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龍の箱庭  作者: 揚羽渓名


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 ずっと隠し通せる訳など無いとは思っていたが、バレるにしても最悪のタイミングだ。持病という訳ではないが、定期的に薬を飲まなければいけない体だと知られたら、それだけでこの屋敷から追い出されてしまうかもしれない。


 鈴は拳を震わせながら頭を下げると、そんな鈴の頭上から雅の不思議そうな声が聞こえてくる。


「どうして謝るんだい? あんた別に何も悪いことしてないじゃないか。それに、あんたが薬を常用してたことはとっくに知ってるよ」

「え!?」

「当たり前じゃないか。千尋は龍だよ? しかもあいつは水龍だ。あんたの体内を流れる血に薬品が混ざっている事なんて、会った瞬間にお見通しだよ」

「そ、そう……だったんですか……そうとも知らず、私ってば必死になって隠そうだなんて小賢しい事をしてしまいました……」


 思わず呟いた鈴に雅は声を出して笑った。


「誰も小賢しいだなんて思っちゃいないよ! あんたが使う日本語はたまに独特だね。それにしても、ようやく謎が解けたよ。痛み止めか。しかもこれそこそこ良い漢方だ。高かったろ?」


 雅はそう言って袋の中にあった薬の種類が書いてあるメモを見て言うが、鈴はその言葉に顔を引きつらせた。


「実は私、そのお薬の値段知らないんです……」

「何でまた」

「それが――」


 そう言って鈴は屋敷での事を雅に話すと、雅は何かに納得したかのように頷く。


「なるほどね。あんたは佐伯の家で隔離はされていたかもしれないが、ちゃんと気にかけてくれる奴はいたんだね。安心したよ」

「はい。でもこのお薬、高いんですね……私のお小遣いじゃ全然足りなかったんじゃないのかな……」


 そう言って鈴は薬の袋を見て青ざめた。佐伯家から貰うお小遣いのほとんどを毎月薬代として蔵前に置いていたが、もしかしたら全然足りなかったのではないだろうか。


 急に不安になってきた鈴は雅に尋ねた。


「これ、いくらぐらいするものなんですか?」

「詳しい値段までは分からないけど、あんた小遣いをこれにつぎ込んでたのかい?」

「ええ。でも、全然足りなかったと思います。私のお小遣いなんて雀の涙でしたから」

「だろうねぇ。あんたも馬鹿だね。勝手に置いてくんだから、律儀に金なんて払わなくても良かっただろうに」

「そういう訳にはいきません! ただでさえ一人ぼっちになった私を引き取ってくれて、その事には本当に感謝しているんです。その上勝手に怪我をしてお薬までお世話になっていたのですからそれは当然かと……でも、全然足りなかったですよね……多分」


 感謝の想いも込めてなけなしのお小遣いを置いていたが、きっと二束三文だったに違いない。


 しょんぼりと落ち込む鈴の頭を雅がよしよしと慰めるように撫でてくれる。


 先程千尋にも撫でられたが、何だか雅に撫でられる方が気持ちがこもっているような気がするのが不思議だ。


「今更そんな事を嘆いても仕方ないだろ? それに、それを置いた奴はきっとあんたから金を取ろうだなんて思ってなかっただろうよ。大丈夫だよ、あんたの気持ちはきっとそいつにも伝わってるさ」

「そうでしょうか?」

「そうだよ。動物はちゃんとそういうのを受け取れるようになってんだ。もちろん、あんた達人間もだよ。どんな気持ちも相手にはちゃんと伝わる。よーく覚えときな」

「はい」


 何でもよく知ってる雅が言うのだ。きっとそれは正しいに違いない。


 素直に頷いた鈴を見て雅は笑って頷くと、鈴を支えて寝台に運んでくれた。


「あんたはもう今日はゆっくり休みな。夕食はここに持ってきてやるからさ」

「でも、それじゃあ千尋さまが一人になっちゃうんじゃ……」

「あいつの事は気にしなくていいよ。今までも一人だったんだ。一日ぐらいどうって事ないよ」

「そういうものですか?」

「そういうものだ。ほら、横になって大人しくしときな。まだ痛いんだろ? ちょっと熱も出てる気がする」


 言いながら雅は鈴のおでこに手を当てて顔をしかめる。こんな風に誰かに心配されるのは幼少期以来だ。鈴は大人しく寝台に転がって布団を被ると、そっと雅の服の袖を掴んで甘えるように言った。


「夜、一緒に寝てくれますか?」

「なんだい、しょうがない子だね。今日だけだよ」


 鈴の言葉に雅は面食らったような顔をしながらもからかうように承諾してくれる。


「はい!」


 とは言え雅は気づけばいつも鈴の足元で丸くなって、時には大の字でお腹を出して寝ているので今更という気はするが、何となく甘えたくなってしまった。


 雅が部屋から出て行くと、鈴はそっと目を閉じた。雅の言うように熱があるのか、何だか揺りかごの中にでもいるかのようにフワフワする。


 それからしばらくして、もう少しで眠りに落ちそうだと思った時、何か冷たい物が額に触れた。それが何なのか確かめようとゆっくり目を開けようとすると、耳元で優しくて艶のある声が聞こえてくる。


「どうかそのままで。大丈夫ですよ、すぐに良くなります」

「……ん……」

「良い子ですね」

 

 これは夢なのかそれとも現実なのか判別もつかないまま、鈴はそのまま眠りに落ちてしまった。

 

 目が覚めると背中の痛みはすっかり引いていて、何だか体が妙に軽い。

 

