第八話 奥の手
「お前ら、大丈夫……ではなさそうだな」
エリィはアッシュとリリシィの姿を見て、わずかに眉をひそめた。
アッシュには目立った外傷はないものの魔力が底をつき立つのすらもやっとの状態だ、そしてリリシィも無事ではなく、呼吸は乱れ、腕には赤黒い痣が浮かんでいた。
特に二人の表情が問題だった。
恐怖を押し殺しながら、それでも立ち向かおうとしている顔。
エリィは小さく息を吐いた。
「……よく生き延びたな」
その言葉にアッシュは歯を食いしばる。
「先生……すみません……森の奥に行くなと言われてたのに」
「ごめんなさい……」
その光景を見ていたゴードは口元を歪めて笑っていた。
「先生だってぇ?……」
ゴードは首をゴキゴキと鳴らす。
「そいつらの先生ってことだよなぁ?」
ニタァ……と顔が歪む。
「なら殺しちゃおう!!!!」
その瞬間だった。
ゴードの右腕が異様に膨れ上がる。
筋肉が膨張し、骨が砕けるような音が響いた。
バキッ!!
グチャッ!!
皮膚の下で何かが蠢き、腕の形そのものが変化していく。
「《歪な改造》」
ゴードの腕が異常な速度で伸びる。
丸太ほどもある巨大な腕が、ゴムのように空間を裂きながらエリィへ向かって襲いかかった。
「先生!」
「避けて!!」
アッシュとリリシィが叫ぶ。
だがエリィは動かない。
避ける様子すらない。
ただ静かに立っているだけだった。
(なんで動かない!?)
アッシュの心臓が跳ね上がる。
次の瞬間――
バチッ……
空気が震えた。
緑の稲妻が周囲を走る。
「言ったはずだぞ、魔人」
声が聞こえた。
「ノロマだと」
「……は?」
ゴードの目が大きく見開かれる。
エリィの姿が消えていた。
いや、違う。
速すぎて見えなかっただけだ。
いつの間にか、エリィはゴードの懐へ潜り込んでいた。
「お、お前……いつ――」
言い終わる前に、エリィは剣へ魔力を流し込む。
バチバチバチッ!!
緑色の雷が剣身を走る。
空気が焦げる。
「死ね――《下天昇雷》」
剣が下から振り抜かれた。
次の瞬間。
ズドォォォォン!!!!
緑色の雷撃がゴードの顎から脳天へ突き抜ける。
《下天昇雷》。
下から天へ雷を昇らせ、肉体も防御も強引に貫く雷撃剣技。
「ガ……ァ……ア……ッ!!」
ゴードの悲鳴にならない声が漏れる。
頭部が半壊した。
顔の半分が吹き飛び、その巨体が大地へ倒れ込む。
ドォン!!
土煙が舞い上がる。
アッシュとリリシィは目を見開いていた。
「す、すごい……」
「……一撃」
だが。
エリィだけは剣を下ろしていなかった。
「……妙だな」
ピキ……
ピキピキ……
嫌な音が響く。
地面に倒れていたゴードの身体が痙攣していた。
「な……?」
アッシュの顔が青ざめる。
半壊していた頭部が、肉を増殖させながら修復されていく。
骨が生え、皮膚が形成される。
数秒もしないうちに顔が元に戻った。
エリィは即座に後ろへ飛び退く。
「なるほど……」
目が細くなる。
「頭を半壊されても死なず、その再生速度……」
雷が剣の周囲で弾けた。
「お前、上位魔人だな」
上位魔人。
それは魔人の中でも別格の存在。
普通の冒険者では太刀打ちできないであろう怪物。
ゴードはゆっくりと立ち上がった。
そして首をゴキゴキ鳴らす。
「あぁ、当たってる……だが少し違うなぁ」
口角が吊り上がる。
狂気じみた笑み。
「俺は上位魔人でも特別だ」
ゴードの全身が膨れ上がる。
腕、肩、背中。
筋肉が異常に膨張していく。
背中から黒い腕が二本生えた。
「魔人王様が誇る最強戦力――」
禍々しい魔力が吹き荒れる。
空気が重くなる。
アッシュの身体が震えた。
本能が叫んでいる。
逃げろ、と。
「六冥臣の一人――」
ゴードは笑った。
「『歪造』のゴードだぁ」
その瞬間。
ドゴォォン!!
