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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第34章 冒険者ギルドの手伝い

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実戦実習から解放されて

 真っ暗な中、アドヴェントの町の中から鐘の音が響き渡る。いつもの聞き慣れた鐘の音が二の刻を告げた。その下では人々が1日を始めるべく準備を進めている。


 それまで毎日この時間になると起きていたユウとトリスタンだったが、この日は寝台から起き上がらなかった。寒さで目は覚めているものの、ずっと横たわっている。


 なぜなら今日は休日だからだ、というのは半分正解だ。しかし、それは今の2人の現状を正確に表していない。というのも、実戦実習の仕事は昨日で終わったのだ。


 都合1ヵ月程度続けていた実戦実習だが、参加希望者の数が落ち着いて教官の数を必要としなくなったのである。そのため、担当パーティの指導が終わり次第契約が完了した。


 そうして今日からは再び自由となったのだ。いくらかまとまった収入もあったので当面は何もしなくても生活できる。金貨が1枚もなくてもだ。


 ともかく、そんな状態なので今の2人は寝台から起き上がらないでいる。しかし、冷気は2人に容赦なく襲いかかり続けた。シーツの掛かっていない箇所が冷えてゆく。


「あー、もう駄目だ。寒いや」


 ついにユウは上半身を起こした。真っ白い息を吐き出したはずだが暗くて何も見えない。


 寝台から起き上がったユウは蝋燭(ろうそく)を点けた。頼りない明かりが周囲を照らす。温かくなったような気がするが、それは間違いなく気のせいだ。


 続いてトリスタンも寝台の上で上半身を起こす。


「おはよう、トリスタン」


「おう。相変わらず寒いな。早く春になってほしいもんだ」


「あと半月で3月だから、これから暖かくなっていくんじゃないかな」


「そうあってほしいねぇ」


「僕はこれから裏方に行ってくるよ」


 告げたユウは部屋を出た。廊下には自分以外の客も往来している。


 受付カウンターのある場所までやって来たユウは椅子に座る老婆ジェナに声をかけられた。それを機に受付カウンターに寄る。


「おはよう、ジェナ。今朝も寒いね」


「まったくだね。季節のヤツも、あたしを殺そうと毎日容赦なく攻め立ててくるんだからたまらないさ」


「何か恨まれるようなことでもしたの?」


「とんでもない。あたしゃ今まで真面目に生きてきたんだ。季節のヤツに恨まれることなんてしたことないさ。第一、あたしに何ができるっていうんだい?」


「それもそうだね」


「あたしに比べてユウは毎日元気だねぇ。今日も仕事かい?」


「仕事は昨日で終わったんだ。だから、またしばらくのんびりとするつもりだよ」


「それは羨ましいねぇ。でもあんた、最近は町から出ずに働いているみたいじゃないか」


「冒険者ギルドの仕事を引き受けているからね。夜明けの森に毎日入っているんだ」


「そうかい。冒険者が夜明けの森に入って稼ぐ。結構なことじゃないか。そうやってこれからも働くんだね」


 言うだけ言うとジェナは話を終えたと言わんばかりに口を閉じた。ユウも早く用を済ませるべく裏方へと向かう。じっとしていると体が冷える一方なのだ。


 すっきりした顔で部屋に戻るとユウはトリスタンに話しかける。


「今日は町の中に行くんだよね」


「おう、行くぞ。何日か戻って来ないからな」


「あれ、今年に入ってまだしていないかったよね。それだけ遊び倒すのって」


「年明けまではアテリウスと一緒だったからな。最後にやったのは去年の、えっと、9月の終わりだったはずだぞ」


「泊まりがけは本当に久しぶりなんだね」


「そうなんだ。だからしばらく帰って来ないからな」


 しゃべり終えたトリスタンは中断していた朝食を再開した。ユウも同じように朝食を始め、その後朝の鍛錬を始める。


 日の出と共にユウは自伝の執筆を始めた。現在は大陸の北半分を回り始めたところだ。とある島について書いている。


 途中、昼食のために宿を出て、再び戻ると執筆を再開した。昼からも同じ調子で書き続け、夕方には羊皮紙1枚分の空白をすべて文字で埋める。


 区切りの良いところまで進められたユウはペンを置くと部屋を出た。鍵を持って受付カウンターに近づく。


「アマンダ、ご飯を食べに行ってくるよ」


「あんたの相棒を見かけないねぇ。また町の中かい?」


「そうだよ。しばらく帰って来ないんだって」


「おやまぁ、こんな寒い日に元気だねぇ」


 雑談を終えるとユウは宿を出た。宿屋街の路地を抜けて貧者の道に移ると東へと向かって歩く。徐々に増えてきた人の流れに沿って安宿街に足を踏み入れると安酒場『泥酔亭』に入った。店内の客は順調に増えて来ているようだ。


