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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第34章 冒険者ギルドの手伝い

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目的ある者たちの出発

 1月の朝は寒い。真冬なのだから当然だ。吐き出す息は昼間でも白く、風は冷たく、地面は冷え切っている。


 そんな季節の朝、しかも日の出前ともなると底冷えして体の震えが止まらない。シーツの上に外套を重ねることでましにはなるが根本的な解決には至らないのだ。


 二の刻の鐘が鳴る前からユウは目が覚めていた。たまに寒さで早く目覚めてしまうことがあるのだ。これが寝不足のときに重なるとその日1日が憂鬱になる。


 起きるまでの間、何か考えごとをして暇を潰そうとしたユウだったが、足先の冷えがたまらなくて起き上がった。温かい物を食べるか、体を動かすかのどちらかが必要だ。


 背伸びをしたユウは廊下を往来する足音を聞きながら蝋燭(ろうそく)の火を点ける。ぼんやりと明るくなった室内に何も変わりはない。


 ユウが扉を開けると別室の冒険者が通り過ぎて行った。去年の春頃からたまに見かける顔だ。隣の部屋に居を構えているというだけで接点はほぼない。出て行ったかと思うといつの間にか帰ってきているということを繰り返している自覚はユウにもある。そのため、愛想がないのは当然だと思っていた。


 受付カウンターを経て裏庭へと向かおうとしたユウは老婆ジェナに呼び止められる。


「おや、今朝は早いじゃないか」


「寒くて目が覚めたんだ。本当は二の刻に起きようと思ったんだけれど」


「もっと寒い地方にも行ったことがあるんじゃなかったのかい。そこに比べたら、ここの寒さなんてぬるま湯だろうに」


「やっぱり寒いものは寒いんだよ。どうもまたこっち側の気候に慣れたみたいなんだ」


「へぇ、そうなのかい。不思議なもんだねぇ」


「ジェナは寒くないの?」


「寒いことは寒いんだけど、昔に比べるとそこまでとは思わなくなったよ」


「ということは、慣れたのかな?」


「どうだろうね。単に鈍くなっちまっただけのように思うよ」


「そんなことがあるんだ」


「あるさ。歳を取ったらみんな体にガタが来ちまうのは知ってるだろう。そのひとつさ」


 白い息を吐きながらジェナがにやりと笑った。怖がらせようとしているのかもしれないが、ユウにとってはいつも通りの老婆の態度を見て微笑み返すだけだ。


 話が終わるとユウは裏方に向かう。二の刻前の時間帯は最も混雑する時間である。何と待ち行列が発生していた。非常に珍しいので列に並びつつも目を見開く。記憶を遡ってもこの宿では初めてだ。利用客が増えて来ているのかもしれないと考える。


 思った以上に待たされたユウが裏方を出たのは二の刻を回ってからだ。すっきりとしたが手足の冷たさはそのままである。


 早く部屋に戻ろうとしたユウだったが、途中でベッキーに出くわした。ここの家族は毎日朝早くから働いているなと思っていると声をかけられる。


「おはよう。いつもよりちょっと早い?」


「よくわかったね。寒くて目が覚めたんだ」


「最近厳しいもんね。どこかに出かけるのかと思ったわよ」


「僕たちは出ないよ。出るのはコミニアヌスとアテリウスの方だね」


「ああ! そういえば、今日出て行っちゃうんだっけ、あの2人」


「やらないといけないことがあるらしいからね。でも、1年後くらいには戻ってくるかもしれないよ。たぶんだけれど」


「長いわねぇ。来月には忘れていそうだわ」


「戻って来たらまた思い出してあげたら良いと思うよ」


「そうするわ。それじゃ、またね」


 仕事の途中であるベッキーが会話に区切りを付けると去って行った。宿屋の娘の朝は忙しいのだ。


 ようやく自分の部屋の前にたどり着いたユウは扉を開けた。出る前に点けた蝋燭(ろうそく)の明かりに出迎えられる。


 相棒であるトリスタンは既に起きていた。寒そうに体を動かしている。


「おはよう、トリスタン。行ってきて良いよ」


「ああそうする。しかし寒いな! 凍えそうだ」


「まったくだね。僕が行ってきたときは行列がまだあったよ」


「そうか。ありがとう。のんびりと待つよ」


 しゃべりながらトリスタンは扉を開けると出て行った。室内にユウ1人だけとなる。


 狭い部屋ながら1人で使えるようになったことでユウは体を動かし始めた。まずは体を温めることを優先する。冷えた状態で座っていると震えてくるからだ。ゆっくりと体を動かしていく。最初は冷え切っていた体内が徐々に温かくなっていった。


