表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

第九話 守られる側の終わり

「「ごめんなさい……」」


家のリビングに、俺とリリシィの声が同時に響いた。


「あれほど森の奥へ行くなと言ったはずだ。もしあの場に私が駆けつけていなかったら、お前たちは確実に死んでいたんだぞ」


エリィ先生は腕を組み、鋭い眼差しで俺たちを見据える。

その迫力に、俺たちは顔を上げることもできなかった。


「すみません先生……私がアッシュを誘ったんです」


リリシィが申し訳なさそうに頭を下げる。


「リリシィ」


エリィ先生は静かに名前を呼ぶ。


「確かにお前たちはこの数年で見違えるほど強くなった

だが私は何度も言ったはずだ。自分の力に自惚れるな、と」


厳しい声だった。

怒鳴っているわけではない。

だからこそ余計に胸に刺さる。


「まぁまぁ先生、落ち着いてくださいよ」


張り詰めた空気を和らげようと、ガルドが苦笑しながら割って入る。


「こいつらもちゃんと反省してますし、後で俺からも――」


だが次の瞬間。


「ぐえっ!?」


ガルドの身体がふわりと宙へ浮いた。

エリィ先生が片手でガルドの首根っこを掴み、そのまま持ち上げていたのだ。


「痛ててててっ!! 先生!? 首! 首が締まってる!!」


「ガルド」


エリィ先生のこめかみに青筋が浮かぶ。


「私はな、お前の息子と、その大事な友達のために本気で怒っているんだ

お前が呑気だから代わりに私が怒ってやっているんだぞ

わ、分かった! 分かったから離してくれ!!」


ガルドは慌てて両手を振る。


「すみませんでした!!」


ようやく解放されたガルドは床に着地すると、首をさすりながら大きく息を吐いた。


「はぁ……危うく親父より先に死ぬところだった……」


その姿に、思わずリリシィの肩がぴくりと震える。

笑いそうになったのだろう。

だが今は笑える空気ではない。


ガルドは咳払いを一つすると、改めて真面目な顔で俺たちの方を向いた。

そしてゆっくりと口を開く。


「アッシュ、リリシィ」


その声に俺たちは背筋を伸ばした。


「お前たちが反省しているのは分かる、だからまずは理由を聞かせてくれ」


ガルドは俺たちを真っ直ぐ見つめた。


「なんで森の奥なんかに行ったんだ?」


責めるような口調ではなかった。

だからこそ、誤魔化す気にはなれなかった。

俺はリリシィと顔を見合わせ、小さく頷く。

そして意を決して口を開いた。


「エリィ先生との訓練が終わった後、俺たち話してたんだ。

 自分たちがどれくらい強くなったのか確かめたいって……」


「それで森にいる魔物と戦ってみようって話になったの」


リリシィが続ける。


俺は頷きながら言葉を重ねた。


「最初は森の手前だけにするつもりだったんです。でも思ったより森の中は何もなくて」


そこまで言って、俺は俯いた。


「気づいたら、かなり奥まで入ってました」


「自分たちなら大丈夫だと思ってたんです」


俺たちはゴードと名乗る魔人族と戦った後まで詳しく一言一句答えた


リビングに沈黙が落ちる。


今思えば、それがどれだけ危険な考えだったのかよく分かる。


もしエリィ先生が来てくれなければ。

俺たちは間違いなく死んでいた。


「なるほどなぁ……」


俺たちの話を最後まで聞いたガルドは、腕を組んだまま何度か頷いた。


そして――


「ははっ」


不意に笑みをこぼした。


「ははははっ!」


ついには声を上げて笑い始める。

その反応に俺とリリシィは困惑した。

怒られると思っていたのに、なぜ笑うのか分からなかったからだ。


「ちょっとあなた!」


それまで黙って話を聞いていたエレナが、呆れたように声を上げる。


「今の話のどこに笑うところがあったのよ!?一歩間違えばこの子たち死んでたのよ!?」


エレナの言葉にガルドは笑いを抑えながら頭を掻く。


「いやいや、別に面白くて笑ってるわけじゃねぇよ」


そう言ってガルドは俺たちを見る。

その目はどこか誇らしげだった。


「いやぁ、だってなぁ」


ガルドは頭を掻きながら笑う。


「アッシュ達はまだ八歳だぜ?