 カウンター席に向かう途中でユウはエラと出会う。


「エラ、カウンター席に座るからいつものをちょうだい」


「いいわよ。相棒のトリスタンはどうしたのよ? また町の中?」


「そうだよ。しばらく戻って来ないって言っていたから、当面は僕1人かな」


「残念ね。だったらユウがトリスタンの分も食べて行ってちょうだい」


 なかなか無茶なことを言うエラに苦笑いしつつユウはカウンター席に座った。すると、カウンターの奥からタビサが顔を出してくる。


「いつものやつを持ってきたよ」


「早いね。さっきエラに言ったばかりなのに」


「あんたがエラとしゃべってるところをちらっと見たのさ。これから忙しくなるからね。先に片付けられる仕事は片付けておくんだよ」


「なるほど。それじゃ、エラが注文を言ってもまた作らないでね。今日はトリスタンがいないから」


「また町の中で豪遊かい。大したもんだねぇ」


「それは本人に言ってほしい」


「最近は新人を鍛えてるそうじゃないか。客になりそうなのを連れてきておくれ」


「そのうち自然と来るようになるよ。ここは良い店だからね」


「嬉しいことを言ってくれるじゃないか」


 料理と酒をカウンターの上に置いたタビサが奥へと姿を消した。それを見届けるとユウは目の前の肉にかぶりつく。できたての温かい肉汁が口の中に広がった。


 エールの代わりを頼み、心ゆくまで夕食を楽しんだユウはカウンター席を立ち上がる。体が適度に温まって非常に気分が良い。


 店内は入った時よりも客の数が増えていた。六の刻の鐘が鳴って結構経つので繁忙期に入っているのだ。酔客の声がより一層ユウの耳に叩きつけられる。


 出口近くまで歩くとサリーに出くわした。皿を抱えて厨房に戻る途中らしい。


「あら、ユウじゃない。食べに来てくれてたのね」


「ごちそうさま。今日もおいしかったよ」


「嬉しいわ。あのトリスタンは?」


「今日は町の中なんだ。何日か後にはここに来ると思うよ」


「お金持ちって羨ましいわね。でも最近、中央の品物がこっちに来なくなってるから、お金がいくらあっても買えないものもあるらしいけれど」


「大きな影響を受けるのは町の中だろうね。この店は何かある?」


「今はないわね。大体この町と周辺からので間に合ってるもの。あら、行かなくちゃ」


 エラに呼ばれたサリーが通り過ぎて行った。それを見送ることなくユウは店から出る。路地に出た途端に冷たい風が身に沁みた。


 先程サリーと話していたことをユウは思い出す。中央の品物がアドヴェントの町に届かないのはネモの町での戦争のせいだ。あれで大陸西部中央と西方辺境の往来が遮断されているのである。まだ戦争が終わったという話は聞かないので当分この状態が続くことは間違いない。


 微妙に関わりがある事柄について考えながらユウは宿へと足を向けた。途中、吹きさらしの貧者の道を歩いたので体が冷える。宿に着いた頃には酒場の温かさはすっかりなくなっていた。


 鍵をもらうべく受付カウンターに近づいたところ、意外にもベッキーがその席に座っていることにユウは気付く。目を見開いて立ちすくんでしまった。すると、ベッキーから声がかかる。


「ユウ、どうしたのよ、あたしをじっと見て。あ、もしかしてあたしに惚れちゃった?」


「そうじゃなくて、その席に座っているのを初めて見て驚いたんだ」


「なーんだつまんなーい」


「ジェナかアマンダはどうしたの?」


「お婆ちゃんがちょっと体の具合が悪くなったから、おかーさんが様子を見てるの」


「そんなに深刻じゃない?」


「今回のはね。でもお婆ちゃん、もう歳だから」


 ベッキーに言われて確かにその通りだとユウもうなずいた。初めて出会ったときからジェナはもう老婆だったのだ。何歳かは知らないが、もうそんなに体が強くないことは理解できる。


「暗い話をしてもしょーがないわね。それよりユウ、教えてほしいことがあるの」


「僕に? 何かな」


「男ってどんなものが好きなの?」


「え?」


 突然の曖昧な質問にユウは固まった。質問の意図が読めないというのはもちろん、その内容が漠然としすぎて答えようがない。


 その後、できるだけ質問に正しく答えるためにユウはベッキーに問いかけていく。しかし、最後までその返答は要領を得なかった。

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おばあちゃん時々、しんどいみたいなこと言ってましたもんねえ
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