300.【絶体絶命の抱擁と女王の歌声】
銀鱗の親衛隊三体との激突。イーグルが放つ強化鋼弾は絶縁の鱗を叩くが、弾かれた火花が海面に空しく散る。
「数が多いッス……!」
アリスがナイフで三叉矛を受け流した瞬間、周囲の水面が鏡のように盛り上がり、さらに四体、五体と親衛隊の増援が水中から躍り出た。彼らは波を操り、二人を逃げ場のない水の檻へと追い込んでいく。一斉に突き出される三叉矛。アリスの視界が鋭い切っ先で埋め尽くされようとしたその時――。
「……これを使うしかないッスね! フェネカさん、感想は後でたっぷりと送ってやるッス!」
アリスが腰のポーチから取り出したのは、縄の括り付けられた武骨な塊。フェネカ特製の『破裂石』だ。至近距離での起爆は自らも無事では済まないが、躊躇は死を意味する。アリスが指先から火花を飛ばして縄に点火し、水底へと叩きつけた。
――ドォォォォォンッ!!
爆音と共に、海水が巨大な柱となって噴き上がった。魔力の暴走によって粉砕された破裂石が、文字通り「石の礫」となって全方位に飛散する。絶縁の鱗といえど、物理的な質量を伴う破片の連射までは防ぎきれない。悲鳴を上げて吹き飛ぶ親衛隊。アリスもまた、衝撃波で後方の壁へと叩きつけられた。
「……っ、死ぬかと思ったッス……」
「助かったぜ、アリス。だが、次が来るぞ」
イーグルが泥水を拭いながら立ち上がったが、状況はさらに悪化していた。煙幕の向こうから、倒れた仲間の数を超える五体の精鋭が、隊列を組んで静かに進み出てきたのだ。
そして、その親衛隊たちが道を開けるように左右へ分かれる。
奥から現れたのは、一際巨大な藍色の輝石を杖の頭に掲げた、幻想的でありながら禍々しい美しさを放つ女性――「人魚の女王」だった。
『……地上の羽虫どもが、我が海を汚すか』
女王が冷酷に唇を歪めた瞬間、彼女は大きく息を吸い込んだ。
「アリス、耳を塞げッ!!」
イーグルの叫びも間に合わない。
――キィィィィィィイイイイイイイインッッ!!
耳を劈き、脳髄を直接掻き回すような、高周波の絶叫。それは「歌」という名の暴力だった。鼓膜から侵入した破壊的な音波が、二人の平衡感覚を奪い、思考を真っ白に塗りつぶす。
「あ、が……ッ!?」
「う……、ぐ……っ!」
膝を突き、武器を取り落とす二人。藍色の狂気に満ちた女王の歌声が、シーバブルの空を支配した。




