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309.【無神論者と狂信のシスター】

教会の奥まった一室。石造りの壁に囲まれた静謐な空間で、アリスは泥のように眠りについていた。

 二メートル級への変異と魔力の完全枯渇。その反動は凄まじく、彼女の顔色は紙のように白い。傍らではシルクが、慣れない手つきでアリスの小さな手を握り、自身の魔力を少しずつ、丁寧に分け与えていた。

「……ゆっくり休んでくださいね、アリスちゃん。あとは私たちがなんとかしますから」

 シルクの献身的な囁きとは対照的に、教会の礼拝堂では、イーグルが別の意味での「死闘」を繰り広げていた。

「……ああ、イーグルさん。あなたは分かっていないのです。あの瞬間、砕け散った女神像の破片が女王を討った……。これこそが闇の女神ケトリアス様の奇跡、そして大いなる慈悲なのです!」

 包帯を巻かれ、椅子に深く沈み込むイーグルの前で、シスターが瞳を輝かせて熱弁を振るう。彼女の手には、布に包まれた像の破片が宝物のように握られていた。

「闇の女神様の加護があったからこそ、あんな化け物の至近距離にいて、肩の傷だけで済んだのですよ。これはもう、感謝の祈りを捧げるほかありません!」

「……あー、シスター。悪いが、俺は徹底した無神論者だ。今回の件も、ただの物理現象と運が良かっただけだと思ってる」

 イーグルは残った右腕で顔を覆い、心底ウンザリしたように溜息を吐いた。だが、シスターの情熱は火に油を注がれたように燃え上がる。

「なればこそ! なればこそ今、闇の女神ケトリアス様を信仰するべきです! 疑う心を持つ者にこそ、女神様の光……いえ、深淵なる闇は深く染み渡るのですから!」

 詰め寄るシスターの気圧に、百戦錬磨の工作員がわずかに身を引く。

「……。シスター、あんたは実物の闇の女神を見たことがあるのか? あるいは、直接言葉を交わしたことは?」

「ありません。ですが、ケトリアス様は寛大です。姿を見せずとも、常に私達を見守ってくださっているのです。信じる心があれば、声は届きます!」

「……会ったこともねぇ、喋ったこともねぇ女を信じるほど、俺はロマンチストじゃねぇんだよ。俺が信じるのは、手元の銃の残弾と、報酬の数字だけだ」

 イーグルの冷淡な返しにも、シスターは怯まない。

「ふふっ、強がりを。その肩の痛みが引く頃には、あなたもきっと女神様の虜になっていますよ。さあ、まずはこの聖典を……」

 窓の外からは、月明かりの下でドラゴンが「ふんぬー!」と鼻息を荒くしながら、巨大な瓦礫を運搬する音が響いている。

 神を説くシスター、眠る鬼神、そして重労働に励む伝説の守護者。

 イーグルは、この異世界という場所の「厄介さ」を、改めて骨の髄まで噛み締めていた。

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