地面が爆発した。
「先生!!」
アッシュが叫ぶ。
だが遅かった。
ゴードの姿が消えていた。
そして次の瞬間――
エリィの瞳が鋭く細くなった。
「……来る!」
エリィの正面へ、ゴードの拳が一瞬で迫る。
空気を裂く轟音。
ただ拳を振っただけとは思えないほどの圧力が周囲へ広がり、地面が砕け散る。
「《雷反》!!」
《雷反》――あらゆる攻撃を雷で反射し、跳ね返すカウンター技。
エリィの剣から放たれた緑色の雷が、迫る拳へと走った。
本来なら触れた瞬間、相手の攻撃は弾かれるはずだった。
だが――
「なに……?」
バチバチッ!!
雷が拳へ直撃したにも関わらず、まるで石に水をかけたように散った。
跳ね返らない。
雷が通じていない。
エリィは咄嗟に剣へ魔力を集中させ、そのまま拳を受け止めた。
ガギィィィンッ!!
金属が軋むような音が響く。
「ぐっ……!」
重い。
あまりにも重い。
魔装を極めたエリィですら、その一撃を完全に受け止めきれなかった。
足元の地面が砕ける。
そして――
ドォォォォン!!
エリィの身体が数メートル先まで吹き飛ばされた。
土煙が舞い上がる。
「ははははは!!残念だったなぁ!!」
ゴードは大きく口を歪めて笑う。
「もうお前のお得意の雷は俺には効かねぇよ!!今の俺の身体は雷に強い身体に改造してあるからなぁ!!」
頭を破壊され、再生する瞬間。
ゴードは《歪な改造》を自分自身へ使っていたのだ。
エリィは立ち上がり、服についた土を軽く払った。
「なるほどな……だから雷が効かなかったのか」
表情は落ち着いている。
だが、その内心は違った。
(雷耐性か……面倒だ....。
だとすれば......長期戦はまずいな)
このまま戦えば、先に魔力が尽きる)
エリィは静かに目を細めた。
(なら短期決戦しかない。再生できないほど、一撃で消し飛ばす……出すか)
(アレを)
「何考えてるか知らねぇけどよぉ!!」
ゴードの身体が消える。
先ほどよりもさらに速い。
地面が砕け、空気が爆発する。
「もうお前は詰んでるんだよぉ!!」
エリィはゴードの攻撃をかわし。
次の瞬間にはアッシュとリリシィの前へ移動した。
「先生!!」
アッシュが叫ぶ。
「雷が効かない!!このままだと……!」
「負けちゃう……」
リリシィの声にも焦りが混じる。
雷が通じない。
二人にも、それは分かっていた。
だが――
エリィは二人の方を振り向いて笑った。
余裕の笑みだった。
「大丈夫だ、アッシュ、リリシィ」
「それとよく覚えておけ」
二人の表情が引き締まる。
「お前たちが今使っているものは、確かに魔装だ」
「だが……本当の意味での魔装じゃない」
アッシュの目が見開かれる。
「え……?」
「魔装使いの中でも、これを扱える者はほんの一握り」
「真の魔装の姿を見せてやる」
「真の……魔装?」
アッシュとリリシィは息を飲む。
その瞬間――
「ぺちゃくちゃうるせぇぇぇ!!」
ゴードが再び迫る。
巨大な拳が振り下ろされる。
だがエリィは動かない。
そして静かに呟いた。
「......《真装》」
瞬間。
世界が白く染まった。
ドォォォォォォンッ!!!
