうございます」
流石にこれ以上千尋の手を煩わせる訳にはいかない。鈴はどうにか座り直して千尋に頭を下げた。そんな鈴を見て千尋も安心したように笑い、何故か鈴の隣に腰を下ろす。
「あ、あの」
「近いですか?」
「は、はい」
いつも思うが、千尋は本当に良い匂いがするのだ。何よりも鈴は男性慣れしていない。だからかどうかは分からないが、何だかドギマギしてしまう。
そんな鈴を覗き込んで千尋がいたずらに笑った。
「ですが、結婚すればこういう事も増えると思いますよ?」
「ま、まだ結婚していません!」
「ふふ、そうでしたね。まだ返事は保留でした。では移動しましょう」
それだけ言って千尋は鈴の正面に移動して静かに話し出す。
「龍の仕事は前にも話した通り、私の神通力を宿した子を各地に送る事だと話しましたよね?」
「はい」
実を言うとそれがどういう意味なのかちゃんと理解していなかった鈴だ。
ただの比喩なのか、それとも実際に子供を生むのか、だとすれば一体どれほどの人数を埋めばいいのかさっぱり分からない。だから出来るだけ考えないようにしてきたが、やはりそうは言っていられない。雅の言う通り、神森家に嫁ぐと決めたのなら、きちんとそういう事も知っておくべきだ。
姿勢を正した鈴を見て千尋は小さな息をついて話しだした。
「先に言っておきますが、あなた達人間の営みと、龍の加護を持つ子供を作るのは方法が全く違います」
「え?」
「神通力を宿した子は、母親の卵だけを使います」
「た、卵?」
一体どいう事なのかさっぱり分からなくて目を白黒させていたであろう鈴を見て、千尋は小さく吹き出す。
「いえ、すみません。そうですね。鈴さんにそういう知識がどれほどあるのかは分かりませんが、私は誰かと寝た事は一度もありません。それは龍も含めてです」
「……」
寝る、とは? 思わずキョトンとしてしまった鈴を見て、千尋はとうとう本格的に笑いだしてしまう。
「ああ、何て言ったら良いのか……男女の営みと言えば分かりますか?」
「!」
その言葉にハッとした鈴を見てようやく千尋は安心したかのように胸を撫で下ろす。男女の営みについて詳しい事はさっぱり分からないが、ここへ来る前に蘭がそれとなく教えてくれた。
思わず顔を赤らめた鈴を見て千尋が言う。
「そんな赤くならないでください。何だか私まで照れてしまうではないですか」
「す、すみません」
「いいえ。むしろそれほど純粋で大丈夫なのかと少し心配になりますね。えっと、話を戻します。さきほど雅が言った儀式というのは、月に一度、あなたの卵に私の神通力を送り、それを各地の巫女の器を持つ方に送るというものです」
「!?」
「とは言え利用するのはあなたの卵だけですから、そういう行為は一切ありません。安心してください。ちなみにあなたの遺伝子なども一切残りませんので安心してくださいね」
「そ、それは巫女さん達は驚かれるのでは……」
「それも大丈夫です。そういう人たちを選んで送るので。龍の卵は私の笛で空に舞い上がり、しかるべき人達の所に宿ります。それが、私の仕事なのですよ」
「それは何だか神秘的です。えっと、でも雅さんはそれを何故あんな風に怒っていたのでしょうか?」
「それは……あなた自身は子供を宿すことが出来なくなるから……です」
「……そうなのですか?」
「はい。あなたの一生分の卵を使いますので、あなた自身の子供は出来ません。雅はそれを嘆いていたのですよ」
般若のような顔をして怒っていた雅は、鈴の子供の事を心配していたのか。
「それからまだあります。龍の神通力を宿すには相当な体力を必要とします。恐らくその後3日は起き上がれません。必然的に、龍の花嫁は平均寿命がとても……短くなってしまいます」
千尋は躊躇うように言った。その顔は申し訳なさそうで、何だか鈴の方が泣きそうになってしまう。
「どうして千尋さまがそんな顔をするのですか」
「私は国を守る代わりに、その代の花嫁を犠牲にしてきたのです。もちろん歴代の方たちは神通力の送り方や自身の子供については納得されていましたが、寿命が縮むのは私にも予測が出来なかったのです。ですが、今までの方が皆短命だった事を考えると、多分鈴さんも……」
そう言って視線を伏せた千尋を見て、鈴はようやく合点が言ったように頷く。
どのみち佐伯家に居れば長生き出来たとしても退屈で、誰の役にも立てない人生を送っていたのだ。
けれど、このまま神森家に嫁げば少なくとも神様のお手伝いが出来る。それは鈴にとって、唯一誇れるものになるのではないだろうか。
鈴はそこまで考えて顔を上げた。未だに申し訳無さそうな千尋を見て微笑む。
「では私は太く短く生きるようにしようと思います。千尋さま、最後のその時まで、ふつつかではありますが、どうぞよろしくお願いいたします」
「……本当に?」
「はい」
「……分かりました。鈴さんが逝ってしまった後は、必ず私の元へ来られるよう尽力します」
「お願いします」
以前言った約束を覚えていてくれたのかと鈴が笑うと、千尋も困ったような泣きそうな顔をして微笑んでくれた。
部屋に戻ると、寝台の上で雅があぐらをかいて腕を組んでこちらをじっと見ていた。
「ただいま戻りました」
「で、どうなんだい?」
「ここに嫁ぎます」
「佐伯家の為か、それとも千尋の為か」
「いいえ。自分の為です。私が、ここを離れたくないのです」