 窓の外を見ると既に夜なのか、どこか湿気た空気が隙間から入り込んできた。


「んぁ? 鈴、目が覚めたのかい?」


 体を起こすと、枕元で丸くなって寝ていた雅が目を覚ました。


「雅さん……すみません、私、あのまま寝ちゃったんですね」

「構わないよ。熱もすっかり引いたみたいだし、もう痛くないかい?」

「はい。あの……」

「ん?」

「さっき、ここに千尋さまが来られましたか?」

「千尋? いいや、来てないと思うけど」

「……そうですよね」

 

 やはり夢だったのだろうか? 眠りにつく寸前、確かに千尋の声を聞いたような気がしたが、千尋が鈴の寝室になど来る訳がない。


「なんだい? 千尋の夢でも見たのか?」

「分かりません……でも、夢だったのかも。何だか体がスッキリしてます」

「そうか、良かったじゃないか。何か食べるかい? 喜兵衛が心配しておにぎりと卵焼き置いてったけど」

「喜兵衛さんが? 食べます」

「ああ。弥七はお見舞いにって花置いてったよ。あそこの花瓶に活けといたよ」

「弥七さんまで! 明日、ちゃんとお礼言わないとですね」


 胸がじんわりと暖かくなるのを感じながらテーブルを見ると、おにぎりが2つと卵焼きが置かれている。それを手に取って中身を確認すると、具は鈴が好きな梅とおかかだ。そのまま視線を花瓶に移すとそこには以前鈴が綺麗だと褒めたバラが活けてあった。


「覚えててくれたんですね、二人共」

「そりゃ覚えてるだろうさ。あたしだってあんたの好物はもう大分覚えたよ!」

「私も皆さんの好みは大体覚えました。こういうのを相思相愛というのですか?」

「え!? あ、ああまぁ、そうなんじゃないか? でもあんた、今のは絶対に喜兵衛や弥七には言うんじゃないよ!」

「え? はい」


 何故だろうとは思ったが、こんなにも雅が真剣な顔をして止めるのだからここは頷いておいた方がいいのだろう。

 

 それから鈴はおにぎりと卵焼きを食べて雅が入れてくれたお茶を飲み、少しだけ雅と話をしてまた眠りについた。寒くなってきたので雅に布団に入ってもらうと、それだけでとても暖かかった。

 

 翌朝、鈴は朝の支度を終えて炊事場に行くと、既に喜兵衛が朝食の支度をしていた。一体喜兵衛は何時からここに居るのだろうか。謎である。


「おはようございます、喜兵衛さん」

「あ! おはようございます、鈴さん。もう体調は大丈夫ですか?」

「はい。ご心配をおかけしました。それから、おにぎりと卵焼きも本当にありがとうございました」


 しっかりと頭を下げた鈴を見て喜兵衛は笑顔で両手を振る。


「あれぐらいお安い御用ですよ。本当は温かい物もつけたかったんですが、きっと冷めてしまうだろうなと思って。すみません」

「謝らないでください。十分すぎる程です。それにあの卵焼きとても美味しかったです。何が入っていたのですか?」

「あれは自分が作った出汁を入れてあるんです。お気に召しましたか?」

「はい、とても! 出汁が自家製だったからあんなにも複雑な味わいだったんですね。また教えてもらえますか?」

「もちろんです。今度一緒に作りましょう」

「はい!」


 鈴が笑顔で頷くと、喜兵衛は照れたように頭を掻いてまた調理に戻った。そこへいつものように千尋がやってくる。


「朝から元気ですね、二人共」

「千尋様! おはようございます。最近ここに現れる頻度が高くないですか?」

「千尋さま、おはようございます。昨夜はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 鈴が頭を下げると、千尋は炊事場に入ってきてじっと鈴の顔を見るなり何かに納得したように頷く。


「はい、おはようございます。鈴さんの顔色も良さそうですね。もう大丈夫ですか?」

「はい! 皆さんがとても良くしてくださったのでもうすっかり元気です」


 鈴の言葉に千尋は何とも言えない顔をして曖昧に頷くと、そのまま炊事場を出て行ってしまう。そんな千尋を思わず鈴は呼び止めた。


「あの! 千尋さま、昨夜もしかしたら私の所に来てくださいましたか?」

「何故です?」

「何となく、眠る前に千尋さまの声が聞こえたような気がして、それから凄く体が楽になったので、もしかしたらと思ったのですが……」

「おや、私の夢を見てくれたのですか? それは嬉しいですね」

「ち、違います! 眠る前……だと思います」

「冗談ですよ。残念ながら行ってません。流石の私もうら若い女性の部屋に勝手に侵入する程不届き者ではありません」


 おかしそうに笑った千尋を見て鈴は納得したように頷く。


「そうですか……だったらやっぱり夢かもしれません。夢で千尋さまが治してくださったんですね、きっと」


 笑う千尋に釣られたように鈴も笑うと、千尋は面食らったような顔をして曖昧な笑顔を浮かべてそのまま炊事場を後にした。そんな千尋を見て喜兵衛がポツリと言う。


「結局何しに来たんでしょうね、千尋様。鈴さんの心配をしたのでしょうか? いや、千尋様に限ってそれはないか」

「どうなのでしょう? 朝の挨拶でしょうか?」

「千尋様がですか? でも確かに最近毎朝ここにいらっしゃいますね」

「はい。それで喜兵衛さんに洋食の朝ごはんをおねだりしてます」

「おねだり、ですか」


 喜兵衛は鈴の言葉に吹き出しているが、また言葉のチョイスを間違えただろうか。


「えっと、催促、の方が良かったでしょうか?」

「いえ、おねだりの方が可愛いのでおねだりにしておきましょう。はぁ、鈴さん、明日の朝は洋食の朝食をお願いしても構いませんか?」

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