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龍の箱庭  作者: 揚羽渓名
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「初の話では、彼女は初を脅して無理やり金庫を開けさせたそうです。罪の意識からでしょうか。女性は初を利用してそこから金銭を盗んだのだと、謝罪の手紙を残してそのまま行方知れずになってしまいました。彼女は初にこう言ったそうです。私に暗号を教えてもらった。この事が世間にバレたら、私がどうなるか分かるだろう? と」

「それは脅迫ではないですか!」


 鈴が珍しく声を荒らげて視線を伏せた。


「そうですね、脅迫です。初はそれを信じて金庫を開けたと嘆いていました。私の罪が外部に漏れるのを恐れたのだと」

「初さんは直接千尋さまに確認はされなかったのですか?」

「ええ。そんな事をしている暇は無いと思ったそうですよ」

「確かに大切な人が何か犯罪に関わっているかもしれないと思ったら、そんな行動を取ってしまうかもしれませんね」

 

 そう言って悲しげに視線を伏せた鈴を見て千尋は首を傾げた。どうして鈴がこんな顔をするのだろうか? と。


「鈴さん、そんな顔をしないでください。これはもうずっと昔の話ですから」


 慰めるように千尋が言うと、鈴は泣きそうな顔をして千尋を見上げてくる。


「ですが、千尋さまは故意に暗号を流した訳ではないのでしょう? それなのに千尋さまが全ての罪を被って地上に追放になったのですか?」

「ええ。私が罪の中でも最も重いとされる、地上での龍神をするという罪を自ら望んだのですよ」

「……え?」

「私は確かに関与していません。ですが、使われたのは私の暗号です。それは私の管理が悪かったという事に他なりません。ですから私は、当時地上の管理が空いていたので自ら地上に追放される事を望んだのですよ。そして利用されてしまった初と番関係を結んだのです。それが彼女の望みでしたから」

「せ、せっかく番になったのに……そんな事をしたら初さんが……」

 

 泣きそうな顔をする鈴を見て千尋はポツリと言った。


「そこが、私が冷たいと言われる所以なのですよ」

「どういう……事ですか?」

「その時の私は番になったばかりの初や友人の事など少しも考えていませんでした。私は私の責務を果たすことだけを考えていたのです。だから罰を望んだ。その時に皆がどんな思いをするかなど考えもせずに」


 あの日の千尋の決断は、きっと皆を深く傷つけた事だろう。今更になってそんな事に気付くなど本当に愚かな事だ。だから余計に待たないで欲しいと思うのかもしれない。

 

 そんな千尋に鈴は悲しそうにポツリと言う。


「早く、都に戻れるといいですね」


 と。

 

 そんな鈴の一言に千尋は思わず首を傾げてしまった。


「どうしてそう思うのです?」

「私は千尋さまが冷たい方だと思った事が無いんです。あなたはこの国の全ての人たちを守ろうとしてくれている。それは愛情が無ければ絶対に出来ない事です。それから……実は少し前に雅さんが教えてくれたんです。あなたは絶対に心を人には渡さない、と。だから私がいずれ傷つくと忠告をしてくれた事がありました。その時はどういう事かと思っていたのですが、こういう事だったのですね」

「こういう事、とは」

「千尋さまには既に心に決められた方が龍の都にいらっしゃると言う事です」

「……」

 

 あまりにも真摯な鈴の言葉に千尋は思わず言葉を詰まらせた。


 初には確かに申し訳無い事をしたと今も思っている。だからこそ初と番を結んだのだ。


 けれど、初を愛しているかと問われたら、それは違う。

 

 こんな事を話せばきっと鈴の事も傷つけてしまうのだろう。雅が心配しているのは、千尋のそういう部分なのだ。

 

 千尋は人に心を渡さないのではない。誰にも、心を渡さないのだ。


「千尋さま、私、神森家に嫁ぎます」

「……え?」


 あまりにも唐突な鈴の言葉に千尋は一瞬自分の耳を疑った。こんな話を聞かされたら絶対に鈴はここを出ると言うだろうと思っていたのだ。


 けれど、それとは反して鈴はここへ嫁ぐという。正気か? とも思ったが、鈴の顔は至って真剣だった。


「私は傷つきません。雅さんも心配してくれましたが、私はもう十分に色んな人から愛情をもらっています。それに、打算的だと笑われてしまうかもしれませんが、もしかしたらこんな私でもこの国の為に役に立つことが出来るのかもしれないと思うと、とても……えっと、光栄です」

「!」


 こんな話を聞いてもなお微笑んで見せた鈴を見て千尋は胸を詰まらせた。

 

 そして気付く。鈴に比べてどれほど自分が今まで無価値で虚しい人生を送ってきたかを。


 そんな千尋に鈴は言った。名前の通り鈴の鳴るような透明な声で。


「何より千尋さまにも早く幸せになってほしいと思います。あなたはもう十分この国を守ってくれたと思うので」

「……鈴さん……」


 こんな事を今までの花嫁たちが、初が、友人が、同僚が言ってくれた事があっただろうか? 


