301.【妖精の消滅と鬼神の覚醒】
女王の歌声が脳髄を掻き回し、イーグルとアリスが膝を突いたその時。二人の意識の混濁を切り裂くように、一際眩い光の粒が舞い踊った。
「あはは! 全く、シケた顔しちゃってさ。ここは私の出番だね!」
イーグルのコートの懐から、名無しの妖精が飛び出した。彼女はイーグルの指から、あの藍色の「ドラゴンの鱗」を強引に奪い取ると、それを胸に抱いて女王の前へと躍り出る。
「妖精……!? 何を、するつもりだ……ッ!」
イーグルが掠れた声で叫ぶが、妖精は振り返らずに笑った。
「私には名前がないからね、最後にちょっとくらい格好つけさせてよ。――輝け、水の守護者の記憶!」
妖精が鱗の魔力を一気に解放した瞬間、藍色の輝きが爆発的に広がり、女王の呪歌を物理的に押し返した。だが、小さき妖精の体がその膨大なエネルギーに耐えられるはずもない。彼女の体は光の粉へと変わり、燃え尽きるように灰となって、浸水した街の泥水の中へと溶け落ちていった。
静寂が訪れる。耳を劈く歌声は消え、そこにはただ、泥水に浮く一握りの灰だけが残された。
「……嘘。……なんで……」
アリスが、震える手で水面を掬おうとする。だが、そこにはもう、生意気に笑う小さな友人の姿はなかった。
絶望が、アリスの心の中でドス黒い怒りへと変質していく。
「……許さない……。ウチの友達を……。よくも、よくもッ!!」
アリスの小柄な体から、凄まじい魔圧が噴き出した。水色のポニーテールが逆立ち、額から突き出した二本の漆黒の角が、不気味な脈動と共に巨大化していく。
メキメキと骨が鳴る。150cmに満たなかった彼女の体躯は、オーガ変異種としての本能を解放し、一気に2メートルを超える巨躯へと膨れ上がった。全身が鋼のような筋肉に覆われ、オッドアイは怒りの炎で赤く染まる。
「なっ、なんだ……この化け物は!?」
怯む親衛隊の精鋭五体。だが、もはや彼らに逃げ場はなかった。
「……死ねッ!!」
覚醒したアリスが、地を蹴る。爆音と共に石畳が砕け、瞬時に先頭の人魚の懐へ。
魔法も、絶縁の鱗も関係ない。圧倒的な「暴力」そのものが、親衛隊の一体を正面から殴り抜けた。銀の鱗が木っ端微塵に砕け散り、人魚は肉塊となって後方の建物ごと粉砕される。
「ぎ、ぎゃあああッ!?」
「次ッ!!」
逃げようとした二体目を、巨大化した腕が掴み取り、地面へと叩きつける。文字通りの「撲殺」。アリスは獣のような咆哮を上げながら、女王を守る壁となっていた精鋭たちを、次々と素手で引き千切り、粉砕していった。
血飛沫と泥水が舞う中、最後に残ったのは、絶句して立ち尽くす人魚の女王と、返り血を浴びて仁王立ちする、復讐の鬼神と化したアリスの姿だった。