凄まじい光がエリィの身体から放たれる。
「なんだっ!!」
ゴードは目を覆った。
「目がぁ!!」
アッシュたちも思わず腕で顔を庇う。
「眩しい」
「なんだ……この魔力……!」
アッシュは全身に鳥肌が立った。
感じる。
魔力が集まっている。
いや――違う。
集まるというレベルじゃない。
周囲の魔力そのものがエリィへ吸い込まれていた。
空気。
大地。
空。
全てがエリィに呼応している。
(なんだこの凄まじい魔力量は!)
周囲を消し飛ばす爆発が起きてもおかしくない。
そんな密度だった。
だが次第に光は収まり始める。
そして――
「《解放》!」
そう呟き現れた。
「な……なんだぁ!?」
ゴードが目を見開いた。
そこに立っていたエリィは、先ほどとは別人だった。
全身を覆う緑色の鎧。
雷そのものが形を持ったような装甲。
隙間から緑の雷が絶えず迸り、空気を焼いている。
そして武器。
握っていた剣は姿を変えていた。
剣身は細く長く伸び、その形は剣と弓を合わせた異形の武器へ変化している。
空いてる手には雷で形成された巨大な一本の矢を持っている。
まるで――雷神が持つであろう神具に見える。
エリィが立っているだけで地面が焦げ、空気が震えていた。
「これが……真の魔装」
アッシュは息を呑む。
今まで感じていた魔力とは次元が違った。
量が違う。
密度が違う。
質そのものが違う。
魔力が集まっているのではない。
そこにいるだけで世界中の魔力がエリィの元へ集まっているような感覚だった。
「綺麗。」
ぽつりとそう呟くリリシィですら珍しく目を大きく見開いていた。
エリィは二人に背を向けたまま口を開いた。
「これは《真装》」
「魔装を極限まで練り上げた者だけが辿り着ける真の姿」
「魔力を纏うだけが魔装じゃない」
「魔力と肉体と魂を完全に一つにする技術だ」
エリィが静かに前を見る。
「まぁ……簡単に言えば奥の手だな」
ゴードは数秒固まっていたが、やがて口元を歪ませた。
「……はっ」
「はははははは!!」
「なんだよ、何かと思えば変身しただけじゃねぇか!!結局雷のままだしよぉ!」
ゴードは笑いながら両腕を巨大化させる。
腕が膨張する。
筋肉が異常に肥大し、皮膚が黒く変色していく。
骨が軋み、さらに腕から無数の棘が生えた。
「いいぜ!いいぜ!オレ様も本気の変身してやるよぉ!!」
ゴキゴキゴキッ!!
今度は腕だけではない。
胸。
足。
背中。
全身が変形していく。
背中から巨大な腕がさらに四本生え、身体全体が三メートル近くまで膨れ上がった。
顔面も半分ほど裂け、牙が飛び出している。
「バケモノ……」
アッシュが思わず後退する。
あまりにも異形だった。
もう人型ですらない。
巨大な怪物だった。
「殺す」
「殺す殺す殺す殺す殺す!!!!」
ゴードが地面を砕きながら突撃する。
ズドォォォン!!!
大地が爆発した。
一瞬でエリィとの距離が消える。
巨大な拳が振り下ろされた。
だが――
空振りだった。
「……遅い」
声が後ろから聞こえた。
ゴードの目が見開く。
「なっ――」
エリィは空中にいた。
雷が翼のように背中から広がっている。
エリィは静かに弓剣を構えた。
握られた雷の矢が、空気を震わせる。
バチ……バチバチッ……
周囲の雷が集まる。
いや、違う。
空そのものが呼応していた。
黒雲が空を覆う。
さっきまで晴れていた空が、一瞬で嵐の前の景色へ変わっていく。
ゴロゴロ……
空の奥で雷鳴が響く。
アッシュは息を呑んだ。
(なんだよ……これ……先生が魔力を使ってるだけじゃない……!空が……世界が反応してる……!!)