それで魔装まで使えるようになったんだ。そんな状況で調子に乗らない子供がどこにいるよ

俺が同じ立場なら、もっと調子に乗ってた自信があるぞ」


「あなたねぇ……」


エレナは呆れたように額を押さえる。

だがガルドは構わず続けた。


「森の奥に勝手に入った。

危険だって言われてた場所にな。

しかも相手は上位魔人だ。」


そこまで言うと、ガルドの表情が少しだけ真面目になる。


「正直、運が悪けりゃ二度と会えなかった」


その言葉に俺とリリシィは俯いた。

あの時の恐怖を思い出す。

ゴードの圧倒的な力。

何もできなかった自分。

死が本当に目の前まで来ていた。


「だがな」


ガルドはそんな俺達の頭に大きな手を置いた。


「俺はまず、お前達が無事に帰ってきたことを褒めたい」


「父さん……」


「それに」


ガルドはニッと笑う。


「お前達は逃げなかったんだろ?」


「……!」


「普通の子供なら腰を抜かして終わりだそれでもお前達は生きるために考えて、戦って、最後まで諦めなかった。それは立派なことだ」


エリィが腕を組んだまま口を開く。


「甘いな」


「甘くて結構だ」


ガルドは即答した。


「子供が失敗するのは当たり前だ失敗しなきゃ学べねぇこともある。だから今回のことで学べばいい」


そしてガルドは真っ直ぐ俺達を見る。

先ほどまでの優しい顔ではない。

父親としての顔だった。


「ただし」


その一言で空気が変わる。


「二度目はねぇぞ」


俺の背筋が伸びた。

リリシィも表情を引き締める。


「今回は運が良かった。先生が間に合った

だが次も助かる保証なんてどこにもねぇ自分が死ぬだけならまだいい

だがな、お前達が死んだら悲しむ人間がいる」


ガルドは俺の頭を軽く小突いた。


「父さんも」


次にリリシィを見る。


「エレナも」


そしてエリィへ視線を向ける。


「この鬼教師もな」


「誰が鬼教師だ」


エリィが即座に突っ込む。

その様子に少しだけ空気が和らいだ。

ガルドは笑いながら続ける。


「強くなるのはいい。挑戦するのもいい」


ガルドの声は穏やかだった。

だが、その一言一言には確かな重みがあった。


「だが、自分の命を軽く扱うな」


ガルドは俺たちを真っ直ぐ見つめる。


「お前達の命は、お前達だけのものじゃない」


その言葉は、不思議なくらい胸の奥に深く沈んでいった。


あの時、ゴードを前にした恐怖が脳裏をよぎる。

死は、確かにすぐそこにあった。


もしあの場で死んでいたら。


父さんも。

エレナさんも。

エリィ先生も。

きっと悲しんでいた。


そう思うと、自分がどれだけ軽率だったのか嫌というほど分かった。


「……はい」


自然と声が漏れた。

隣を見ると、リリシィも真剣な表情で小さく頷いていた。

ガルドはそんな俺たちを見て、ふっと表情を緩める。


「よし。なら今日のことはここまでだ」


そして、いつもの豪快な笑みを浮かべた。


「次から気をつけろよ!」


「「はい!」」


俺たちの返事が、リビングに響く。

怒られて、叱られて、怖い思いもした。

それでも――


今日の出来事は、確かに俺たちを少しだけ強くした気がした。


力だけじゃない。

心もまた、少しだけ前に進めたのだと思う。

俺は心の中で静かに誓う。


次は――守られる側じゃない。


守れる強さを、この手に掴む。


そうして、長い一日はようやく幕を閉じた。


---


「おーい、ゴードー。いるなら返事しろー?」


パビブの森の最奥。

戦いの跡として残された巨大なクレーターの縁に、一人の少女が立っていた。

頭には一本の黒い角。