 胸の奥が詰まって言葉が出てこない。鼻の奥がツンとして頭の後ろ側がツキンと痛む。これが一体何なのかは分からない。


 ただ言えるのは、鈴は今まで見てきた花嫁候補達とは全然違うという事と、千尋にはやはり勿体ないということだ。


「鈴さん、あなたは私には少々出来すぎています。私はあなたが思うほど完璧な存在ではありませんよ」

「それは千尋さまが決める事ではありません。あなたを慕う人たちが決める事です。少なくとも私は、そう思っています」


 千尋は視線を伏せて静かに正直な気持ちを伝えたけれど、鈴はそれを受け入れはしなかった。


 そんな鈴に千尋は静かに問いかけた。どのみちそろそろ本気で花嫁を見つけなければならなかったのだ。そういう意味では鈴は理想的すぎる。


「本当に……良いのですか? 雅の言う通り、あなたはこの先傷つくかもしれませんよ? 私は本当に愛が何かよく分からないのです。また初の時のように間違いを侵す事もあるでしょう」

「それは誰にも分かりません。傷つかないかもしれませんし、傷つくかもしれない。でも、千尋さまの仰る部分も全て含めて千尋さまです。それに私も愛の種類はイマイチよく分かっていないので、その部分に関してはお揃いですね」


 そう言ってにっこりと笑った鈴を見てとうとう千尋は顔を覆う。


 そんな千尋を見て慌てたように鈴が言った。


「あ、でも私は千尋さまのお考えに従うつもりです。生意気を言いましたが、自分の立場はちゃんと理解しているつもりです」

「はは、何を言うのですか。あなたほどここに相応しい人は居ませんよ。ただ、そうですね……あなたのその美しさが私には少し眩しいです。あなたの返事はとても嬉しいです。ですが、もう少しだけあなたの返事は保留にしておきます。龍の花嫁になるには後少しあなたに不利な条件があるので、全てを聞いてから決めてください。少し長くなると思うので、先に夕食をとりましょう」


 そう言って微笑んだ千尋の言葉に鈴はキョトンとして首を傾げているが、鈴の答えは静かに千尋の中に音も無く沈んでいった。


 鈴の存在はこれから先もしかしたら千尋の何かを変えてしまうかもしれない。それでも何故か心の中は浮足立っていた。

 



「あんた! 正気かい!?」

「雅さん。ごめんなさい、あれほど忠告してもらったのに」


 千尋の部屋で喜兵衛が運んできてくれた遅めの食事を摂っていると、そこに般若のような顔をした雅が物凄い勢いでやってきた。きっと鈴の出した答えを配膳にやってきた喜兵衛に聞いたのだろう。


 そんな雅などまるで眼中に無いかのように千尋が鈴に言う。


「あ、鈴さんすみません、醤油を取っていただけますか?」

「はい、どうぞ。お塩もいりますか?」

「そうですね。ありがとうございます」


 そう言って塩を受け取った千尋は、自分の皿に適量の塩を出して雅を見る。


「雅、食事中ですよ。お説教なら後にしてください」

「出来る訳ないだろ! 鈴! いいかい、何度も言うようにこいつにお似合いなのは、金とか名誉とかそういうのに執着してる後腐れない女なんだよ! あんたそのどれも違うだろ!?」

「そ、それは雅さん、御本人を前にして流石に言い過ぎでは……」

「大丈夫ですよ、鈴さん。雅の口の悪さは折り紙付きですから」

「あんたは黙ってな! 鈴、よーく考えな! こいつと儀式とか出来んのかい!?」

「儀式? 何か儀式をするのですか? も、もしかして生贄的な……?」

 

 何せ千尋はドラゴンだ。もしかしたら結婚したと同時に食べられてしまったりするのだろうか? 思わず怯んだ鈴を見て千尋は優しく微笑んだ。


「生贄だなんて、一体龍にどんなイメージを持っているのですか?」

「え? そ、それはその……ドラゴンと言えば火を噴いたり人を食べたり……?」

「ははは! なるほど、鈴さんの中では龍と言えばドラゴンなのですね。でも残念ながら龍とドラゴンでは元の種族が同じでも生態がまるで違います。私達は人を食べたりしませんし、もちろん火を噴いたりもしません。安心してください」

「あ、そうなんですね」


 ホッと胸を撫で下ろした鈴を見て、雅が鈴を抱きかかえるようにして千尋を睨みつける。


「鈴、こいつと結婚するって事はどういう事なのかもう一度ちゃんとよく聞いてから決めな!」

「は、はい! もしかしてそれがさっきの保留のお話ですか?」


 雅のあまりの剣幕に鈴は思わず頷いて千尋を見ると、千尋は困ったような顔をして笑みを浮かべる。


「ええ。ですが、それはあまり食事中にするような話ではないと思うので」

「?」

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