今現在の夜明けの森
新年を迎えてから数日間のユウとトリスタンはずっと休んでいたが、この期間に限って言えば稼げている冒険者パーティは大抵休みだ。祭の日以外でまとまって休める冒険者はあまりいないのである。例外は怪我人くらいだ。
では、そんな休んでいる冒険者は何をしているのかというと、大抵は酒、女、博打である。他に娯楽がないためどうしてもこれに集中してしまうのだ。もちろん寝て過ごす者もいるのだが、そう言う者はもう若くない冒険者である。
こういった事情から、新年の酒場には朝から多数の冒険者が詰めかけていた。どこも祭のように大盛況である。この状況が数日間は続くのだから安酒場街は今本当に忙しい。
いつもユウが通っている酒場『昼間の飲兵衛亭』も例外ではなかった。四の刻過ぎに入ると店内はほぼ満員だ。カウンター席に空きがいくつかある。
そのどこに座ろうかとユウが空き席を見ていると見知った背中を見つけた。それも2人である。
「ローマンとマイルズじゃない」
「おー、ユウか! 久しぶり! 最後に会ったのはいつだった?」
「また町の外に行ってたのか?」
「去年の秋から年末にかけてね。だから最後に会ったのは9月か10月じゃないかな」
「もーそんなになるのかー」
「まぁオレの隣に座れよ。空いてるからさ」
首を傾げるローマンの隣に座るマイルズが空席を指差した。元よりそのつもりだったユウはうなずく。通りかかった給仕女に料理と酒を注文してから座った。
そこから近況を伝え合うことになるわけだが、ユウの方は先日の現地調査の件を2人に話した。丘越えのときの山賊を撃退した話と軍隊とすれ違った話が最も盛り上がる。
「おおー、すげーな! 山賊を簡単にやっちまうなんて! 農民上がりだからなんだろーが、それでも大したもんだ!」
「まったくだ。そこら辺の傭兵よりもよっぽど傭兵らしく思えるよ」
「褒めているのかけなしているのか、わかりにくい言い方だね。それで、そっちはどうなの? なんだか魔物の数が増えてきているって冒険者ギルドで聞いたんだけれども」
「そーなんだよ、ユウ! 去年のあー、いつだったか? 13月?」
「正確には12月後半辺りからだな。そのくらいから魔物がよく出てくるようになった」
「そーだった! 今は体感で毎年より5割増しくらいの感じだな」
「つまり、例年の春夏以上に出てくるようになったってわけだ」
実際に森の中に入っている冒険者から話を聞いたユウは息を飲んだ。冒険者ギルドの話を疑っていたわけではなかったが、知り合いから聞くとずっと現実味が増してくる。
2人の話を聞いていたユウは肩を叩かれた。そこで目の前に料理と酒が置かれており、振り向いた先に給仕女が立っていることに気付く。すぐに代金を支払った。それからまたローマンとマイルズへと顔を向ける。
「それって大丈夫なの? いや、ローマンやマイルズは大丈夫だと思うけれど、鉄級の冒険者たちにしたらきつくないかな?」
「さすがにそこまでじゃねーだろ。そんなこと言ったら、魔物の間引き期間なんて参加できねーぜ?」
「あーうん、まぁそうだね」
「何でも去年の秋に探険隊が森の奥に入って行ったらしいな。オレたちの間だとそいつらのおかげだってみんな言ってるぞ」
「おかげ? 関連性はないって冒険者ギルドで聞いたけれどな」
「ほんとーにそうかはオレたちも知らねーよ。でも、そーなんじゃねーかってみんな言ってるんだ。どうせわかんねーことなんだから、好きに言っててもいいだろ?」
手に持った木製のジョッキを持ったローマンが肩をすくめた。そのまま中身を呷る。
話を聞いたユウは不安に思ったが、ローマンとマイルズのような熟練冒険者はあまり気にしていないようだ。魔物の間引き期間がずっと続いているみたいだと他の冒険者も喜んでいると教えてくれる。
何となく引っかかるものを感じながらもユウは深く追求しなかった。
別の日の昼間、ユウは今日も酒場『昼間の飲兵衛亭』にやって来た。相変わらず店内は盛況だ。やはりテーブル席は満席だった。
空いているカウンター席を見ながら近づいて行くと、振り向いたウォルトに見つかる。
「おお、ユウじゃないっすか! こっち空いてるっすよ!」
「ありがとう。あ、隣はテリーなんだ。まだ新年の休みなんだね」
「そうだよ。今年はなかなか稼げたからね。少しくらい休みを長くしても大丈夫なんだ」