小柄な身体に似合わない禍々しい魔力を纏ったその少女こそ、魔人王直属の最強幹部――《六冥臣》の一人、『強魔(ごうま)』のサタシアである。


彼女はクレーターの底を覗き込みながら、間延びした声で呼びかけた。


「……って、死んでるんだから返事できるわけないか」


サタシアは肩を落とした。


「はぁ〜……めんどくさ」


そのままクレーターの縁に腰を下ろし、頬杖をつく。


「なんでこのサタシア様が、雑魚ゴードの回収なんてしなきゃいけないのさ

ベルゾードもベルゾードなのさ。『生命反応が消えたから確認してこい』とか、もっと言い方あるでしょ」


地面の小石を蹴る。


「しかもこんな辺境まで来て……最悪なのさ」


不機嫌そうに唇を尖らせた、その時だった。


ボコッ……


サタシアの座っていた地面がわずかに膨らんだ。


「ん?」


ボコッ、ボコボコッ――


まるで地中で何かが蠢いているように、地面が盛り上がっていく。


「……あれ?」


サタシアは立ち上がり、一歩下がった。


次の瞬間。


ドバァッ!!


土が弾け飛ぶ。

地面の中から何かが飛び出した。


「ぐっ……はぁ……はぁ……」


それは――ゴードだった。

だが、かつての威圧感は見る影もない。

全身の皮膚は焼け爛れ、右腕は肩から先が消失している。

顔面も半分ほど崩れ、片目は潰れていた。


まるで死体が無理やり動いているような姿だった。

それでも。

その目だけは、狂気と殺意で爛々と輝いていた。


「危……なかったぜ……」


ゴードは地面に手をつき、荒い呼吸を繰り返す。


「あと……少し深く潜るのが遅かったら……本当に死んでた……」


サタシアは数秒ぽかんとした後、ケラケラと笑い出した。


「なーんだ、生きてたんだ!

相変わらずしぶとい奴なのさ」


ゴードは顔を上げる。

その顔は怒りで歪んでいた。


「絶対に……許さねぇ……」


ドクン。


肉が蠢く。


失われた腕の断面から、新しい肉が少しずつ生えてくる。


「絶対に許さねぇぞ……!」


ゴードの声が震える。


怒りで。

屈辱で。

恐怖で。


「あのエルフ……!

 それにあのガキ二人……!!」


拳を握る。

爪が肉に食い込む。


「殺す……!殺す殺す殺す殺す殺す!!絶対に殺してやる!!」


狂気じみた殺意が吹き荒れた。

サタシアはそんなゴードを見下ろし、呆れたようにため息を吐く。


「はぁ……負けたくせに元気なのさ」


「うるせぇ……!」


ゴードが睨みつける。

サタシアはクレーターの縁に腰掛け、足をぶらぶらさせながら言った。


「でもさぁ、お前ここで死んでたら魔人王様の計画に穴が空くところだったのさ」


その言葉に、ゴードの表情がわずかに変わる。


「……チッ分かってるよ」


ゴードはゆっくり立ち上がる。

砕けた肉体はまだ完全には再生していない。


サタシアは立ち上がり、森の奥を見る。

木々の向こうには、アルミガルド王国のある方角が広がっていた。


「ふふっ……人族はまだ何も知らないのさ

 自分たちの足元で、何が進んでるのかもね」


風が吹く。

不気味な静寂。

サタシアの角が月明かりに照らされた。


「さぁて……幕が上がるまで、もうそんなに時間はないのさ」


その瞬間。


二人の身体が黒い魔力に包まれる。


シュゥゥゥ……


影へ溶けるように姿が消えていく。


そして森には、誰もいなくなった。


残された巨大なクレーターだけが、先ほどの激戦を物語っていた。


だが――


この戦いは、ほんの序章に過ぎなかった。


アルミガルド王国を揺るがす大きな災厄が、静かに、確実に近づいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