リリシィも空を見上げていた。
(……空が怒ってる)
その瞳が僅かに揺れている。
エリィは静かに弓を引く。
雷で形成された巨大な矢が、さらに圧縮されていく。
一本だった雷が何重にも重なり、密度を増していく。
空間が軋む。
地面が震える。
ゴードの笑顔が消えた。
本能が理解したのだ。
危険だと。
絶対に受けてはいけないと。
「な、なんだよ……それ……」
「なんなんだよその魔力はァ!!」
ゴードは叫ぶ。
そして無数の腕を生やす。
《歪な改造!!》
ゴキゴキゴキゴキッ!!
背中からさらに腕が増殖する。
十本。
二十本。
三十本。
全身を覆うように巨大な肉塊の腕が膨れ上がった。
「いいぜ!防いでやるよぉ!!」
「全部防いでやる!!」
エリィは静かに目を閉じた。
「……愚かだな」
ゆっくり目を開く。
その瞳には緑色の雷が宿っていた。
「我が授かりし矢は――」
「神が天より落とす裁きの雷」
「その身に刻め」
「己の無力を」
エリィが弦を放した。
「《神鳴雷弓》」
――――瞬間。
世界から音が消えた。
雷の矢が消えたように見えた。
あまりにも速すぎた。
次の瞬間。
ズガァァァァァァァァァァン!!!!!!
天が割れた。
緑色の雷が空から地面まで一直線に落ちる。
その光景はまるで神が天へ一本の槍を突き刺したようだった。
ゴードの身体が飲み込まれる。
「ぎゃあああああああああああ!!!!」
腕が消える。
肉が消える。
再生する。
消える。
再生する。
消える。
再生が破壊に追いつかない。
雷の耐性を持つゴードの体を貫くほどの威力。
「なんだよこれぇぇぇ!!」
「やめろぉぉぉ!!」
悲鳴と共にゴードの身体が崩壊していく。
そして――
ドォォォォォォォン!!!
数秒後。
巨大な爆発が起きた。
土煙が晴れた先には。
何も残っていなかった。
ただ地面に巨大なクレーターだけが残されていた。
アッシュは震える声で呟いた。
「……これが……先生の本当の力」
「......すごい。」
二人はエリィの本当の実力を知り戦慄するしかなかった。
そんな中、エリィは静かに《真装》を解除した。
バチッ……
全身を包んでいた緑の雷が徐々に薄れていく。
雷そのものだった鎧は、無数の光の粒へと姿を変え、夜空へ溶けるように消えていった。
さっきまで空を覆っていた黒雲もゆっくりと晴れ始める。
荒れ狂っていた風は止み、静けさだけが残った。
エリィは肩を軽く回し、小さく息を吐く。
「ふぅ……少し派手にやりすぎたか」
そして二人の方へ振り向いた。
「さて……説教は後だ。帰るぞ、お前達」
「説教はされるんだ…」
アッシュは肩を落とした。
だが、その表情には安堵が浮かんでいた。
「でも……なんにしろ助かってよかった」
隣でリリシィもこくりと頷く。
「……うん。死ぬかと思った」
その言葉にエリィはため息を吐いた。
「当たり前だ。相手は上位魔人、それも六冥臣。いつ死んでもおかしくはなかった。」
「……すみません」
「……ごめんなさい」
二人は素直に頭を下げる。
エリィはしばらく黙っていたが、やがて二人の頭にぽんっと手を乗せた。
「……だが」
二人が顔を上げる。
「最後まで諦めなかったのは立派だった」
「!」
「……!」
「立ち向かえた勇気は褒めてやる」
そう言ってエリィは前を向く。
アッシュは少しだけ笑った。
隣を見ると、リリシィもほんの少し口元を緩めていた。
三人は壊れた森の中を歩き出す。
沈みかけた夕日が三人の背中を長く伸ばしていた。
その時だった。
誰も気づかなかった。
巨大なクレーターの奥深く。
黒く焦げた地面の下。
そこに――小さな肉片が、わずかに蠢いたことに。
技紹介〜
歪な改造
触れたものを好きなように改造できる能力。
ただし自分以上の存在や種族を変えたりなどはできない。
真装
魔装の本当の姿。
魔力、属性、体、魂を一体化させ、自身の属性と完全に同化する術