余裕の表情を見せるテリーから目を離したユウは給仕女に料理と酒を注文するとウォルトの隣に座る。
「2人は今何の話をしていたのかな?」
「夜明けの森の話っすよ。去年の冬前から魔物の数が増えて夏並に出てくるんす。ユウは知ってるっすか?」
「年末に冒険者ギルドでその話は聞いたよ。秋から町の外で仕事をしていたから実際の所は全然知らないけれど」
「いやぁ、実際あれはヤバイっすよ。オレらみたいな中堅以上のところはともかく、駆け出しなんかは苦戦してるところあるっすよ」
前にローマンとマイルズから話を聞いたときとは温度差のある口ぶりだった。同じ現象でも人によって受け取り方が違うらしい。
木製のジョッキを空にして注文したテリーがユウに話しかける。
「鉄級の冒険者たちの間で死傷者が増えているって話を聞くからね。今の魔物が増えている現象は良し悪しがあると思うよ。だから、個人的に後輩には注意するよう呼びかけているんだ」
「具体的には何かするように言ったりしているの?」
「言えることは少ないよ。せいぜい思っているよりも浅い場所に移れってくらいかな」
「でもそれを実行したら生存率は上がりますよね」
「そうだろう? 今のところ有効な対策ってこれだけだと思うんだ」
魔物が増えたという現象にテリーとウォルトは危機感を抱いているようだ。知り合いの冒険者たちに注意して回って不幸を減らそうとしている。
この辺りはさすがだなとユウは思った。
また別の日の昼間、ユウは今日も酒場『昼間の飲兵衛亭』にやって来た。相変わらず店内は盛況だ。やはりテーブル席は満席である。いつものようにカウンター席へと向かおうとした。
しかし、その途中でテーブル席から声がかかる。
「おお、ユウじゃねぇか! こっちだ!」
「クリフ? エディとブラッドもいるんだ」
火蜥蜴のリーダーであるクリフがユウに声をかけた。右頬に三本の引っ掻き傷がある巨漢の男だ。木製のジョッキを手にしている。その左隣には黒鹿のリーダーであるエディ、正面には緑の盾のリーダーであるブラッドが座っていた。
給仕女料理と酒を注文したユウが空いている席に座る。
「みんなって毎年新年はこのくらい休んでいるの?」
「ま、大体はこんなもんだな。今年はいつもより余裕があるのは確かだが」
「そうだな。休みの長さはいつも通りでも、懐は温かいね」
「冬にあれだけ稼げたからな!」
クリフ、エディ、ブラッドが羽振りが良いことを揃って口にした。魔物が増えたことは熟練冒険者パーティに大きな恩恵をもたらしているようだ。
ところが、笑顔だったクリフが一転して真面目な顔になる。
「けどよ、いいことばっかじゃねぇんだよな。昼間は狩り放題で最高なんだが、そうなると当然夜も襲われやすくなるんだ」
「そうなんだよなぁ。夜の襲撃を控えてくれたら言うことはないんだが」
「逆に言うと魔物にとっちゃオレたちを殺る絶好の機会だもんな。逃すわけねぇ」
やはりうまい話ばかりではないことにユウは安心し、同時に不安にもなった。まだ今の夜明けの森に入っていないので現状はわからないが、かなり微妙な状態らしい。
気になったことをユウは尋ねてみる。
「何か対策しているのかな?」
「オレんところは今のところ何もしてないな。ただ、他だと合同パーティを結成してるっつー話は耳にしている。エディんところは誰かと合同パーティをするんだったか?」
「知り合いの後輩のところと今度やる予定だ。駆け出しも駆け出し、先月の半ばに初めて森に入った連中だ」
「もうすぐ年末じゃねーか。また微妙な時期に入ってきたな」
「今年から本格的に活動するためのならしだったそうだが、思った以上にきついって泣きついてきたんだ。仕方ないからちょっと面倒見ようかなと思ってな」
「ブラッドんところはどうなんだ?」
「オレんところも合同をする予定だ。ただ、駆け出しじゃないがな。鉄級なんだが、最近調子を落としてる連中だから放っとくと危なっかしくてよぉ」
様々な話を聞いたユウは他のみんなが色々と考えていることを目の当たりにした。ユウ自身は横の繋がりは一応あるが、下との繋がりがほぼないのでこういう話とは縁がない。
途中、ユウも参加しないかと誘われたが体質を理由に断る。さすがに今の状況では危険だ。
何とかみんなの力になれないかユウは考えた。