 じんわりと体が温かくなったところでユウは一旦切り上げる。そうして干し肉と黒パンを取り出して食べ始めた。冷えて硬いがこれしかないので仕方ない。


 ユウが朝食を食べているとトリスタンが戻って来た。こちらもさっぱりとした表情で自分の干し肉と黒パンを取り出し、寝台に座ると食べ出す。


「ユウ、お前暖かそうだな。体を動かしたのか」


「そうだよ。これでしばらくは平気だね。日の出まではもたないと思うけれど」


「俺も後で動かそうかな。ところで、あの2人は日が出てから出発だったよな」


「うん。アドヴェントの町の北へ向かうんだって」


「町の入場料をわざわざ払うのか。物好きだな」


「まだ行ったことのない街道を進みたいらしいよ」


「なるほど、そういうことか」


 その後はユウとトリスタンとも黙って朝食を食べた。いつもよりも言葉数が少ないのはこれから出て行く2人のことを考えていたからかもしれない。少なくともユウはそうだ。


 食事を終えたユウは部屋を出て宿の裏手、厠の更に奥へと向かった。ここの裏路地は早朝だと誰も通らないので好きなだけ使えるのだ。寒いが鍛錬を始めてしばらくすると気にならなくなる。


 ひたすら鍛錬をしていたユウは周囲がうっすらと明るくなってきたことに気付いた。それで鍛錬を切り上げて室内へと戻る。手拭いで汗を拭くと外出する用意を整える。


「トリスタン、そろそろ外に出て待とうか」


「そうだな。コミニアヌスの奴、寝坊していないといいんだが」


「最近徹夜はしていないらしいから大丈夫なんじゃない?」


「後でアテリウスに聞いてみよう」


 楽しそうに話をしながら2人は部屋の外に出た。受付カウンターで鍵を返すとロビーの片隅に立つ。何人かの旅人と何組かの冒険者パーティが宿を出て行くのを眺めた。


 そうして待つことしばらく、コミニアヌスとアテリウスが姿を表す。どちらもすべての荷物を持った状態だ。


 機嫌良さそうにコミニアヌスが声をかけてくる。


「ユウ、トリスタン、お待たせ!」


「寝坊はしなかったみたいだね」


「もちろんさ!」


「俺が叩き起こしたからな。こんな大切な日にそんなつまらんことなどさせんよ」


「アテリウスぅ!」


 いつも通りのやり取りを見たユウは笑った。最後まで変わりはなさそうである。


 全員が集まると宿を出た。周囲は次第に明るくなってきており、明かりはもう必要ない。


 早朝に比べると人通りの少なくなった路地を4人で歩く。


「コミニアヌス、忘れ物はないんだよね。今ならまだ買いに行けるよ」


「大丈夫だって、昨日全部確認したから!」


「ああは言っているが、実際はどうなんだ、アテリウス」


「俺も確認したから致命的な買い忘れはないはずだ。あったとしても道中で買えば良い」


 前を歩くユウとコミニアヌスを見ながらトリスタンがアテリウスに話しかけた。いつも通り冷静な様子で返事をする。


 路地を抜けた4人は貧者の道へと出ると西へと足先を向けた。そのとき、周囲が一層明るくなる。空は曇っているが日の出を迎えたことはわかった。


 西端の街道に出くわすと北に曲がり、そのまま検問所待ちの行列に並ぶ。雑談をしながら待っていると三の刻を迎え、番兵が入場希望者の確認を始めた。


 その様子を見たトリスタンがコミニアヌスに声をかける。


「コミニアヌス、番兵との話はアテリウスに任せておくんだぞ」


「え? どうして?」


「俺とアテリウスはよく町の中に遊びに行っていたからな。番兵と顔見知りなんだよ」


「アテリウス、そうなの?」


「うむ、まぁ事実だな。少なくとも怪しまれることはないだろう」


「もしかして、頻繁に町の中に入っていたのはこのときのためだったりするのかな?」


「いや、さすがにそこまでは考えていなかった」


 不思議そうに首を傾けられたアテリウスは首を横に振った。


 やがてコミニアヌスとアテリウスの番が回ってくる。アテリウスが前に出て番兵との問答を始めた。トリスタンの言う通り知っている者同士ということで会話に緊張感はない。すぐに尋問は終わった2人は入場料を支払うと検問所から離れる。


 跳ね橋の近くで待っていたユウとトリスタンはやって来た2人に声をかける。


「コミニアヌス、それじゃ、次に会うときまで」


「うん、大陸一周したときのことは書いておいてよ!」


 それぞれが挨拶を交わしもう一方が答えた。簡単に済ませるとコミニアヌスとアテリウスは背を向けて歩き出す。


 ユウとトリスタンはその背中が見えなくなるまで見送った。

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