はっきりと言いきった私を見て雅が口を開いて何か言いかけようとしてすぐに閉じた。そんな雅の隣に腰掛けると、雅はポツリと言う。
「あんたはバカだ」
「はい」
「こんなバカは見たことないよ」
「すみません」
「どうしてよりによってあんなみたいな子が来ちまったんだ!」
どこまでも鈴の事を心配してくれる雅は何だかお母さんみたいだ。鈴はギュっと雅に抱きついて言った。
「雅さん、大好きです。これからもよろしくお願いします」
「当たり前だろ。千尋の良いようになんかさせるもんか。絶対にあんたは長生きさせてやるから」
「ありがとうございます」
鈴は雅の胸におでこを押し付けて甘えるように言うと、そんな鈴をやれやれと言った様子で雅は撫でてくれる。
「あんたは甘えただねぇ」
「かもしれません。小さい頃はそれこそ夜中にお手洗いも一人で行けませんでした」
「……それは勘弁してくれ」
鈴の言葉に途端に苦い顔をした雅を見て鈴が笑うと、ようやく雅も笑ってくれた。
翌日、いつものように炊事場へ行くと、珍しく喜兵衛が居なかった。辺りを見渡してもまだ何の準備もされていない。
「喜兵衛さん、どうしたんだろう……」
こんな事、鈴がここへやってきて初めての事だ。何かあったのか、体調を崩したのかと心配していると、そこへ雅がひょっこりと顔を出した。
「鈴じゃないか。早起きだね」
「雅さん! 喜兵衛さんがいらっしゃらないんですが、体調不良でしょうか?」
「ああ、違う違う。昨夜遅くに休日を前倒しさせてくれって千尋に申し出があったんだよ」
「え!? ま、まさかご家族に何かあった……とか?」
青ざめて言う鈴に雅は苦笑いして首を振る。
「違うよ。ちょっと今はここに居たくないみたいだ。まぁあれだ、戻ってきたらいつも通りに接してやってくれよ」
「もちろんです。そう言えば弥七さんは里帰りはされないのですか?」
「弥七は勘当同然でここへやって来たから、あんたと一緒で帰る所が無いんだ」
「そう……だったんですね」
何か聞いてはいけない事を聞いてしまった気分になった鈴は、無言で朝食の準備を始める。
「あんたが朝食を作ってくれんのかい?」
「はい。あ、雅さんが作りますか?」
「いや、作ってくれるんならありがたい。ここは任せてもいいかい? あたしはちょっと蔵の整理しなきゃいけないんだ」
「ここにも蔵があるのですか?」
「あるよ。まぁ滅多に誰も入らないんだけどさ」
「そうなんですか? それじゃあ後でお手伝いに行きますね」
「ああ、助かるよ」
それだけ言って雅は炊事場を後にした。鈴はそんな雅の背中を見送って朝食の支度に取り掛かる。
何だか一人で朝食の準備をするのは久しぶりで、少しだけ寂しかった。
「今朝は洋食なのですね」
「はい。喜兵衛さんが今日からお休みされるとの事なので、しばらくは私がお食事の用意をしようと思うのですが、構いませんか?」
「もちろんです。ありがとうございます、鈴さん」
「全く、あんたはデカい顔して部屋でゴロゴロしてりゃいいのに」
雅がいつものように配膳してくれるついでにそんな事を言うが、鈴の性格的にそれは出来ない。
「ゴロゴロしていても、きっと色んな事が気になって意味が無いと思うんです。それなら動いていた方が良いです」
「働き者な嫁さんで幸せだねぇ、千尋」
「ええ。本当に」
にっこり微笑む千尋は朝からとても美しい。千尋にも大分慣れてきた鈴は、最近よく千尋を観察している。
千尋は仕事中や食事の時には必ずその長い髪を半分ほど結い上げているが、休憩になった途端に外す。きっとあれは千尋のスイッチの役割をしているのだろう。
あまりにも鈴がじっと千尋を見つめていたからか、ふと千尋と目があった。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ。やはり龍神さまは美しいのだなぁ、と見惚れていました」
「そうですか? それはありがとうございます。でも、あなたも十分美しいですよ」
「そ、そんな事はありません。私はその、バタ臭いと言うそうです」
何度か久子が鈴の事をそう言っていたのを聞いて不思議に思っていたが、その言葉の意味は蘭が教えてくれた。正直少しだけ傷ついたが、まぁ事実なので反論もしない。
「あんたそんな事言われてたのかい?」
「はい。たまにですが」
「バタ臭いだなんて……あなたは妖精のようです。色が白くて小さくて、瞳の色と少し癖のある髪がとても美しいですよ」
「え、えっと……あ、ありがとうございます」
言われ慣れない言葉の羅列に思わず鈴が頬を染めると、それを聞いていた雅が顔を顰める。
「あんた達さ、朝っぱらからそんな褒めあって何がしたいんだよ。そんな歯が浮きそうな言葉よく言えるね」
「歯が浮く……初めて聞きました。どういう意味ですか?」
歯が浮くなんてことがあるのか? 鈴がキョトンとして雅を見ると、雅は肩を竦めてそのまま食卓を離れてしまった。そんな雅を見て千尋は笑っている。
「歯が浮く、というのは気取った言葉や行動などを見て嫌な気持ちになる時に使うんですよ」
「い、嫌な気持ち……」
青ざめた鈴を見て千尋が慌てて付け加える。
「ですが今の雅の場合は、あんた達よくそんな恥ずかしい事朝っぱらから言えるわねって事だと思うので、気にしなくていいですよ」
「そうですか。こういう奥ゆかしさが無いのも私の駄目な所ですね。菫ちゃんにもよく言われてたのに」
そう言って俯いた鈴を見て千尋が尋ねてくる。




